【番外編14】 同盟
僕はもう一脚ソファを用意してもらい、ラフィナとカイルが囲んでいるテーブルに加わった。
給仕が僕にも赤ワインを振る舞ってくれる。
それを一口飲むと違和感に気付いた。
……カイルの好きな味じゃない。
僕はワイングラスの中を見つめながら呟いた。
「これは……」
僕を試すように笑って見ていたカイルが、ゆっくり口を開いた。
「そう。クライヴがしつこく聞いてきた、リューベック家の事件現場でリチャードが飲んでいたワインと同じ銘柄だ。自衛団が作成した調査書が上がってきたんで、今朝ようやく分かったんだ」
「…………」
僕は怪訝な目で兄を見た。
この感じは銘柄が分かっていたのに、わざと教えなかったな。
それからラフィナを見る。
「あー、確かにこの味かもー」
ニコニコ揺れている彼女は、なかなか酔っていた。
「ラフィナはもう飲んじゃダメ」
「えー」
僕はすぐにワイングラスを取り上げた。
素直になりすぎた彼女が、何を言い出すか分からない。
そして僕がどんなリアクションをしてしまうか分からない。
身内の前では恥ずかし過ぎる。
ラフィナは頬を膨らませて不貞腐れていたけれど、ハッと何か思い出すと僕に聞いてきた。
「あのベルンハルト家の当主様が、クライヴのお兄さんだなんてビックリしたんだよ。別邸をカイルさんが訪ねてきた時に、クライヴにそっくりなのに家名が違うから……」
「……ごめん。いつか言おうと思ってたんだけど、僕はベルンハルト家の次男なんだ。けれど美食家として生きることを父親に反対されたんだよね。それで母方のプレトリウスの姓を名乗って美食家の仕事をしているんだ」
「……そうなんだ」
そこにカイルが口を挟んだ。
「俺が当主になったから、ベルンハルトを名乗ればいいのに」
僕は苦笑しながらカイルに返事をした。
「……ベルンハルトを名乗ると、グレーなパーティに呼んで貰えなくなるから……」
「グレーなパーティに参加するなよ」
「そっちの方が、突拍子のない仕事が来て楽しいんだよね」
そこまで喋ると、ラフィナからの冷ややかな目線を感じた。
僕はそっちを見ないようにしながら、カイルに尋ねる。
「それで、ラフィナに何を聞いてるの?」
途端に横からラフィナの嬉々とした声があがった。
「カイルさんが、リチャードの家で歌ったのを褒めてくれてー、クライヴのためにっていうのも褒めてくれたんだよー」
僕がラフィナを見ると、彼女は頬を染めてニコニコしていた。
僕はついそんなラフィナの頭を撫でる。
おっと。
兄さんの前だった……
カイルに向き直ると、半笑いで待っていた彼が説明を始めた。
「クライヴが昨日、ラフィナという女性と籍を入れたいって言い出すから、いろいろ調べ上げたんだ。それでリューベック家の事件にもつながってな。これは使えると思って」
「えへへー。裏社会の情報なら、いろんなパーティで目にしてきたから知ってるー」
コマ扱いされているのに気付いていないのか、相変わらずラフィナはニコニコして喋った。
僕は驚いてカイルに聞く。
「え!? あの大雑把なラフィナが、人の名前とか繋がりを覚えているのか?」
「彼女は人の顔を覚えてる。目で見た情報に強いらしい」
「だから、カイルさんが味のある似顔絵を描いてくれてるのー! あははー」
ラフィナはクリームチーズを乗せたクラッカーを手に持ち、口に運んでいた。
そして「赤ワイン飲みたい」とポツリと呟いた。
僕は眉をひそめながらも、新しいグラスを用意してもらい、ラフィナの好きな甘めの赤ワインを魔法で注いだ。
この銘柄ならジュースのように飲んでも、彼女なら酔わない。
「クライヴ、ありがとう」
グラスしか見ていないラフィナが一応僕にお礼を言うと、ニコニコしながら赤ワインを飲んでいた。
