【番外編4】 不意打ち
クライヴが仕事に出掛けている日中、ラフィナは簡単な掃除や洗濯をしていた。
週に1度は本邸からメイドさんが来て、大々的な掃除をし、難しかったり大きな洗濯物を引き取ってくれていた。
だから、本当にササッと簡単にだけでよかった。
ホウキを持って部屋に入ると、ラフィナは窓を開けて部屋の中に風を通した。
柔らかい頬を撫でる風と、暖かい日差しに思わず目を細める。
「気持ちのいい天気だなぁ。お掃除終わったら、どこかに出掛けようかな」
そう言って窓から離れると、ホウキで床を掃き始めた。
順調に掃除を進めているラフィナは、次の部屋に向かった。
少し緊張しながら扉を開ける。
「失礼します……」
誰もいないのは分かっているのに、つい小声で挨拶してしまった。
『……何? どうした?』
机に向かい何かを書いているクライヴが、顔を上げてラフィナを見て笑う幻影が見えてしまった。
「…………」
寂しくなったラフィナは、シュンとしながら部屋の中に入った。
ここはクライヴの書斎。
たくさんの本が壁一面に並んでおり、仕事が忙しい時はよくここに籠っている。
机の上には難しそうな本が置かれていた。
その中に他とは系統が違う本があり、ラフィナの目についた。
「……回復魔法の基本?」
ラフィナはその本のタイトルを読み上げた。
そしてハッと気付く。
最近クライヴに噛まれた傷跡が、綺麗に無くなっていることに。
…………
寝ている私に、かけてくれているのかな?
ラフィナは人知れず大事にされていることが分かって、勝手に頬が緩んだ。
掃除が無事に終わってからラフィナが向かったのは、歌うための部屋。
大きな窓の外には、夜には見えづらい美しい街並みが遠くに広がっていた。
しばらく静寂の中を立ち尽くしていたラフィナが、おもむろに口を開く。
彼女がお腹の底から声を出すと、部屋の空気が震えた。
気分を良くしたラフィナは窓に向かってニッコリ笑い、今の気持ちを歌に乗せて表現した。
毎日我慢することなく歌えるのは、なんて幸せなんだろう。
私の歌を聞いてくれて褒めてくれる、かけがえのない人とも出会えた。
ラフィナは目を閉じて、のびのびと歌いあげた。
クライヴへの感謝と愛情をこめて……
愛し愛されることへの賛歌を。
ーーーーーー
歌い終わったラフィナは、満足そうに深いため息をついた。
部屋の中は再び静寂に包まれる。
『パチパチパチ』
突然拍手が鳴り響いた。
「え?」
驚いたラフィナが音がした方に振り向くと、頬を赤く染めて虚ろな表情をしたクライヴがいた。
彼はいつの間にか帰ってきたようで、ダイニングからこの部屋に続く扉の近くに立っていた。
……歌を聞かれた!!
ラフィナは慌てて駆け出した。
この部屋から廊下へと続く扉に向かう。
けれど、ドアノブに手をかけた瞬間に、同じく駆けてきたクライヴにその手を取られた。
「何で逃げるの?」
色欲に染められた瞳に見つめられ、熱い吐息が聞こえる。
そしてギュッと抱きしめられた。
力強く抱きしめるクライヴの腕から、絶対に逃さないぞという熱意が伝わってくるようだった。
観念したラフィナが力を抜いて、クライヴに寄り掛かる。
「帰ってくるの早くない? 今日はお出かけしたかったのに」
「今から忙しいから無理じゃない? 明日はお休みだから、一緒に出掛けようか」
クライヴが駄々っ子をなだめるように、ラフィナのおでこにキスをした。
その時、ラフィナがポツリと呟いてしまった。
「……お掃除してたから、湯浴みしたかったなぁ」
「いいね。一緒に入ろうか」
「!? それはやだー!!」
バタバタ暴れ出したラフィナを、半ば抱えるようにしてクライヴが浴室へと移動し始めた。
「恥ずかし過ぎるんだけど」
「大丈夫。そろそろ理性が飛ぶから」
「だから何が大丈夫なの!?」
相変わらずギャアギャア騒ぐラフィナが脱衣室に押し込められると、バタンと扉が閉められた。