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底辺冒険者、影の支配者として裏から糸を引く  作者: 来夢
Aランク パーティー掌握編
10/41

決戦

 倉庫周辺には副長セドリックによって集められた闇の刺客たちが、忍び足で接近してくる。

黒ずくめの装い、光を反射しない短刀、無言の殺気が辺りに満ちている。

その中の一人は、倉庫正面の扉近くで素早く油袋を取り出し、扉の下に染み込ませるように油を注ぎ始める。

続いて、風よけで覆った小さなランタンの火種を慎重に揺らし、荷物の隙間に点火しようとした。

その一瞬、冷えた夜気と静寂が張り詰める。


 倉庫に火を放とうとしていた黒ずくめの人物の背中に、突如矢が突き刺さった。

レイヴンクロウ隊のパーティーはすでに倉庫が見下ろせる高所で待ち伏せしていた。

弓使いが屋根の隙間から見下ろし、剣士が脇道で包囲網を敷いている。

矢が立ったのを合図に、ガルフォードが軽やかに飛び降り、刺客の一人を一撃で沈黙させる。

剣士はもう一人を素早く取り押さえ、刺客たちは散開しようとするが、抜け道は既に封じられていた。


「しまった…トラップか!」

刺客のリーダー格の男が低く唸る。

「だがまだ終わらん! やれっ!」

その瞬間、路地裏から別働隊が突入してくる。

マルシェード商会の用心棒らしき男たちが、不正に加担する連中が総動員されたのだろう。

乱戦が始まる。しかし、対するは天下に名高いAランクパーティー。

有象無象の戦力では到底敵わず、制圧は時間の問題だった。


 物陰でこの情景を見つめるラインは、静かに笑みを刻む。


(さすがAランクパーティー、他の連中とは格が違う。

 まるで磨き抜かれた刃が次々と鈍鉄を砕いているかのようなこの圧倒的な力……

 これを舞台装置として操れる日が来るとは、まるで秘蔵の名器を手中に収めるようなものだ)



