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黎明

 ラインが軽く腕を上げた瞬間、魔道具が光を放った。

 淡い霧が立ちこめ、ヴァラン構成員が一斉に戸惑いの声を漏らす。


 「な、なんだ……霧が……!」

 彼らは視界を奪われ、辛辣な匂いに鼻腔を刺され、足並みが崩れる。

 ラインはこの混乱を見逃さず、通路脇に仕込んでいた魔道具を弾き、淡い光の点滅を壁際へちらつかせた。


 「くっ……ど、どこに……!」

 剣先は虚空を切るばかり。足音を立てないラインは、闇に溶け込む幻のように移動し、敵が翻弄されるのを待つ。


 その時、ラボ内にかすれたアナウンスが響いた。

 「……火災発生……第三資料区画で火災……研究員は直ちに初期消火を……! 」

 「研究資料を、なんとしても……!」

 内部区画で火災が起きたらしく、ヴァラン側は把握しきれず焦っている。


 「おい、火事だと……? ふざけるな……こんな時に!」

 構成員たちはさらなる苛立ちで、仲間同士で小突き合う始末。

 視界は悪く、判断力を鈍らされた彼らは狙いをつけられない。


 ラインは足元へ別の魔道具を転がした。

 鋭い音と共に床下の音紋魔術が起動し、金属が擦れ合う微かな音を四方へ散らす。


 「っ……くそ、何が起きてる……?」

 敵は目標を見失い、別方向へ散開していく。

 ラインは静かにすべてを計算しつつ、次の手段を用意する。


 ミレイユはその背中を見つめていた。

 戦闘になど参加できない。

 いつも、ラインは表で笑顔を浮かべ、パーティーを導く計略家で、こんな危険な裏任務に自ら来るはずがないと思っていた。

 それが今、彼は命がけでこの暗い場所へ降りて来たのだ。


(私のために……?)


 悔しくて、嬉しくて、情けないくらい泣きたくなる。

 ミレイユは唇を噛み、声にならない嗚咽を飲み込む。

 視界が滲むが、ラインの存在感は増すばかりだ。

 今、彼女は確かに守られている。


 再度アナウンスが響く。

 「消火班、直ちに第三区画へ……!」

「ラフェリアを捕獲している部屋にも何らかのトラブル発生……!最優先で応援をっ……!」

 ラボ全体が混乱に包まれている。


 ラインはこれを逃さない。

 手のひら大の金属円盤に魔力を注ぎ込むと、光の鎖が一瞬だけ展開され、敵の足を縛る幻を見せる。

 「わぁっ、足元が……!」

 敵が叫ぶ刹那に体勢を崩す。


 そして、最後の最も温存していた使い捨て魔道具――火炎魔法が込められた高価な一品――を取り出す。

 封を解いた瞬間、赤い閃光が揺らめき、壁の一角が一気に燃え上がった。


 「火が……火がまわったぞ!」

 「嘘だろ、資料を燃やしてはならん! 消せ、早く消せ!」

 研究員が震える声を上げ、アナウンスも雑音まじりで悲鳴を上げる。

 ラボは炎と煙、霧、錯乱した兵士たちで地獄絵図と化していく。


 ラインはミレイユにわずかに体を向け、

 「行くぞ」

 と短く告げる。


 その一言がどれだけ心強いか。

 ミレイユは涙で目が霞んでいるが、こくりと頷く。

 参加できなかった戦い、何も出来なかった自分、それでも彼が救いに来てくれた事実が嬉しくて胸が熱い。


 後方で炎が唸り、敵の怒声が響く中、ラインは錯視魔法で隠された入口を逆に辿る。

 狭い裂け目からミレイユを先に通し、

 「急げ」

 と指示する。


 ミレイユは震える脚を懸命に動かし、暗闇の中、ラインが微かな光源を手に先導する。

 複雑な通路を抜け、木の根を潜り抜けると、揺らめく幻影が消え、外気が混ざり合う。

 夜の冷たい空気が二人を包む。


 後方では火災の爆ぜる音が続く。

 ラボはもう持たないだろう。

 ヴァランが何を計画していたか分からないが、施設と研究資料はもう灰に帰る運命だ。


「助かった……」

 ミレイユが掠れた声で呟く。

 ラインは無言のまま、彼女の肩を軽く支え足早に森を抜ける。

 煙を吸ったのか、ミレイユは咳き込み、ラインが少しペースを落としてくれた。


 彼は一言も「大丈夫か」とは言わないが、その歩調、支える手がすべてを物語る。

 裏側で共に歩む者同士だからこそ分かる静かな優しさが伝わってくる。


 森を抜ければ、夜明け前の空が淡く朱を帯び始めている。

 表では、ラインはまた冷静な策士に戻るだろうが、ミレイユは彼の本当の熱を知った。


 彼女はもう少しで泣きそうになりながら、喉を詰まらせて呟く。

「ありがとう……」

 その声は小さすぎて届いたか分からない。

 けれどラインはほのかに顎を引き、前を向いたまま足を進める。

 その沈黙が肯定であることを、ミレイユにはすぐ分かった。


 こうして二人は、炎上するラボを背後に、静かに姿を消した。

 魔道具を惜しみなく使い、計略を張り巡らせて戦い抜いたラインと、それに守られ存在意義を実感したミレイユ。


 もう彼女は孤独ではない。

 自分が裏側で命がけで動いたように、ラインもまた守り抜いてくれた。

 その背中は、共に歩む相手がいることを示している。


 遠くで鳥が鳴く。もうすぐ朝が来る。

 二人は新たな日の光を受けるため、森の薄闇を抜けていった。

 そこには、少しだけ信頼と温もりを増した関係が待っているーー

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