【番外編13】 同盟
ラフィナの熱も下がり、体調もすっかり良くなった数日後。
今日はクライヴが仕事に出かけていたので、別邸にはラフィナ1人でいた。
午後に差し掛かり、のんびりソファで紅茶を飲みながら、ラフィナは昨日言われたことを思い出していた。
一緒に夕食を食べている時に、クライヴが結婚についての話題を出したのだった。
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「ラフィナと結婚するには、本家に話をつけなきゃいけないんだ。……時間がかかるけど、待っててくれないか?」
クライヴがそこまで言うと、切り分けたお肉にソースを絡め、ベビーリーフを1枚合わせて口に運んだ。
彼の食べる姿は美しくて、ラフィナは密かに好きだった。
「……本家っていつも来てくれるメイドさんがいる所?」
「うーん……ちょっと複雑でね、時期が来たら詳しく話すよ」
クライヴが眉を下げて笑みを浮かべた。
ラフィナはいったんフォークを置いて、赤ワインが入ったグラスに手を伸ばす。
一口飲んだあとに、ニッコリ笑って返事をした。
「分かったよ」
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そこまで思い出すと、ラフィナは持っていた紅茶のカップを机のソーサーに戻した。
……冷静に考えると、誑かしてくる男の常套句のようなことを言われたなぁ。
まぁ、私はどうしても結婚したいわけじゃないから、このままでもいいんだけど。
毎日歌えて大好きな人と一緒にいられるから、これ以上何も望まないのに。
クライヴにとっては……というか貴族にとっては、大切なことなのかな?
愛人とか何人も囲うイメージあるから、私もそんなパターンかなって思ってたり……
……あれ? 結婚したら、一応私も貴族の仲間入り?
…………
出来るのかな??
その時、誰かが別邸を訪ねてきた。
「はーい」
いそいそと玄関へ向かったラフィナが扉を開けると、初めて見る長身で威圧感のある男性が立っていた。
ラフィナは目を見開いて、その瞳に男性を映した。
「ラフィナという女性は君か? 俺はカイル・ベルンハルト。リューベック家の事件について話が聞きたいのだが」
カイルが、じろりとラフィナを見た。
ベルンハルト。
由緒正しい貴族で有名だ。
その長年続く厳格な振る舞いは、王族からも信頼を買っており、王都の自衛団を取りまとめることを任されている。
いわば王都の治安を守っている家だ。
リューベック家は、この前ラフィナが歌って騒ぎを起こしてきたリチャードの所のことだった。
ラフィナは困惑した表情でカイルを見つめ、首をかしげた。
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あれからラフィナは、カイルが乗ってきた馬車に同乗し、ベルンハルト家に連れて行かれた。
取り調べ室……ではなく、ゲストを持て成すような豪華な部屋に通されて、上質なふかふかのソファにラフィナは身を沈めていた。
目の前にはカイルが座っており、机に給仕が赤ワインと軽食を並べてくれている。
ベルンハルト家に来てから、ずっとキョロキョロしていたラフィナは、カイルが喋り始めたから話を聞くことに集中した。
「……君は裏社会の歌姫ラフィナだろ? いろいろ調べさせてもらったよ。その歌声の秘密であるセイレーンの血を引くことも」
カイルがニヤリと笑うと、ワイングラスを手に取って続けた。
「リューベック家で歌ったことも、一部の人間は知っている」
ラフィナもワイングラスを手に取った。
「……歌っただけで、悪いことはしてないわ」
「分かってる。だから聞かせて欲しいんだ」
カイルが意味深に笑みを深める。
ラフィナはグラスをかたむけて、カイルが持つグラスと乾杯をした。
彼女も目を細めてニヤリと魅惑的な笑みを浮かべた。
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僕が別邸に帰るとラフィナの姿が無かった。
その代わり玄関の扉にメモが挟まっており、ベルンハルト家で預かっている旨が書かれていた。
それを見た瞬間に僕は思わず顔を歪める。
ベルンハルト家の当主が会いにくるなんて……
しかも連れて行った?
僕はそのメモを握りしめて丸めると、すぐさまベルンハルト家に向かった。
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ベルンハルト家の門をくぐると、門兵が驚いた表情を向ける。
「坊ちゃん。昨日もいらしたのに今日もですか?」
「まぁ、そんな所」
僕は昔からの顔馴染みに返事をすると、足早に屋敷へと向かって行った。
屋敷の中に入ると、たまたま近くにいたメイドが目を丸める。
「っお帰りなさいませ」
「……カイルはどこ?」
「少人数用のゲストルームです」
「そう。ありがとう」
僕は教えてもらった部屋に直行した。
廊下の奥にその部屋はあり、扉が開け放たれているのが見えた。
中からは楽しそうなラフィナの笑い声。
……笑い声?
僕は不審に思いながら、その部屋に入った。
そして中の人物に声をかける。
「何してるの? カイル兄さん」
僕は4歳年上の兄であるカイルを見た。
彼はワイングラスを片手に、ソファに足を組んで座っていた。
人には悪どいものにしか見えない笑顔を浮かべ、楽しそうにしている様子から、少し酔っているようだった。
向かいには赤ワインを飲んで出来上がっているラフィナがいた。
僕を見て、カイルとラフィナが口々に喋る。
「何って……クライヴに仇なす奴らを」
「叩きのめそうの会だよ。フフッ」
「??」
訳が分からなすぎて固まった僕をさしおいて、2人はそれまでしていた会話を続けた。
「それで、ジェラール家については何か知っているか? そこの味音痴の三男は、クライヴが評価した料理人に裏で難癖をつけ続けている。当主はこんな奴だ」
そう言ったカイルが、手元にある紙にサラサラっと似顔絵を描いた。
「プッ。カイルさんの絵は独特ですよね。けど何故か誰か分かるー! あははー!」
ラフィナがその絵を見て大笑いした。
一通り笑うと、少し真面目な顔をして喋る。
「この人は……非合法な薬品を横流ししていますよ。大きな商会の人とやり取りしていました」
「なるほど」
そして2人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「え? 本当にどういうこと??」
僕はいつの間にか仲良くなっているカイルとラフィナを交互に見つめた。