【番外編1】 禁断症状
遠い土地での仕事が入り、僕は5日間、家を空けていた。
それは5日間もラフィナと離れていたことを意味していた。
もう少しで夕暮れに差し掛かりそうな時間に、僕は仕事から帰ってくることが出来た。
馬車から降りて別邸の門をくぐると足早に庭を進み、玄関扉を開けてエントランスに入った。
勢いよく扉を開いた音に驚いたラフィナが、奥の廊下からひょこっと顔を覗かせる。
僕が帰ってきたと気付いた途端、彼女は歯を見せて嬉しそうに笑った。
「おかえりなさい」
太陽のような暖かくて眩しい笑顔を見た僕は、トランクを持つ手を離し、ドサっと床に落とした。
そして無表情のまま、ラフィナにズンズン近付いていった。
「な、何??」
異様な雰囲気にラフィナが逃げ腰になる。
僕はそんな彼女をひょいと捕まえると、抱き上げた。
「ただいま」
横抱きにしたラフィナの首筋に自分の顔を押し当てて、甘い匂いを堪能する。
目の前の白い首に噛み付きたい衝動を抑えながら。
そしてそのまま奥へと歩いて行った。
「本当にどうしたの!? なんか怖いんだけど……」
ラフィナの非難する声に顔をあげると、訝しげに眉をひそめている彼女と目が合う。
そんなラフィナをなだめるために頬にキスをしていると、寝室の前についた。
両手が塞がっている僕は、肘で器用にドアノブを下げて、足で蹴るようにしてドアを開け放った。
「!?」
僕の荒々しい様子に目を丸めたラフィナは、寝室に入ってもしばらく扉に釘付けになっていた。
僕はお構いなしにラフィナをベッドの上にコロンと転がす。
「キャッ」
小さく悲鳴をあげる彼女に、僕も倒れ込むように覆い被さって抱きしめる。
そしてラフィナの首元に顔をうずめたまま、ゴニョゴニョ喋った。
「ラフィナ……お願いが」
「な、何?」
少し怯えた彼女の声が聞こえた後に、ぼくはスッと顔をあげて真剣な表情でラフィナを見つめた。
「今すぐ血を飲みたいんだけど」
「…………」
停止したラフィナがじっと僕を見ていた。
僕は首元のタイを緩めながら喋った。
「5日も飲んでないから、手が震えたりボーッとしたりしちゃって……」
「もしかして、それって」
「……そう」
「「禁断症状」」
僕たちの声がそろった。
眉をひそめたラフィナが言葉をなんとか絞り出す。
「……い、いいけど……」
彼女がゆっくりと右手をあげた。
手のひらを上に向けて指先を僕の顔の前に突き出す。
「5日ぶりだから、どの指でもいいよ」
「ありがとう」
僕はジャケットを脱いで、ベッドの横にあるソファあたりにポイッと投げた。
ラフィナの柔らかくてしなやかな中指を口に含む。
尖った犬歯を突き刺して、あふれてきた血を久しぶりに味わった。
目を閉じて、力が抜けたようにラフィナの隣に横たわる。
それでも指は離さずに、血を啜っていた。
ラフィナが空いてる左手で僕の頭をよしよし撫でながら、心配そうに聞いた。
「……禁断症状は、おさまった?」
僕はゆるゆると目を開けながら、彼女の指から口を離した。
「…………まだ」
「今日はこっちの指も吸う?」
ラフィナが頭を撫でていた手を僕の顔先に持ってきた。
僕はその手を掴んで指先にキスをする。
「血はもう大丈夫」
「??」
「次はラフィナ」
「え?」
少し体を硬直させたラフィナを引き寄せてキスをした。
長く続くキスの合間に、鼻から抜けるような彼女の甘い声が聞こえ始める。
次第にラフィナの体から力が抜けていき、しばらくしてから彼女を解放すると、目を閉じてクタッとしていた。
それをいいことに、いそいそとラフィナの衣服を解いていく。
薄目を開けたラフィナが、僕の手を掴んで中断させた。
彼女の顔を覗き込むと、エメラルドの瞳が不安げに揺れながら僕を捉えていた。
「歌を聞いてない素の状態でするの?」
「うん。何気に初めてだね」
僕はラフィナをなだめるように、もう一度キスをした。
すると今度は両手を僕の胸について、グイッと突き放された。
「いろいろ細かく評価されそうで嫌なんだけど! まだ明るい時間だし!!」
「あはは! ほら、ラフィナの禁断症状で意識がボーッとしてるから大丈夫だよ」
「どこが? めちゃくちゃしっかりしてるよね」
ラフィナがジト目で僕を見つめる。
僕はクスクス笑いながら彼女に伝えた。
「どこもかも綺麗だよ」
「……雑なのもなんかやだー」
頬を赤く染めたラフィナが、フイッと目を逸らす。
僕はそんな彼女を愛おしげに見つめながら、また顔を近付けた。
相変わらず僕の胸に手をついていたラフィナだったけど、押し返すことはもうしなかった。
結局、ずっと恥じらっていたラフィナだったけど、歌で僕を惑わせて意識を飛ばすことはしなかった。
いじらしい彼女を抱きしめながら、5日ぶりにラフィナと過ごせたことに深い充足感を感じていた。