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密計

夜更けの倉庫一室、薄暗いランプの光が粗末な机と椅子を照らしている。

ライン、ミレイユ、そしてシャルロットがいつものように集まっていた。外の喧騒からは遠く、裏路地を抜けた先のこの隠れ家には、人の気配はほとんどない。


ミレイユは少し早口で報告する。

「ヴァランがまた動くわ。今度は魔獣をさらに大規模に暴走させる予定よ。私が抑えた情報だと、今回は大量にアルハデス液を投入して、前回より遥かに大きな規模で冒険者たちを足止めするつもり。加えて……領主の娘ラフェリアの拉致が最終目標らしい」


机上には手書きのメモが並び、インクの匂いが微かに鼻をくすぐる。

シャルロットは興味深げに片眉を上げる。

「ふーん、領主の娘をラボへ連れ込み、その血を使った特殊な実験を行うってわけね。前回より大掛かりな作戦だもの。ヴァランも死に物狂いね」

彼女はクスクス笑い、その黒髪を軽く振ると、噂を流すために使う小道具——小瓶や偽名で記したメモなど——を指先で弾く。


ラインは少し沈黙し、薄めた笑みを浮かべながら低く呟く。

「娘の血を使い、研究資料を完成させる……か。ヴァランがそこまでして領主を従わせるなら、ラボには相当貴重な技術資料がありそうだ。俺たちが欲しがっていた特殊薬品や結晶製法の手掛かりも、そこにあるはずだ」


ミレイユはフードの下で微妙な表情を作る。

彼が表舞台に出る必要があるのだろうなと薄々感じていたが、それがまた現実になりそうだ。

「表では魔獣氾濫、裏では領主の娘拉致……そっちは完全な二正面戦になるわ。魔獣が前回より遥かに大きな規模で出てきたら、騎士団や冒険者だけじゃ対処が難しい。レイヴンクロウ隊を通して、他のパーティーにも協力を要請しなきゃ」


ラインはやや苦笑しながら頷く。

「そうだね。今回も僕が表に出て、Aランクパーティーに対応策を示さないといけない。ただの陽動かもしれないけど、致命的被害だけは避けなきゃならないから」

その言葉に、ミレイユはほんのわずかな棘を胸に覚える。表か、また表か、と心で呟いてしまうが、表情には出さない。


シャルロットは腕を組んでから、面白そうに唇を曲げる。

「裏方としては、魔獣以外にもヴァランを撹乱する工作を仕掛けられるわ。噂やデマを流し、ラボ内部での情報を狂わせられれば、隠蔽魔法の維持や警備強化に誤差が出るはず」


ラインは目を細め、テーブルに手をかけて静かに告げる。

「ミレイユ、君には領主の娘が連れ去られる現場を押さえてほしい。拉致が始まれば、娘は必ずラボへ運ばれるはずだ。その動きを尾行して、ラボの位置を特定してくれ。可能であれば、内部に潜り込んで技術資料も手に入れたい」

ミレイユは少し躊躇しながらも「わかった」と短く応じる。


「技術資料となると、ラボの奥深くまで踏み込む必要があるだろう。だが、無理はするな」

ラインが淡々と付け加え、ミレイユは黙って頷く。


「最低でもラボの場所さえ分かれば、あとはレイヴンクロウに娘を救出させればいい」

ラインはあくまで冷静な口調で、感情を滲ませない。

「ただ、ヴァランはラボをどんな手で隠しているのか不明だ。下手に探せば時間を取られる。ミレイユ、追跡役は君に頼むしかない。娘が運ばれる現場を押さえれば、そのまま尾行でラボへ行けるはずだ」


ミレイユは唇を結び、「わかったわ」と短く答える。

彼女は任務だと理解している以上、不満を表に出さない。だが、ラインは続けて特にフォローするわけでもなく、淡々と次の手を考える。


シャルロットが合いの手を入れる。

「私も途中まで同行して、拠点が判明したら引き返すわ。噂操作で冒険者やパーティーを誘導すれば、ラボ内部が手薄になるチャンスを作れるかもしれない。どうやら相当な技術資料があるそうだし、向こうも内部に人員を集中させる余裕がなくなるかもね」


ラインは軽く頷き、紙に何かを書きつける。

「魔獣が大規模に暴れれば、騎士団や冒険者がそれに追われて大混乱だ。パーティーが来れば、彼らも交渉しやすい。……とりあえず、僕は表に出てレイヴンクロウ隊を通じて他パーティーの連携を図る。致命的被害を避けるためには、それしかない」


ミレイユはわずかに眉をひそめたが、言い返さない。

表優先の流れは今に始まったことではないが、心の奥で何かがざわつく。このまま自分が危険な任務をこなしても、裏で命がけで動く自分に対して、ラインは特に気遣う様子を見せない。それが胸に小さな棘を残していた。


「じゃあ、私はすぐに準備にかかる」

シャルロットが立ち上がる。

「噂や偽情報でヴァラン内部を揺さぶるには時間がかかるわ。ミレイユ、現場に行く前に私と合流ね。タイミングが重要だから」


ミレイユは「了解」とだけ返す。

ラインはテーブルに手をつき、地図を眺めている。

「現場は北方の森か……いずれにせよ、娘は確実にラボまで運ばれるはず。そこまで潜り込めばこっちのものだ」


その言葉に、ミレイユは再び短く頷くだけ。

特別な励ましも、無理するなという言葉もないまま、打ち合わせは淡々と進行する。その冷えた現実が、彼女の胸中で小さな失望を生む。


数分後、三人はそれぞれの準備に散った。

ラインは表へ、シャルロットは噂操作へ、そしてミレイユは危険な追跡任務へ向けて動き始める。胸の中には、割り切れない気持ちが霞むように残ったまま、彼女は薄暗い部屋を後にした。

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