【番外編6】 ケンカ
僕の目の前には、頬を膨らませたラフィナが座っていた。
僕はナイフで切った肉をフォークに刺したまま、食べる動作を止めて聞き直した。
「え? 昨日行ってたパーティのことを言っているのか?」
こぢんまりした食卓に、たくさんの料理を並べていつものように2人で晩餐を楽しんでいる時だった。
ラフィナがちょっと前に、書斎机の上にあったパーティの招待状を見てしまい、そのことについて言及されていたのだった。
頬を膨らませたままのラフィナがツンと顔を背け、手に持っている赤ワインをゴクリと飲んでから喋った。
「……ステーンウィックって、あのステーンウィックでしょ? すっごい非合法なパーティするので有名な。私はまだライトなパーティで歌ったことあるから知ってるもん」
「昨日はそこまで裏のパーティじゃなかったよ。高位貴族のステーンウィックから依頼を受けて、仕事の一環で行っただけだ」
「…………どうだか」
ラフィナは顔を背けたまま、瞳だけを僕に向けた。
ムッとした僕は思わず言い返す。
「ラフィナは、その軽く非合法なパーティに参加してたんだろ?」
「私は歌っただけですー」
「ふん。僕を疑うならラフィナも十分怪しいじゃないか」
僕も赤ワインのグラスを手に取って、一口あおった。
ラフィナは眉間にシワを寄せて遠くを見続けていた。
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というのが昨日の出来事で、いがみあった僕たちはそれから喋りもせずに、それぞれが寝具に包まって眠りについた。
けれど朝起きるとポツリポツリと言葉を交わし始め、夕食のころには普段の僕たちに戻っていた。
……良かった。
やっぱりケンカをしたままは嫌だし。
僕なんかはラフィナのことが日中気になってしまい、出先の仕事を早く切り上げて帰ってきてしまった。
〝振り回されてるなぁ〟と思いながら、ラフィナの背中を見つめる。
彼女は今、歌うための部屋で大きな窓に向かって立っており、気持ちよさそうに伸びやかな歌声を披露していた。
僕は後ろのソファにゆったりと座り、いつものようにラフィナの美声に聞き入っている。
歌い終わったラフィナが、振り返ってニッコリほほ笑んだ。
僕は立ち上がって彼女に近付いた。
歌声で惑わされている僕は、ラフィナを抱きしめて歌のお礼を耳元で囁く。
ラフィナがくすぐったそうに高い声で笑った。
それからラフィナが僕の手を取って、寝室へ連れて行ってくれた。
今日の彼女は何だかいつもより楽しそうだ。
ニコニコと歯を見せて笑っている。
昨日ケンカしちゃったから、嬉しいのかな?
フワフワした思考の中、僕は呑気にそんなことを考えていた。
寝室に入って扉が閉まると、暗闇に包まれた。
僕たちはお互い抱き合いながら、ベッドに倒れ込んだ。
彼女の首元に顔をうずめて、甘い香りを堪能する。
そうしていると、眩んだ目が慣れてラフィナの輪郭がハッキリと見えてきた。
僕が顔を上げてラフィナの瞳を覗き込むと、彼女がニヤリと笑いかけた。
セイレーン……
その美しくて妖しげな笑みを見た瞬間、その言葉が頭をよぎった。
ラフィナが口を開いてある歌を紡ぎはじめる。
それは、優しくて泣きたくなるような懐かしい曲。
ーー気が付くとラフィナが子守唄を歌っていた。
僕の瞼が重くなって、徐々に閉じられていく。
体の力も抜けてしまい、ラフィナの上に倒れ込むように身を投げた。
意識が完全に途切れる前に、彼女の声が聞こえた。
「……おやすみなさい」
…………
ラフィナはまだ静かに怒っていた。
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翌日、目を覚ました僕はガバッと飛び起きた。
ぐっすりと眠ってしまった僕は、ラフィナより遅く目覚めたようだ。
いつも隣にいるラフィナの場所はすでに空になっている。
辺りを見渡す内に、徐々に昨日の出来事を鮮明に思い出した。
……あれは……
あの子守唄は睡眠効果がある歌だ。
そして、重要なことに気付いて息を呑む。
「……2日も血を飲んでない……!!」