【番外編12】 発熱
寝室のベッドに横たわる僕を、立っているラフィナが見下ろしていた。
彼女の後ろから差し込む日差しを眩しく感じ、窓の外に目を向けると晴天が広がっていた。
僕は顔を赤くして、熱い息を吐きながらラフィナを見た。
彼女は泣きそうな表情を浮かべ、さっきから僕をジッと見ている。
安心させるためにフッと笑ってみるけれど、体がだるくて上手く笑えない。
そしてそのまま目を閉じた。
「……ただの風邪ですね」
ベッドの横の椅子に座り、僕を診察していた医者が一声発した。
それにラフィナが食いつく。
「そうなんですか? こんなに苦しそうなのに!?」
「大丈夫。じきによくなるでしょう。水分をよく取って、安静にしといて下さい」
「…………」
大人しくなったラフィナは、それから少しだけ医者と話すと、帰る医者を見送りにいった。
それが終わると、慌てて僕の元へと帰ってきた。
ラフィナがすぐ近くで僕を覗き込んでいるのを感じて、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
彼女はさっきまで医者が使っていた椅子に座り、僕に顔を近付けて見つめていた。
…………
ラフィナは熱を出したことが無いらしい。
これまで身近な人が熱を出しても、部屋にこもって療養するため、近くで見たことも無かった。
だから熱で倒れた僕を見て、この世の終わりかのように取り乱していた。
たまたま本邸からメイドが来る日だったから、彼女に医者を手配してもらえて良かった。
目を逸らすと僕の容態が悪化するとでも思っているのか、ラフィナがジーッと僕を見つめたまま喋りかけてきた。
「水分をよく取ってだって。私の血、飲む?」
「……そのあと、安静でいられない……」
「そっか。たしかに」
「……シンプルにお水くれない?」
「あ、うん」
ラフィナが水飲み用のガラス容器を急いで手に取った。
そんな感じで、慌てふためくラフィナが一生懸命看病をしてくれた。
けれど無常にも、夜になるにつれて熱が更に上がってしまった。
高熱にうなされて夢うつつの中、ふと意識が浮上すると、ベッドの横の椅子に座って本を読みながら泣いているラフィナを見つけた。
その本は、ラフィナの噛み傷を治すためにいつか買った、回復魔法についての本だった。
ラフィナがそれを閉じて横に置くと、彼女を見つめていた僕に気付く。
「……回復魔法は風邪には使えないんだね。ごめんね。何か回復させることが、セイレーンの力であった気がするんだけど……思い出せないの」
ラフィナが涙ながらに訴えた。
そして顔を近付けて僕の頬にキスをした。
「……クライヴ、死なないよね?」
ラフィナの瞳から涙がポロポロこぼれ落ちる。
「……私を1人にしないでね」
「…………」
僕は返事をする代わりに、彼女の頭の後ろに手を添えてグイッと引き寄せた。
瞳の横の涙にキスをする。
「これぐらいで死なないから……泣かないで」
ラフィナの綺麗なエメラルドの瞳が潤んで、キラキラ光っている宝石のように見えた。
その時、不思議なことが起こった。
さっきまであった倦怠感が嘘のようになくなり、体がスッと軽くなった。
僕はラフィナの体を手繰り寄せてから抱き上げ、僕の隣奥に転がした。
「きゃあ」
「涙だ! セイレーンの涙。しかも、これはこれで美味しい」
「え!?」
驚くラフィナに覆い被さり、さっきとは反対側の目尻にキスをする。
困惑した彼女が思わず目をつぶった。
その様子が可愛くて、僕はラフィナの前髪をかきあげるように撫でて、おでこにもキスをした。
「うん。ラフィナの涙、美味しい」
僕がニコニコ笑いながら彼女に伝えると、ラフィナは目を開けた。
「……この美食家、恐いんだけど! 何でも食べようとしないで!」
「でもそのおかげで元気になったよ。もう大丈夫……確かめる?」
「いや、ちょ……今日は安静に!」
キスしようとしたら、怒ったラフィナが重ねた両手を僕の口に当てて押し返した。
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翌朝、すっかり元気になった僕はラフィナより先に目を覚ました。
彼女は僕の隣で丸まって眠っている。
僕はラフィナを起こさないようにベッドを抜け出した。
ベタつく汗を洗い流し、朝の支度を終えて寝室に戻っても、ラフィナは眠っていた。
初めての看病で疲れたのかな?
眠っているラフィナに近付きキスをする。
それでも起きない彼女にいたずら心が疼いて、僕も添い寝をしてラフィナの服を解きだした。
彼女の首筋に唇を添わすと、くぐもったため息のような声がもれた。
ハッと目を覚ましたラフィナが飛び起きようとしたけど、僕の体でそれが出来ないことに気付く。
「え? 何??」
「昨日の続き」
「??」
まだ寝ぼけているラフィナを、僕は優しく抱きしめた。
ーーーーーー
「……すっかり元気になって良かったね」
僕の隣でぐったり寝そべっているラフィナが、嫌味なのか素直な気持ちなのか、分からないニュアンスのことを言った。
彼女は横向きになっており、仰向けで横たわっている僕の横顔をジッと見ていた。
「ラフィナの看病のおかげだよ。ありがとう」
僕は無難にお礼を言った。
「……なんだか体が重いの。頭の中も酔った時みたい……」
ラフィナにそう言われて、改めて彼女の様子をうかがった。
顔の赤みが引いておらず、目も何処となく虚になっている。
慌ててラフィナのおでこに手を当てると、熱くなっていた。
「あ、熱が出てる」
「…………」
ラフィナがジトッと僕を見た。
…………
ラフィナがなかなか起きなかったのは、体調が悪かったからだったんだ。
「僕の風邪がうつったかな?」
「…………」
「熱があるのに、してごめんって」
「……体が熱いって訴えてたのに」
「盛り上がってるんだと思って」
「…………」
「セイレーンの血を引くから、体は丈夫な方ってラフィナが言うから……」
「……確かに言ったよ……これが熱かぁ……だるい……」
「涙出せる? 自分には効かないのかな?」
「ある意味、泣きそう……」
それから、僕はラフィナの風邪が治るまで、手厚く看病をした。
けれど彼女の機嫌は、なかなか治ってくれなかった。