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底辺冒険者、影の支配者として裏から糸を引く  作者: 来夢
Aランク パーティー掌握編
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プロローグ

挿絵(By みてみん)

 その小さな部屋には窓がなかった。

 粗末な机と椅子が数脚あるだけの、物置か倉庫の一角のような場所。灯りといえば、天井から下がる簡素なランプが薄暗く揺れる程度で、足元の影は濃い。


 ラインはその机の正面に腰掛けていた。

 戦士でも魔法使いでもない、地味な上着に身を包む青年。

 しかし、その瞳には研ぎ澄まされた光が宿っている。

 彼はこの闇を好んで選ぶ男だ。


 今日は、彼の秘密を共有する貴重な二人と初めて揃って作戦打ち合わせを行う約束をしていた――もっとも、作戦と呼べるものはまだ何もない。

 まずは情報が必要だ。


 ほどなくして、扉がわずかに軋む音。先に入ってきたのは、軽やかな足取りの少女だった。

 淡いランプの光が薄暗い室内を照らし、彼女の頬や唇の輪郭を優美に映し出す。

 まるで彫像のように整った顔立ち、長いまつ毛が揺れるたび微細な影を生む。

 薄い微笑を浮かべているが、その笑みは少女らしい柔和さの中に狡猾な光を孕んでいる。

 まるでこの暗ささえ自分の舞台と見なしているかのような自信を漂わせる。

 彼女はラインから見れば“噂を操る名人”で、人脈工作が得意な存在だ。

 外見こそ愛らしく見えるが、その瞳にはしたたかな光が宿っている。

 普段は街角で噂を転がし、欲しい形に整える裏方役……ここに来たのも、まだ形の定まらぬ計略を彼女なりの“芸術”として完成させるためだ。


 続いて、静かに影を引きずるようにもう一人が現れる。

 こちらも少女らしい線の細い身体つきで、その顔立ちは可憐という言葉がふさわしいが、フードが大半を隠しているため、一瞬見ただけではその美しさに気づけないかもしれない。

 だが、ちらりと見える顎のラインや白い肌が仄かな美を予感させる。

 彼女は言葉少なで、気配まで消そうとするかのような慎重さがある。

 まるで夜露に濡れた花弁が密やかに闇に溶け込むような静かな存在感だ。

 彼女こそ、情報を拾い集め、必要なら偽造まで厭わない諜報の達人。精密な筆致で“不正”を創り出す、闇の職人である。

 その美少女的な外見からは想像もつかぬほど、冷徹で正確な手仕事を行う。


 彼女らは可憐な外見と裏腹に、したたかさと能力を秘め、ラインの指示のもと、まだ眠る計略の種を芽吹かせる準備を整えている。

 かくして、一人の男と二人の女が、暗い部屋に揃った。


 ラインは軽く顎を引いて二人を見やる。


「やぁ、お疲れ」


 微笑みながら最低限の挨拶で済ます。


 まず、フードを被った女――ミレイユが何かを取り出した。

 羊皮紙に走らせた筆記の跡がうっすら見えるメモ帳のようなものだ。

 彼女が低い声で切り出す。


「Aランクパーティー『レイヴンクロウ隊』の副長セドリックの動向を調べたわ。マルシェード商会の副代表と内密な接触があって、正規ルートにはない物資――美術品の類を混ぜて報告書を提出しているらしい。それを流して利益を得る計画かと」


 ラインは指先でテーブルを軽くトンと叩く。


「美術品? レイヴンクロウ隊がそんな贅沢品を扱う理由はない。領主依頼で武具や薬品、触媒ならともかく、美術品とは的外れだ」


 彼の声には冷静な分析がある。

 つまり、正式な報告書に紛れ込ませることで、後から闇で売って稼ぐ算段なのか。

 不自然な物が報告書に載っていても、領主側は精査をサボっている。

 おかしな品目があろうと見過ごされる可能性が高い……なるほど、狡猾なやり口だ。


 微笑みを浮かべていた噂屋の女――シャルロットが口を開く。


「副長たら、いい気なものね。Aランクパーティーって立場を利用して、好きなように荒稼ぎする気かしら? でも、これは使えそう。だってこんな不正、もし表沙汰になればパーティーは揺れるわ。副長への信頼はガタ落ち、混乱必至でしょう?」


「そう。それこそ僕たちが望む展開だ」


 ラインは満足げに頷く。

 まだ形にはなっていないが、手中には確かな“種”がある。


「だが、焦る必要はない。噂を紡ぐにも、虚実の陰を差し込むにも、今はまだ“駒”が自らの盤面を揺るぎなきものと信じ込んでいる内が好都合だ。


 静かに基盤を固めよう。私たちには剣も魔法もない、だが情報と策略を糧として、彼らにとって不可欠な存在へと成り上がることができる。


 いずれ、彼らは迷路で彷徨い、出口を求めて苦悶する時が来る。その局面で我々が用意した“餌”を差し出せば、何の疑いもなく喰いつくだろう――それが取り返しのつかぬ劇毒であることも知らぬまま、ね」


 シャルロットは軽く肩をすくめる。


「分かったわ、まだ噂は流さない。でも、どんな風に仕掛けるかは考えておいてね。私、脚本を練るのは好きじゃないの」


 ミレイユは無言だが、わずかに顎を引いて同意を示す。

 この闇の中で、三人は言葉少なに理解を深める。

 副長セドリックの不正――まだ大事にはなっていないが、必ずそこに火種がある。

 事態が進めば必ずパーティーは混乱する。


「まずは、確実な証拠とタイミングの狙い所を探る。ミレイユ、例の書類類をチェックして、どこを突けば致命的な矛盾が生じるか洗い出しておいてくれ」


 ラインは彼女に視線を投げる。


「シャルロット、君は最適な瞬間を見極めるため、ギルドや商会で耳を澄まして。いつ仕掛けるかが鍵だ。俺は領主関連の手続きや公示ロット表の形式を再度確認する。美術品が何故混ざっているのか、矛盾点を最大限活かすためにね」


「了解」


 シャルロットはひらりと手を振る。


「じゃ、夕方にもう一度ここで。“計画”を練る前に、材料を揃えましょ」


 ミレイユは一言も発さず、まるで影そのものが溶け込むように扉の彼方へ消えた。

 シャルロットも、後に続く。


 闇を裂く灯の揺らめきの中、ラインはただ椅子に身を預け、静かに笑みを刻む。

 まだ駒は動かしていない。噂一つ流していない。

 だが、狙いは揺らがない――Aランクパーティーを掌握する。そのための初手として、副長の不正情報は、これ以上ない優雅な序曲になるだろう。

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