そんな僕たちを見たカイルが、ため息をついて喋る。
「結婚したいっていうから、どんなやつかと思ったら……特に美味しい物を作れるわけでもないのに、どこがいいんだ? まさか、セイレーンの歌に惑わされ続けているのか?」
その発言に目を丸くしたラフィナが、思わずつっこみを入れていた。
「いきなり酷い言われようですね。まぁアングラ出身なんで、そんなもんか」
彼女はケラケラ笑いながら赤ワインをあおった。
ラフィナは笑っているけど、僕はムッとしながらカイルに返事をした。
「何を言われようと、僕はラフィナと添い遂げたい。別にベルンハルトを抜けてもいいんだ。プレトリウスに2人で籍を入れても。そっちには承諾を得ているから」
僕はむくれながら続けた。
「ベルンハルトには、ひとまず顔を立てに来ただけさ。僕はこれからも、自由に生きさせてもらう」
そして目を逸らしながら強く言い切った。
ベルンハルト家の人たちは、いつも僕を反対する。
父との長く続く確執にうんざりしていた僕は、ついカイルにも当たってしまった。
「…………」
カイルは神妙な顔をして何も言わなかった。
その時、ほけーっと聞いていたラフィナが、穏やかな声を発した。
「私はどっちの姓でもいいし、なんなら結婚という形を取らなくてもいいよー。クライヴと一緒にいられて、歌を聞いてもらえるだけで幸せー」
彼女が、飛び切りの笑顔を僕に向けた。
「ラフィナ……」
「それに、せっかくお兄さんと同盟を組めたんだから縁を繋いでおきたいし、セイレーンの力を何か良いことに使ってもらいたいなー。私が歌うと、なかなか踏み込めなかった貴族の家宅捜査が出来て、大助かりなんだって」
ラフィナが歯をニッと見せて笑う。
するとカイルが彼女に話しかけた。
「じゃあ早速ニールセン家に潜入してもらいたいんだが……」
「クライヴが監修した公のパーティで、嫌味ったらしい発言をしてきた人ですね!? 似顔絵お願いします!」
「分かった」
何故か息ぴったりの2人が再び盛り上がり始めた。
カイルが机の上の紙に向かってペンを走らせ、ラフィナが赤ワインをちびちび飲みながら出来上がりを待つ。
僕は小さくため息をついた。
すると目線を紙に向けたままのカイルが呟いた。
「……いいぞ。籍をいれても」
「え?」
「当主が許可を出そう。籍を入れてもいい……何となく、クライヴが彼女を選んだ理由が分かった」
最後の方のセリフはボソボソ小さくなっていった。
放心気味な僕はお礼を言おうと口を開く。
「……ありが」
「クライヴが私を選んだ理由は簡単ですよー。それは私のち、っもごもご!」
いきなり大暴露をしようとしたラフィナの口を慌てて塞ぐ。
「じゃ、じゃあ早速籍を入れるから帰る!」
そしてラフィナを抱えながらカイルの前から逃げるように立ち去った。
クライヴたちがいなくなった後に、ゆっくり顔をあげたカイルが呟いた。
「忙しい奴だな」
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帰り際に、僕たちは本当に籍を入れる申請をしにいった。
王宮内に貴族を管理している省があり、そこで書類にいろいろ書いて手続きをする。
僕が窓口で書類にペンを走らせていると、横からラフィナが覗き込む。
そして、酔ってフワフワしている彼女が聞いてきた。
「やけに急ぐねー」
「カイルの気が変わらないうちに、さっさと済ませよう。やっぱり位の高い貴族名の方が、何かと有利だし」
「そんなもんなんだー」
「あ、ちょっと、勝手にフラフラどっかいかない」
「はーい」
「式はおいおい考えよう」
「はーい」
こうして僕たちは無事に籍を入れることができた。
ラフィナは酔って意識がハッキリしないうちに、僕と同じ姓を手に入れることになった。