会談
朝の光が領主邸の応接室を柔らかく照らしていた。
昨日はラシェット伯爵との出会いがあり、隣国との文化交流に胸を弾ませるラフェリアの笑顔が、ここでも静かに輝いている。
領主グレイヴ・ヴェルデッティは娘に席を勧め、窓辺を見やりながら深呼吸するように息を吐いた。
しばらくして、執事が扉を開け、ラシェット伯爵が入室する。
伯爵は優雅な衣装をまとい、滑らかな動作で一礼した。
「領主様、ラフェリア様、本日は計画を一歩進めるために、簡易的なプランと契約書の草案をお持ちいたしました。ご多用中失礼いたしますが、ぜひご検討いただければと」
ラフェリアは椅子から身を乗り出し、小さく息を弾ませる。「まぁ、もう具体的な書類を用意してくださったのですね! お早い対応に感謝します、伯爵」
父である領主も微笑んで「伯爵、あなたの迅速さには感心します。では、その契約書とやらを拝見しましょう」と応じ、執事が用意した小机に書類を並べていく。
伯爵は姿勢を正し、わずかに顎を上げて説明を始める。
「こちらは展示会の開催概要をまとめたもので、我々スウェルド帝国側は指定された技術者、工芸品を提供いたします。一方、領主様側には、会場の確保や治安維持のほか、ある特定の素材をご用意いただきたいと考えております」
ラフェリアは首を傾げる。「素材、ですか? 昨日はそのような具体的な話はありませんでしたが……」
伯爵は柔らかな笑みを浮かべ、「ええ、実は我が職人たちが精巧な工芸品を作るため、特別な素材が必要なのです。その名を『魔香木』といい、この地方で採れる希少な木材と聞いております。その特有の香りと魔力的特性が、我が帝国でも評判の原料でして、それを使えば、観客が驚嘆するほどの芸術品が生み出せるのです」
領主は指先で書類をたどり、「魔香木か……確かに我が領地の森で採れる希少な材だが、まとまった量を揃えるには手間がかかる可能性がある。だが、まあ無理というほどではないだろう。努力すれば可能だ」と小声でつぶやく。
ラフェリアは興味深そうに「魔香木……面白そうですね。普通の木材とは違うのでしょうか?」と問いかける。
伯爵は軽く頷き、「そう、魔香木は微かに魔力を帯び、加工時に特有の色合いと香りを引き出せます。これがあれば、単なる工芸品ではなく、まるで魔法がかかった芸術品が生まれる。展示会の目玉として申し分ないでしょう。もちろん、これは双方が協力するからこその企画です」と意味ありげな笑みを浮かべる。
領主は書類を読み進める。「なるほど、ここに書いてありますな……我々が魔香木を用意し、スウェルド帝国側が職人を出し、実演を行う。その際、もし必要な素材が揃わなければ、実演不可能となり、一定の違約金が発生する、と。これは少し厳しいように思えますが、つまりこの実演は展示会の核心部分ということですか?」
伯爵は手を広げて肯定する。「はい、実演こそが来場者を魅了する最大の呼び物。もし素材が足りなければ公約通りの成果が示せず、お互いに不満が残るでしょう。そこで私共は、責任の所在を明確にしておくことで、混乱を防ぎたく思ったのです。ご理解いただければ幸いでございます」
ラフェリアは一瞬不安げな表情を浮かべる。「でも、違約金というのは……。私たちが失敗することなど考えたくありませんが、そんな条項まで必要でしょうか?」
伯爵は優雅な笑みで応じる。「ラフェリア様、ご安心を。この条項はあくまで万が一に備えたもの。通常、領主様がしっかり素材を揃えられれば何の問題もありません。それに、これほど素晴らしい交流の機会を台無しにするメリットなど我々にはございません。むしろ成功を心から望んでいます」
領主は書類の端を指先でトントンと整え、「確かに、よほどの不手際をしなければ大丈夫ということだな。魔香木の準備さえ万全にすれば、問題ないだろう。素材は時間をかけて森から切り出し、乾燥させる必要があるが、展示会まで日数があるなら対応可能だ」
ラフェリアは少しほっとした様子。「それなら安心ですわ。私にできることがあればお手伝いさせてください。町の皆さんに工芸の実演や異国の物産を楽しんでほしいんです」
伯爵は感嘆の表情を作る。「なんと素晴らしいお考えでしょう、ラフェリア様! そのような形であれば、異国の技術者たちも張り合いがある。市民たちも異国の文化を肌で感じられ、結果として我々双方の国にとって有益な行事となるはずです」
領主は二人のやり取りを聞き、満足げに目を細める。「よし、では我々としては、この契約書に概ね同意しよう。細かい点については数日中に確認して正式な調印を行えばよいだろう。伯爵、ありがとうございます。あなたの協力がなければ、ここまで鮮明なプランは思いつかなかった」
伯爵は頭を下げ、「領主様のお眼差しとラフェリア様の理想があればこそ、私もこの案を具体化できました。
ただ一つ、私からもお願いがございます。展示会当日には、何らかの不測の事態もあり得ます。安全確保のため、私どもから優秀な護衛を派遣したく存じます。
名はジークハイン、我が国の腕利きの戦士で、展示会の安全管理に経験がございます。彼がいれば、領主様も不安なく催しに集中できましょう」
ラフェリアは「まあ、そんな方まで?」と驚く。
伯爵は微笑み、「安全は何より大事。異国の客人や品々も集まる場で、何かあれば取り返しがつきませんからね。最善を期しましょう」と説得する。
領主は少し考え、「確かに、備えあれば憂いなし。わが衛兵隊とも連携し、万全の警備体制を敷くといたしましょう」と承諾する。
こうして、契約の概要は領主と伯爵の間でおおむね合意に至った。ラフェリアは目を輝かせ、「立派な催しになるわ! 父上、見ていてください。街中の人たちが喜ぶ姿が目に浮かびます。異国の工芸品をその場で見るなんて、素敵すぎます!」と喜びを隠さない。
伯爵は「ええ、本当に素晴らしい舞台になりますとも」と、柔和な表情のまま言葉を綴る。
領主は書類を机に戻し、「では正式契約までに細部を詰めましょう。伯爵、今後ともよろしくお願いします」と礼を言う。
伯爵は「こちらこそ、領主様。ラフェリア様の理想を形にするお手伝いができて光栄です」と答え、ラフェリアに目をやる。
「貴女の想いが、この街に新たな風を運ぶのですから」
ラフェリアは笑みを浮かべ、「そのために、伯爵のご協力は欠かせません。ありがとうございます」と頭を下げる。
伯爵は笑顔を湛えたまま、「また後日、再びお伺いします。その時に正式な契約をまとめましょう」と言い残し、部屋を後にした。
静かな廊下へと消えていく伯爵の足音。残された領主とラフェリアは、期待に胸を弾ませながら展示会の光景を想像する。市民が集まる広場、魔香木の芳香、技術者が手元に生み出す奇跡のような工芸品……。
ラフェリアは輝くような笑顔で、「よし、これで私も街に恩返しができそうだわ」と嬉しそうに呟いた。
まさか、その悦びに満ちた計画が、裏では伯爵の巧妙な策謀に覆われていることなど、誰も知らぬままだ。




