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裏側

 粗末な机と椅子があるだけの簡素な空間に、ライン、ミレイユ、シャルロットの三人がいつものように集まっていた。

 ランプの小さな炎が揺らぎ、彼らの影を壁に薄く映し出す。


 「報告するわ」


 最初に口を開いたのはシャルロットだ。


 「契約の概要はさほど複雑ではないように見えるけど、肝心の魔香木調達で問題が起こりそうな仕掛けがあるみたい。伯爵側が暗に素材供給をコントロールできるような環境を整えているわね」


 ミレイユはフードの下で視線を落とし、ため息まじりに言う。


「スウェルド帝国側の詳細な裏工作まで突き止めたかったけれど、国外まではそう簡単に手が回らないわ。情報網を伸ばすにも限界がある。ごめんなさい、ライン」


 その声には微かな沈みが感じられた。普段は冷静な彼女も、国境をまたぐ情報収集にはもどかしさがあるらしい。


 ラインは机に向かい、軽く指先でトントンとリズムを打ちながら、「仕方ないよ」と静かに応えた。


 「国外まで手を伸ばせなくても、国内の動きからある程度の推察はできる。伯爵が要求している条件、そして彼が持ち込みたい職人や商品、それに絡む噂や商人たちの動き……国内にあるパズルのピースだけでも、完成図の輪郭は見える」


「領主側が用意する素材、魔香木だったかしら。あれが鍵なのね」シャルロットは肩をすくめる。


「やっぱり伯爵は、その魔香木の流通を押さえているの?」


「そう考えるのが自然だ」


ラインは淡々と答える。「隣国からやって来た伯爵が、わざわざ魔香木を使う実演を条件に加えたのは、素材不足が起これば領主がダメージを受ける仕組みを作るためだろう。法外な値段で素材を手に入れさせることもできるし、期日に遅れれば違約金も取れる」


 ミレイユは悔しげに唇を噛む。


「善意の交流を装って、領主とラフェリア様を貶める気ね。それも、軽々しく手立てが出せないくらい巧妙な法的細工で。私たちが国外まで情報を押さえられれば、もっと早く察知できたかもしれないのに」


 ラインは微笑み、「いいさ、ミレイユ。逆に国内での動きがわかれば、伯爵がどう動くか想像できる。素材の買い占め、裏市場との取引、警備名義で送り込むジークハインという戦士……この組み合わせで、伯爵は領主の手足を縛るつもりだろう」


 指先でトントンと机を叩く動作が、一旦そこで止まる。


「想像してごらん。期日が迫る中、素材が思うように揃わず、警備を任せた戦士が裏で運搬を妨害し……領主がどれだけ普通の対応を取っても間に合わない。結果、違約金を払わされ、名誉は地に落ちる」


 シャルロットは目を細め、「伯爵の権威は失墜するわね。強引な手法で商機を奪い、領主とラフェリア様を失望させる。その後で、また別の条件を提示して、さらなる利益を掴むつもりかしら?」


「さあ、そこまでの野望は分からないけど、間違いなく旨みは独占する気だろう」ラインは軽く笑う。


「けれど、この状況は……利用できる」


 笑みを浮かべたラインを見て、ミレイユは微かに首をかしげる。


「利用するって、どうするの?」


 シャルロットも腕を組み、「ラフェリア様に悪いことはしないんじゃないの? あなた、あの娘が街のために頑張ってることに好意的だったでしょう?」と探るように問いかけた。


 ラインは穏やかに視線を上げ、「もちろん、僕は彼女に悪事を働くつもりはないよ。でも、請われてもいないのに手を差し伸べる慈善事業もする気はない」


 再び机を軽くトントン叩く。「伯爵が企む策略を完全に防いでしまったら、彼らが僕を必要と感じる度合いが弱まる。私が今、事前に助けてしまったら、ただの情報提供者でおしまいさ。感謝はされても今の状況とあまり変わらない」


