【番外編3】 控えるという選択肢はない
日が暮れて、美しい銀色の月がぽっかり浮かぶ夜。
僕とラフィナはいつものように2人で食卓を囲っていた。
ラフィナが赤ワインを一口飲んだあとに、フォークで目の前にあるお皿の食べ物をつつく。
「オリーブオイルとハーブソルトの、シンプルな味付けが1番美味しいね。この生レバー」
ラフィナがそう言ってパクッと口の中に入れ咀嚼する。
「気に入って貰えて良かった。ある国ではこの種類の生レバーの提供が法律で禁止されたから、貴重なものなんだよ」
「そうなんだ。こんなに美味しいのに、食べれないなんて可愛そうだね」
ラフィナがフォークを一旦置いて、また赤ワインを口に含んだ。
「この後から渋みがちょっとくるワインとよく合うね」
彼女が幸せそうにニコニコ笑った。
本当に赤ワインが大好きなラフィナは、その赤ワインに合わせて僕があてがう料理も大好きだった。
けれど突然、ラフィナが笑みを消して僕をジッと見てきた。
「……でも、最近露骨だね……」
「何が?」
「私の血が沢山作られるように、メニューを考えてるの気付いてるんだよ」
「…………」
無言になった僕もジッとラフィナを見つめた。
しばらくの間、視線がぶつかり合うだけの時間が過ぎる。
そんな中、ラフィナがゆっくりと口を開いた。
「新鮮な血が作られるように、早寝早起きのリズムを整えたり、運動するように、最近よく外に連れ出してくれるよね?」
「…………」
「まぁ、健康になるから良いんだけど……」
彼女がフイッと目を逸らしながら続けた。
「……で、私の血は美味しくなった?」
「何となく……元々がすごく美味しいから、もう頂点に君臨するから、それより高みを目指すのは難しいんだ」
僕が熱心に答えると、思わずといったようにラフィナがフッと息を吐きながら笑った。
そして〝仕方ないなぁ〟というような困った表情を僕に向ける。
「美食家の性なの? まるで赤ワインの発酵? 熟成? をされてる気分だよ……」
「どちらかと言うと発酵かな? 発酵と熟成の違いはーー」
「あーあーあー! 赤ワインに例えようとした私が悪かったですー!」
僕が説明に入ろうとすると、その雰囲気を察知したラフィナが大声を出して阻止した。
相変わらず、ラフィナにとって小難しい話を聞くのは嫌みたいだ。
苦笑した僕は、これだけは伝えておこうと思う話題に切り替えた。
「味というより、ラフィナが血を失いすぎて体調を崩さないように、量を増やそうと思って」
「……飲むのを控えるという選択肢は無いのね」
「今でも控えてるんだけどっ」
「そこでムッとされても……」
ラフィナが眉を下げて困惑した。
彼女のワイングラスが空になっていたので、僕は呪文を唱えて赤ワインを注いであげた。
「ラフィナが好きな、甘くて飲みやすいワインにしたよ」
「ありがとう」
途端に笑顔になったラフィナが、いそいそとワイングラスを手に取った。
彼女が一口堪能したのを見計らって、僕はラフィナに聞いてみる。
「ラフィナも、大好きな赤ワインを我慢してって言われたら難しいだろ?」
だいぶ酔ってきた彼女がニコニコしながら答えた。
「あははー。確かにそうかも。けど、クライヴのためなら我慢出来るよー」
「それは赤ワインより僕が好きってこと?」
「うん。私は普通にクライヴが好きだから」
ラフィナが目を細めて優雅にほほ笑みながら、スッと立ち上がった。
「僕は普通じゃないって?」
僕も立ち上がり、彼女に手を差し出した。
ラフィナが僕の手を取ると、2人揃って隣の部屋へと歩き出した。
「だって、私の血を好きすぎるから……私のためなら我慢出来る?」
「も、もちろん」
僕は少したじろんだが、なんとか言い切った。
2人で、歌うための部屋の扉をくぐる。
歩みを進めながらも、ラフィナが意地悪な笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、今日我慢してよ。歌ってはあげるから」
「……それはずるくない? 歌で惑わされたら理性飛ぶんだけど」
「あはは。ごめんね……血に嫉妬しちゃった」
「……何それ?」
僕が思わず立ち止まると、手を繋いでいるラフィナも止まって僕を見た。
僕は驚きすぎて、わなわな震えながら気持ちを伝える。
「っか、可愛すぎるっ!!」
ガバッと抱きつくとラフィナの頭を抱え込み、その頭に自分の頬をくっつけた。
頬の下から小さな声が聞こえる。
「なんか恥ずかしい……」
「あー、惑わされた。完全に惑わされたね」
僕は言い切らない内にラフィナを抱き上げると、部屋の奥のソファに彼女を連れて行った。
そのソファに優しく横たわらせて覆い被さると、呆れて僕を見上げているラフィナと目が合った。
「……最近、歌わなくても発情してない?」
「…………?」
「えー、また? 理性が飛んだフリ」
ラフィナは大きなため息をつきながらも、僕がキスするといつものように応じてくれた。
しばらくして顔をそっと離すと、お互い目を開けて見つめ合った。
そして同時に喋る。
「歌う?」
「私の血、飲む?」
…………
しばらく見つめ合ったあとに、2人して顔を綻ばせて笑った。
「あとにしよっか」
「うん」
結局は、歌うことや血を飲むことよりも、相手が1番好きな僕たちだった。