計画
夜の闇に沈むオルグリアの外れ、人気のない不思議な形をした施設の一室で、二つの人影が揺れるランプの光に浮かび上がっていた。
そこにいるのは、闇組織「ヴァラン」の幹部たちだ。
一人はグラシードと呼ばれる男。背が高く痩せた体躯、骨張った頬骨を持ち、鷹のように鋭い眼光で周囲を睥睨している。黒いコートの襟を高く立て、その内側には様々な薬品と小道具が隠されているらしく、体を動かすたび微かな金属音が響く。
もう一人はレイラという名の女性。艶のない暗緑色の髪をきつく後ろでまとめ、小さなゴーグルを額にずらしている。袖の短い外套から細い腕がのぞき、化学実験で黄ばんだ薬染みの跡が微かに残る。薄笑いを浮かべる彼女の瞳には、冷えた知性が宿っていた。
この「ヴァラン」は、科学技術に優れた闇組織として名を潜めており、独自の薬物と魔力操作で密かに魔獣を操る技術を持つ。彼らは既に一度、魔獣を暴走させて領主を揺さぶろうと試みたが、思わぬ障害に遭い計画は失敗に終わった。
「前回は誤算だったな、レイラ」
グラシードが低く唸る。その声は乾いており、壁に染み込んだ埃の匂いと相俟って陰鬱な空気を醸し出していた。
「奴ら冒険者があまりに早く対応しやがった。わざわざ希少な『アルハデス液』を使って魔獣を狂乱状態にしたのに、結局大した効果を得られずじまいだ」
彼は机上の瓶を指先で軽く弾き、苦い表情を浮かべる。
「今回はそう簡単にはいかないわ」
レイラが肩をすくめる。
「アルハデス液はもう残り少ない。この希少薬品があれば、特定の魔獣をさらに大規模かつ長時間暴走させられるけれど、これが最後の一本。つまり、あと1回しかチャンスはないの」
その声には苛立ちと焦燥が滲み、ゴーグルの下で細めた目が儚い光を帯びている。
「だからこそ、全力でやる」
グラシードは握り締めた拳をテーブルに置く。
「領主の娘、名はラフェリアだったな。あの娘を必ずラボへ連れて来させるんだ。前回は計画が中途半端で、ラボまで誘導する前に魔獣が鎮圧されちまった。この失敗を繰り返すわけにはいかねえ」
彼は暗い笑みを浮かべ、レイラは悪意を帯びた光を瞳に宿しながら続ける。「ラボには我々が求める研究資料や器具が揃っている。領主の娘ラフェリアの血は特異な魔力因子を含んでいるらしいわ。それを使った特殊な実験が、この街の支配構造を根底から覆す力を我々に与える。娘を人質にするだけじゃない、彼女の血を抽出し、調合すれば、さらなる権勢を得ることができるの」
指先で薬瓶を弄びながら、レイラは小さく笑った。
「領主を従えるだけじゃない、その成果は我々『ヴァラン』の研究を飛躍的に進める。前回のような失敗は許されないわ…今度こそ娘を手中に収め、ラボで魔力薬品の秘密を解き明かすのよ」
「当然、魔獣を暴走させるにはコストがかかるけどな。二度目の今回は、前回より遥かに大規模にする。森を踏破するほどの数を動かし、冒険者や騎士団ごと足止めしてやる。奴らが四苦八苦している隙に、娘をさらい、ラボで骨抜きにするんだ。アルハデス液を全量投入すれば、前回以上の狂乱が引き起こせる」
グラシードは黒い結晶を指先で弾き、「失敗は許されない。ここで領主の娘ラフェリアを手中に収め、技術資料を完成させれば、次は我々がこの街の闇を支配できる」と言い放った。
こうして決意を固めた「ヴァラン」は、再度魔獣狂乱計画を発動しようとしていた。