 ミレイユは瞳を細め、「でも、失敗したらラフェリア様が落胆するし、領主は苦境に立たされるわよ?」


 「そこだよ」

ラインは静かに笑む。


「伯爵が催しを台無しにすれば、領主とラフェリア様は大きなショックを受ける。期待を裏切られ、違約金を課され、名誉を失いそうな危機に陥るだろう。そこで、僕が手を差し伸べ、最後の瞬間に証拠を提示し、素材を確保し、計画を覆せばどうなる?」


 シャルロットが軽く唇を尖らせる。


「えげつないわね……要するに、いったん彼らをピンチに陥らせた上で救済する、ヒーロー的な登場を狙うわけね」


 ラインはゆっくり頷き、「そう、あくまで僕は表では何も強引なことはしない。日常的な助言者として、彼らが“助けて!”と心底思ったときに最適な手を差し伸べれば、感謝は絶大になる」


「……ねぇ、ラインあなた、もしかして私のときも……」とミレイユが美しい瞳を細め攻めるような視線を向けてくる。


「はは、やめてくれ。君とはじめてあったときにタイミングを見計らっていたのは事実だが、別にわざと窮地に立たせたわけでもないさ」とラインは肩を竦める。


「まぁ、助けられたのは事実だし、いいけど……」ミレイユは釈然としないように呟く。


 「ま、とにかく僕は必要なときまで待つ。そして伯爵が自分の策を繰り出し、領主側が窮地に陥った瞬間、それを逆転する裏工作を行う。裏ではシャル、ミレイユ、君たちにも協力してもらう。証拠を掴み、魔香木をひっそり確保し、伯爵が用意した妨害を先読みして逆手にとる」


 ミレイユは苦笑し、「善人になりきるつもりはないけど、ラフェリア様が悲しむ顔を見るまでは黙っているのね」と言うと、ラインは「悲しませないさ」と軽く否定。「彼女が完全に絶望する寸前に救えば、絶望はほんの一瞬で済む。それ以上の被害は出さないよ」


「まあ、こっちは元々善悪に頓着しないし、無駄に手の内を晒す必要もないわね。いつ出し抜くかはあなたが決めて」


「ええ、あなたなら、絶妙なタイミングで逆転できるでしょう。私たちはそれまで下準備をする。魔香木の裏ルートとか、伯爵の手下が何をするか予測できれば有利ね」


 「頼むよ」ラインは微笑む。


「逆転劇には、事前の情報が欠かせない。伯爵が素材を妨害するなら、その闇商人や密輸ルートを抑え、いざとなれば先回りして素材を手に入れる。ジークハインが足止めを図るなら、その手口を把握しておけば対処可能だ。

 彼らは領主が普通の手段を取る前提で計画しているが、俺たちが裏から動くなら、計画を台無しにすることも難しくない」


 ミレイユはフードの下で微かに笑みを浮かべ、「何だかんだで、ラフェリア様は心底あなたを頼るようになるのでしょうね。それで領主も含めて、あなたを欠かせない存在と認識する」


 「あぁ、そうなれば、僕はより有利な位置に立てる。人知れず人を救うなんて慈善なんてしないが、救いを求めるものには手を差し伸べようじゃないか」


 ラインは机の資料に視線を落とし、呆れたようにため息をはく。


「しかし、この契約は甘すぎるな。しかも相手は他国の人間だぞ?」


 シャルロットも軽くため息をはく。


「本当に甘いわね、領主もその娘も。でもそういう姫君がいるからこそ、あなたが活躍できるんでしょう?」


 ラインは笑みを浮かべた。


「そうだな、街のために尽くしたいと願う純粋な姫君……彼女の理想が大きな舞台を整える。その舞台を伯爵が歪ませるなら、俺はその歪みごと正し、彼女の心を掴む。 悪事を働く気はないが、慈善家にもならない。合理的に動くだけだよ」


 ミレイユは納得したように黙り、シャルロットは「なら、早速動き始めるわよ」と軽く手を挙げる。


 小さなランプの明かりが揺らぐ中、3人は静かに作戦の下地を固める。

 伯爵とジークハインが手を下す前に、裏側で情報を押さえ、抜け道を確保し、逆転の時を待つ。


 ラフェリアが善意と期待に胸を弾ませ、ラシェット伯爵が悪巧みを企てている頃、ラインは更なる策略を張り巡らせていた。

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