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孤独

魔獣出現の危機を乗り越え、街に戻った翌日、オルグリアの広場にはやわらかな陽光が差し込んでいた。市井の人々が行き交い、果物屋や雑貨屋が声を張り上げている。


その一角で、レイヴンクロウ隊のメンバーがラインを囲んでいた。皆、昨日の厳しい戦いを思い返しているらしく、疲れはまだ残るものの、表情にはホッとした安堵の色が混じっている。


「昨日は本当に助かったわ、ラインさん」


リーネが緩やかに微笑み、彼を見上げる。戦闘で消耗しきっていた自分たちの前に、最後の瞬間で救いの手が差し伸べられたことを思い出し、その声には素直な感謝が滲んでいた。


ロウェンは剣の柄を軽く叩き、「魔獣どもに押されて、正直もう駄目だと思った。なのにあなたが来て、一気に流れが変わった」


セリーヌも矢束を整えながら、「他にも騎士団兵や私たちの負傷まで気遣ってくれたでしょ。あんな短時間で立て直せるなんて……あの場面でのラインさんの冷静さは本当にすごい」と驚嘆交じりの笑みを返す。


ガルフォードは腕を組んで力強く頷く。「ありがとう、ライン。俺たちはAランクの戦闘力を誇っていても、あの状況から抜け出すのは容易じゃなかった。お前がいてくれたからこそ、全滅は免れたよ」


ラインは穏やかな笑みを浮かべ、「皆さんが優秀なんですよ。僕はちょっと手を貸しただけです」と肩をすくめるような仕草で応える。その様子は、自分の功績を過剰に誇らず、自然に受け流しているような柔らかさがあった。


リーネはその柔らかな表情を見て、少し照れたように笑った。「でも、やっぱりありがとうって言いたいんです。あなたがいてくれると、私は……私たちは本当に助かる」


(言葉を紡ぐ間、リーネは微かに唇を噛んだ。ラインには普段から素直な感謝を伝えているが、今はそれ以上の想いが胸にあふれていることを自覚していた。


「あなたがいると、ただ戦えるとか、勝てるとか、そういう単純な話じゃなくて……何て言えばいいかしら」


彼女は少し困ったように首を傾げる。その仕草には、荒野で冷たい風を噛み締め続けてきた冒険者特有の強さと同時に、少女のような純粋さが滲んでいた。


「私、今まで難しい局面に立たされたとき、何度も『ああ、ラインさんがいれば』って思ってたんです。あなたが導いてくれると、目の前がぱっと開ける感じがして……暗い森の中でも、知らない街でも、道がなくて立ち止まりそうな瞬間でも、あなたの存在が一筋の光になる……そんな気がするんです」


言葉を詰まらせながら、リーネは視線を一瞬ラインから外した。耳元が熱くなるような感覚に戸惑いながらも、止められない思いがある。


「うまく言えないけれど、あなたは私たちにとって道しるべなんです。過保護だって言いたくなることもあるけど、それでも、あなたの知恵や気遣いがあるから前へ進める。だから……本当に、ありがとう」


最後の一言は、まるで秘めていた想いをようやく形にしたかのように、柔らかく透き通った声で響いた。)


彼女は言葉を選びながら、少しだけ視線を下げる。セリーヌとロウェンは微笑ましく見守り、ガルフォードは落ち着いた態度を崩さないものの、その目には満足そうな光があった。



ミレイユはそんな和やかな光景を、建物の陰からそっと見ていた。


遠くでリーネたちが笑顔を浮かべ、ラインも穏やかに応える。その光景は、まるで仲間同士の親しい挨拶のようで、微笑ましいはずなのに、ミレイユの胸は妙に重くなる。


(私との接し方と違う……)


裏社会で生きる自分が、あの輪の中に入ることはできない。計画や裏工作、諜報や偽造、そうした任務であればラインは自分とシャルロットを頼るが、表舞台で活躍するパーティーとの間では、ラインはやけに優しく、柔和な笑みを浮かべている。


ミレイユは唇を噛んだ。


(私は裏で命がけで動いているのに……ラインはパーティーのほうを優先するなんて)


僅かに拳を握りしめ、フードを深く被る。今さらどうしようもない。計画上、パーティーがラインを崇め、信頼することは有利なはずだ。


それでも、リーネがあんな表情で感謝を伝えるとき、ラインはあんな穏やかな顔になるなんて。


(羨ましい……どうしてこんな気持ちになるのか理解できない)


苛立ちとも寂しさともつかない棘が胸を刺す。彼女はその感情を表に出さないまま、背を向け、裏路地を抜けて簡素な部屋へと帰った。


薄暗い部屋の中、扉を閉めて静まり返った空間に立ちつくす。外ではラインとパーティーが和やかな時間を共有している一方、自分はこの陰の中にいる。


(私が守っているのは、この裏世界での安定と、ラインの計画。それなのに、あの温かい笑顔はあっちへ向けられて……)


ミレイユは小さく息を吐く。


余計な感情を引きずっても仕事にならない。朝になれば、また諜報や偽造、裏の任務が待っている。自分がしっかりやらないと、計画に支障が出るかもしれない。


枯れた感情の中に妙な湿り気が混じるような、この不快な違和感は、ひとまず胸の奥に押し込めるしかない。


彼女は狭い机に向かい、資料を確認する。ペン先が紙を走り、淡々と裏社会の情報を整理し始める。


「ああ、私は影だものね」


小さくつぶやいて、ミレイユは目を伏せた。ラインが表でどんな笑顔を見せようが、今はただ、与えられた役割を果たし続けるしかない……そう思いながら、孤独な夜を過ごすのだった。

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