 夜陰の中、闇の刺客たちが仕掛けた火攻めは未遂に終わり、倉庫前での戦いは激化の一途をたどっていた。

Aランクパーティーのレイヴンクロウ隊は既に優位を確立し、脇道と屋根上からの奇襲で、闇の刺客と商会用心棒たちを次々と無力化している。


 その時、通りの向こうで金属音が鋭く響いた。

副長セドリックが、薄い鎧と槍を携え、小規模な戦闘集団を率いて現れたのだ。

表情には怒りと焦りが浮かび、既に押さえ込まれた刺客たちを睨みつける。


「貴様ら、何の真似だ! 領主直轄の重要任務を控える中、こんな愚行が許されると思うな!」

セドリックが怒声を上げ、槍を突き出す。

だが、ガルフォードはその槍先を軽々と受け流し、冷徹な声で応じる。

「どの口が言う、セドリック。お前が不正と暗殺を企てたのはわかっている! もう手遅れだ」


 呻く刺客、散らばる短剣や折れた矢。

その混乱にあっても、Aランクパーティーは揺るがない。

逃げ道は封じられ、逆転は困難。

セドリックは目を走らせ、退路を探るが、最初から丹念に張り巡らされた包囲網が彼の逃走を許さない。


「くっ……そんな戯言、誰が信じる! 俺は何も……」


 セドリックは必死に否定するが、苦し紛れの弁明に意味はない。

物陰で状況を見つめるラインが、満足げに微笑む。

彼が同行せず外部から糸を引いた計略は、今、最終的な効果を示していた。


 激戦はいよいよ苛烈さを増す。

リーネが治癒魔法で味方の傷を瞬時に塞ぎ、弓使いは副長の退路を正確に射程に収める。

剣士が巧みに側面を制し、ガルフォードは間隙を突いてセドリックの槍を弾く。

冷や汗を浮かべたセドリックは、焦燥に駆られ、無謀な突撃を図るが、狭い路地で包囲され、逃げ場はない。


「ここまでだ、セドリック。観念しろ!」

ガルフォードの声が夜闇を裂く。

その背後では、全てがセドリックを捕らえるために準備されたかのように見える。

鋭い矢、固い剣、そして何層にも重なる情報戦の罠が、いま正真正銘、彼を締め上げていた。



「くそっ……」

副長セドリックが低く唸る。

視線の先には、既に倒れ伏した部下たちと無力化された闇の刺客。

積み上げてきた計画が音を立てて崩れ落ちる中、彼は最後の悪あがきを思いついた。

足元に転がる用心棒の身体を踏み越え、残存する精鋭の暗殺者を手招きする。


「そこのお前、まだ一矢報いる手段はある! あの治癒師、今仲間に応急処置をしているな。彼女を人質に取れば、奴らは手出しできん! 援護しろ!」


 命じるが早いか、セドリックはAランクの俊敏さを発揮し、闇刺客が生み出した刹那の隙を突いた。

弓使いの狙いや剣士の妨害を巧みにかいくぐり、治癒師リーネの背後へ一気に回り込む。


「リーネ!」

ガルフォードが悲鳴混じりに叫ぶが、既に遅い。

リーネの肩先に短刀が迫り、浅い傷から一筋の痛みが走る。

彼女は魔力行使の余裕を奪われ、パーティーは凍り付いたように動けない。

弓使いが弦に力を込めようとした瞬間、セドリックが片手で制する動きを見せ、全員の息が詰まる。


「動くなよ!リーネがどうなっても構わんというのか?」

セドリックが嘲笑を浮かべ、冷たい声を放つ。

「見たか、貴様らの策など張り子の虎。同じAランクであろうと、俺にはまだ手がある! ここからひっくり返してやるさ!」


 一瞬のうちに形勢が変わり、レイヴンクロウ隊は息を呑む。

ガルフォードの額には汗が滲み、リーネは痛みに耐えながら必死に救いを求める視線を送る。

弓使いや剣士も、軽率な一撃を放てば彼女の命が危ういと知り、手を出せない。


 深夜の闇が張り詰め、パーティーは危機的な均衡の中に落ち込んだ。



「セドリック、正気なの!? かつて仲間だったリーネを人質にするなんて、卑劣すぎるわ! 今すぐやめなさい!」

「やめろ、セドリック! そんな卑劣な手で俺たちを動かせると思うな! もう逃げ場はないんだぞ!」

「セ、セドリックさん……お願い、やめて……私たちは同じ隊で戦った仲間だったでしょう? こんな形で争うなんて、あまりにも悲しすぎる……」


 しかし、セドリックは誰の訴えにも耳を貸さない。

苦痛に喘ぐリーネを人質に取ったまま、焦燥と怒りを剥き出しにしながら退路を探す。

弓使いの女戦士が揺れる声で非難し、剣士の男が激しく叱咤し、治癒師リーネが哀切な呼びかけをしても、セドリックは決して手放さない。

状況は硬直し、空気には絶望的なムードが漂いはじめる。



 その時だった。物陰の闇を切り裂くように、ゆっくりと別の人影が前へと進み出た。

剣も魔法も持たぬ、下級冒険者風の地味な男。

だが、その足取りは驚くほど落ち着いている。

まるで舞台の幕開けを告げる俳優のように、薄闇の中に現れた彼の瞳には、不気味なまでの自信が宿っていた。


「やぁ、セドリックさん。はじめましてだね。あなたは重大な勘違いをしている」


 低く、はっきりと響く声が沈黙を破る。

「勘違いだと……? なんだ貴様は……!」

セドリックは怒気を帯びた瞳で新人風の男を睨みつける。


「僕はライン」――そう言ってその男は表情を揺らさず、静かに語りはじめる。

声量は決して大きくないが、不思議と全員の耳に明確に届く。


「この状況、あなたにはまだ打開策があると思っているかもしれないが、実はもう袋小路です。

確かに今、リーネさんが人質だ。だが……」


 ラインはポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、わざとガルフォード達にも見えるよう掲げる。

「この書類を知っていますか、副長? 実は先ほど、領主代理人が“追加の精査”を発表したばかりです。今夜中にも検査班が到着すると噂になっている。あなたがここで無理をしても、既にあなたの計画は報告され、追加調査が本決まりになるでしょう。美術品やら何やら、全部暴かれることになります」


 セドリックは表情を強張らせる。

「な…何を言っている? そんな報告がされたとは聞いていない……っ!」


「報告は領主代理人レベルで止まっています。が、密かに進行中です。

ここであなたが更なる暴挙を働けば、代理人は即座に領主へ上申せざるを得ない。

あなたが人質を取ったとなれば、領主直轄パーティーへの背信は明確、逃げ場などない」


 ラインは言葉を選ぶように、しかし躊躇なく畳みかける。

「あなたが今、リーネさんを解放すれば、多少は交渉の余地も残るかもしれない。

指名手配までいかず、密約で情報を吐く形で助命を求めることも可能だ。

でも、ここで一人でも傷つけてみろ。

あなたの罪はより重くなり最悪の形で領主に届くことになる」


 セドリックは額に汗を浮かべる。

「貴様……一介の下級冒険者風情が何を……」


「僕はただ、あなたが破滅を選ぶのか、それとも損害を最小限に留めるのか、その判断を示しているだけです」

ラインは悲しげな笑みを浮かべる。

「ここには弓手があなたを狙っているし、剣士が隙を窺っている。

あなたの部下はもう無力化されている。

あなたがリーネさんを解放するなら、少なくとも交渉の余地は残りますよ?」


 セドリックは逡巡する。

状況があまりに絶望的だ。

仮にこれはハッタリだとしても、今ここでリーネを傷つければ、自らの立場は確実に崩壊する。


「それに、仲間を裏切った上にリーネさんまで傷つけたらどうなるでしょう?

レイヴンクロウ隊は、ただ殺すだけで済ませると思いますか?

きっと、“死ぬより酷い”報いが待っているかもしれませんよ」


 一瞬の静寂の中、周囲を見渡せば、全員が恐ろしいまでの殺気を帯びている。

その圧力にセドリックは息を詰まらせた。


「くっ……」


 彼は歯ぎしり混じりに唸り、短剣を取り落とす。

金属が石畳に触れ、最後の音を立てた瞬間、セドリックは膝をつく。

あまりにも無様な敗北であった。


 その隙を逃さず、ガルフォードが瞬時にリーネを救出する。


「賢明な選択です」

ラインは微笑み、まるで昔からの友人にするような穏やかな頷きを見せる。



 偽の輸送準備と特使のデマ――ラインの緻密な策略が生み出した二段仕掛けの罠は、見事に副長をおびき寄せ、破滅へ導いた。


 夜が明ければ、パーティーは自分たちがラインなしには事態を収束できなかったと痛感し、自然と彼に依存するようになる。

それがラインの狙い通りであることを、誰も知らぬまま。

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