【番外編15】 ラフィナも
籍を入れて晴れて夫婦になったと言っても、2人は変わらない日常を送っていた。
今日もいつものように、こぢんまりした食卓を2人で囲み、僕が用意した美味しい食べ物と赤ワインをいただく。
この2人の時間も大好きなラフィナが、ニコニコしながら僕に話しかけた。
「この前、クライヴがグレーなパーティの仕事が好きって言ってから、振る舞ってくれるメニューが気になってるんだけど……」
「……?」
「今では気軽に食べれない食べ物が、ちょこちょこ混じってるような……」
「……魔法だから、違反しているわけじゃないからね」
僕は穏やかにほほ笑んだ。
昔は大丈夫だったけど、今では危険だと分かって国から禁止された食べ物や調理法。
僕の魔法で生み出す食事に危険は一切ない。
それをまた食べたい人達は一定数いて、僕が借り出される時がある。
逆にそんな人たちが、僕に珍しい物を食べさせてくれたりする機会もある。
僕はそのことを簡単にラフィナに伝えた。
彼女は長くて少し小難しい話になると、よく聞いていないモードになるからだ。
説明を聞き終えたラフィナがクスクス笑った。
「さすが食への好奇心が強いね」
「美食家だからね。ラフィナへの好奇心も強いよ」
「あはは。並べられると、食材感が増すんだけど」
ラフィナが楽しそうに笑った。
思わず手で口を隠している。
僕も釣られて笑いながら返す。
「ラフィナが1番美味しいからね」
「1番タブーな食材だしね」
彼女が目を細めて幸せそうに笑った。
それから食事とお喋りをしばらく楽しんだ僕たちは、隣の歌うための部屋へと移動した。
いつものように、ラフィナが大きな窓に向かって立ち、僕のために美声を震わせる。
僕は奥のソファに深く腰掛けて聞き入っていた。
ラフィナの歌声はとても美しい。
毎日歌う彼女は、心なしかどんどん歌に深みが出ている気がする。
幸せそうに歌うラフィナは、ますます輝き、いきいきした美しい女性へとなっていく。
今日はどこか明るい曲調で、彼女の弾んだ心を表しているようだった。
けれど、その歌声が途中で止まった。
初めてのことだった。
俯いて聞いていた僕は、顔を上げてラフィナを見る。
背中を向けていた彼女が僕に振り向き、頬を赤くさせて小刻みに震えていた。
潤んだエメラルドの瞳が見開かれ、僕をとらえる。
「……何か、した?」
僕はニコニコ笑いながらラフィナに近付いた。
眉をひそめて警戒し始めた彼女が身構える。
手を伸ばしてラフィナの頬に触れると「ひゃっ」と短い悲鳴が聞こえた。
「僕ばっかり惑わされてるから、ラフィナが惑わされたら、どうなるんだろうと思って」
「…………」
「魔法がラフィナに跳ね返るように……反射魔法を、帰りにかけてもらったんだ」
「それで…………私が、惑わされてるの!?」
ラフィナが非難を込めて、悩ましげな表情で見てきた。
僕は頬に添えた手の親指を彼女の唇に当てる。
熱い吐息を吐くために薄っすら開いていた口を、もう少し開かせた。
ラフィナはトロンとしている目を更に虚にさせて、僕のなすがままだ。
そんな彼女に口付けし、両手できつく抱きしめた。
ラフィナも僕の背中に手を回して応えてくれる。
顔を離すと、ラフィナが目をつぶったまま深いため息をはいた。
そして2、3度瞬きをしてゆっくり目を開けると、僕の胸に顔をうずめる。
「……ひどい」
「ラフィナへの好奇心が強いから」
僕は笑いながら彼女を横抱きで抱き上げると、寝室に移動した。
ベッドにラフィナをそっと下ろす。
彼女がその途端、腕を伸ばして僕の頭を抱きしめるようにしてキスしてきた。
みずから後ろに倒れ込むラフィナに引っ張られながら、僕も彼女の上に倒れる。
長い口づけの合間に、ラフィナの甘い吐息が聞こえる。
「ラフィナ、血を飲んでもいい?」
「ダメ……まずは私を味わって?」
ラフィナが僕のシャツのボタンを解きだした。
頬を上気させながら、ウットリと笑っている。
そして衿元をグイッと引っ張って、僕を引き寄せ耳元でささやく。
「血は最後に……ね」
彼女の顔を覗き込むと、優雅な魅惑の笑みを浮かべていた。
その綺麗なエメラルドの瞳から目が離せなくなっていると、ラフィナの口がおもむろに開いた。
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次の日、僕が目を覚ますと、すでに辺りは明るくなっていた。
目線だけをゆっくり動かすと、ベッドのふちに座っているラフィナの背中が見えた。
僕はモゾモゾ起き上がりながら、その背中に声をかける。
「……酷くない?」
僕に気付いたラフィナが振り返って言った。
「だって、歌で惑わすのがセイレーンの本能なんだもん……」
彼女はあの後、歌いに歌いまくった。
反射魔法は基本1度しか効かず、僕も瞬時に惑わされる。
僕が狂おしいほどにラフィナを求めだす様子を、彼女は幸せそうに笑いながら歌って見ていた。
僕はラフィナの横に座り、彼女を恨めしげに見た。
「しかも、限界の僕をセイレーンの涙まで使って回復させ……」
「あーあーあー! 意識が朦朧としてたんで知りませんー」
照れたラフィナが両手で耳を塞いで首を左右に振った。
チラリと見えた肩に酷い咬み傷があったから、僕はそこに手を置いて回復魔法をかけた。
大人しくなったラフィナが、耳から手を離して僕を見つめる。
「けど、ラフィナの意外な一面が知れて良かったよ」
「……私も試したいことがあるんだけど」
ラフィナがむくれた表情を僕に向ける。
「何?」
「惑わせた後に相手しないと、どれぐらいの時間で解けるかとか!」
そしてプイッと顔を大きく背けた。
「それはただの拷問なんだけど」
僕は笑いながら、いじけた彼女をなだめるために、隣から優しく抱きしめた。