プロローグ
窓もなく、粗末な机と椅子しかない狭い部屋。ランプの明かりが淡く揺れ、壁際に落ちる影が揺らめく。その静寂の中、ライン、シャルロット、ミレイユの三人は再び顔を合わせていた。
「ふぅ、ようやく落ち着いたわね」
シャルロットが薄暗い中で微笑を浮かべる。精巧な装飾品こそつけていないが、その姿には街角で噂を操る狡猾さがにじみ出ている。
「王都への輸送依頼、結局は何事もなく済んだみたい。まあ、最初は副長の不正が露見し、領主との関係も危うかったけれど、あなたの『適切な指示』のおかげで大惨事にはならなかった」
「ええ、あのまま放置していたらパーティーは領主の信用を完全に失っていたでしょうね。セドリックが消えて、指示役が欠けた穴も、ラインが“臨時”で手を貸したおかげでうまく埋まったわ」
ミレイユはフードを外し、静かな声で続ける。
「あなたが示した微妙な輸送ルートの調整や、領主代理人への一言がなければ、疑惑を抱いた領主側はもっと踏み込んで来たはず。あれでパーティーは命拾いしたわね。領主からの信頼も完全ではないけど少しは取り戻せた」
「そうですね。セドリック逮捕後、一度はパーティーと領主の距離が危険なほど縮まったんですが……違う意味でね。領主が不正に激怒すると思いきや、必要最低限の対応で済ませ、パーティーを完全に見捨てはしなかった」
ラインは指先で机を軽く叩く。その音はリズムを刻むように、彼らの裏工作と計略の効果を示唆するかのようだ。
「“特定の調整”をパーティー側が提案した結果、領主は『副長の暴走』として不正を処理し、あまり深く追及しなかった。もちろん、その提案は僕が裏で用意した筋書きだけど」
「なるほど、私が事前に商会界隈で流しておいた“副長の単独犯行説”が効いたのね。それで領主はパーティー全体を責めず、セドリック個人に責任を押し付けやすくなった。パーティーはしっかりあなたに依存したわ」
シャルロットは肩をすくめ、にやりとする。
「で、その後の輸送任務本番でしょ? セドリックが居ない穴、隊長自身は戦略面で弱い、参謀不在……そこをラインが『臨時で』入って正確な指示を出したから、物資の輸送も無事完遂。領主は『レイヴンクロウ隊』がまだ使えると判断したでしょうね。」
「ええ、だからこそ今のパーティーは、最低限の名誉を保てた。また新たな領主依頼が出るまで、あの連中は僕たちの言うことを素直に聞くはず」
ラインは穏やかな笑みを浮かべる。
「僕が常駐しない理由も、“臨時参謀”であるからこそ有用な外部情報が得られる、と納得してもらえた。少しばかり強引な言い訳だったが、これで状況は思い通り。パーティーは僕を完全には縛れないし、僕が介入するたび感謝される立場だ」
ミレイユは一枚の羊皮紙を取り出す。その上には小さなメモが記されている。
「シャルロットが事前に整えた噂、私が微妙に改ざんした報告書関連、そしてあなたが示した『対策案』。全てが噛み合って、パーティーは“セドリック不正事件”後も崩壊せず、輸送任務を完遂し、領主に顔向けできる程度には信頼を残した。そして私たちは、より深くあのパーティーをコントロール下に置ける状況を生んだわけ」
「まさに理想的な結果ね。彼らはあなたがいなければ困る、とまで思い込んでいる。ライン、あなただけが頼みの綱ってわけ」
シャルロットは茶化すような口調だが、その瞳は冷静だ。
「リーネが僕に向けるあの視線は、結構素直だよね。彼女が僕を頼る気持ちが強ければ強いほど、パーティーは俺なしには前へ進めないと考えるだろう」
ラインはわずかに微笑む。その笑みは優雅で、外から見れば“善なる参謀”にしか見えないだろうが、その裏に狡猾な計算が潜んでいることを知るのは、この三人だけだ。
「これで次に大きな任務が来たら、どうなるかしら? 領主や他国との交渉、国境問題、さらなる情報戦……考えただけで楽しみだわ」
シャルロットが愉快そうに微笑む。
「当然、また君たちの力を借りることになる。ミレイユ、今後も偽造や潜入を頼むよ。シャルロット、噂や裏人脈の調整よろしくね」
ラインは両者に声をかける。
二人は無言で頷く。既に彼らは気心が知れた共犯者、見えない舞台裏で糸を操る同胞だ。これまで以上に複雑な情報戦が待ち受けているだろうが、彼らには自信がある。全てはラインの狙い通りに進んでいる。
「さて、この辺で引き上げよう。また時期を見計らって再会しようじゃないか。パーティーが次に困る時も、僕らは外から手を差し伸べる。“臨時”参謀として、ね。」
ラインは穏やかな声で締めくくる。
こうして、闇の密室で交わされた三人の密談は、1つの事件を終え、より大きな陰謀へ向けた準備を完了させた。パーティーは不正事件と輸送任務を乗り越えたばかりだが、その裏で糸を引く者たちは、さらなる陰謀劇の始動を静かに待っている。