第七十一話◇森岡海
私たちはその車に一時目を奪われていたが、私は思い出して月島くんのほうを見た。月島くんはまだワゴン車のほうを見ており、そちらを指差した。
「あ! 白いワンピースの女! なんかすごいスピードで走ってる!」
「ごまかさないで! そんな妖怪じみた話なんかして!」
「いやホントだよ! 車と同じような速度で……」
ん? その白ワンピの女、私も見たような……。あの時はハイヤーの後ろを。でもあれは目の錯覚で、一條先輩も似たような格好をしてらっしゃった。いや、そのお姿はかわいらしかったけど。
「ともかく、彩花とお兄さんを探そう。海くん、お兄さんの携帯は?」
「ああ、そうね」
私は兄の携帯に電話した。それはすぐそばから鳴り出した。兄の好きなアニメのテーマソング。恥ずかしいからすぐに出て欲しいと思ったが、それは鳴り続けている。その音は、先ほどのワゴン車のスライドドアの閉まる音が聞こえた場所だった。
私と月島くんが、急いでそこに行くと、兄のスマホは花が植えられているプランターの上に落ちていた。私はそれを拾い上げる。
その近くには、この近所にお住まいであろう高齢のお婆さんがプルプル震えながらこちらを見ていた。
「男の子と女の子が、車に無理やり乗せられてねぇ、連れられて行っちゃったんだよ」
「え!?」
私と月島くんは顔を見合せる。そしてお婆さんのほうに駆け寄った。
「お婆さん、詳しい話を!」
「車のナンバーは見ましたか!?」
するとお婆さんは驚いたような顔をした。
「あれまぁ、シゲトシとハナ坊でねぇかや。大きくなってなー」
んー、いかんせん痴呆ぎみ? お婆さんに今の車の話を聞こうとしたが、ちぐはぐな回答ばかりだったが、最終的には兄とさやちゃんは連れ去られてしまったようだ。
それって、誘拐? さやちゃんがかわいいからって? なにやってんだ兄は。
「まさか、彩花が『おにいたん』と言っていたから、俺と勘違いして……?」
いやいや、うぬぼれんなつっーの。あ、そーいやコイツは今は日本有数の御曹司だった。
はっ! そうか、身代金目的で!
「そ、そうだわ。ウソ! こんな白昼堂々? お兄ィは、お兄ィは大丈夫なの!?」
「大丈夫。大丈夫だよ、海くん。落ち着いて──」
私は月島くんの胸に顔を埋めて泣いてしまっていた。月島くんはそんな私を優しく抱き締めていた。
そのうちにスマホを取り出して電話しようとした。
「ちょっと! 警察は止めて!」
「ど、どうして?」
「犯人が逆上するかもしれない。そしたら二人とも殺されるかも……」
「そ、そうか」
すると月島くんは、別のところに電話するようだった。
「もしもし? 父さん? 大変なんだ。どうやら、彩花と俺の──友人のお兄さんが誘拐されたみたいだ」
どうやらお父さんのようだ。そして話を聞いていると、月島くんのお父さんは、本日は月島くんのマンションにサプライズで来ているらしい。
確かに私たちは無力だ。それに比べて月島くんのお父さんは日本有数の大金持ちだし、いろんなところに顔が利く名士だし頼りになるはず。
私たちは急いでマンションへと向かった。
月島くんのお父さんは心配そうな顔で待っていてくれた。私たちから事情を聞くとパソコンを取り出し、走り去った車の特徴で車種やその年代で、現在の台数まで割り出し、購入者や購入会社を調べ、不審な車を絞り出した。
「こんなことになるなら、彩花にもGPS付きの携帯を持たせておくべきだった。幼少と思い手を抜いた」
月島くんのお父さんは悔しそうに呟きながらサーチを続けていたが、そのスピードは早い。このかたの能力は只者じゃなかった。すごい。
やがてタンっと音を立ててリターンキーを押すと顔を上げる。
「見つけたぞ。なかなか迂闊な犯人だ。現在、我がグループ会社のツキシマレンタカーから黒いワゴン車が借りられている。それにはGPSが付いていて、調べたところ、ある一台が確かにこの町の商店街から移動し、隣町にある山中の別荘地に停車中だ。状況からソイツに違いない! すぐに警察に連絡しよう。特殊部隊を出してもらうんだ。なに、これならすぐに秘密裏に行動して貰える。彼らは優秀だ。万が一にも失敗はないよ」
すごい! 私と月島くんは手を叩いて喜んだ。
しかしその時、月島くんのお父さんのスマホが外部からの着信を知らせる。どうやら秘書のかたのようで、私たちに静かにするように指で指示をした。
「私だが?」
『金田です。専務。外部から本社に着信があり、専務のご令息とご令嬢を誘拐したという内容なのですが──』
「そうか。繋げてくれ」
『かしこまりました。くれぐれも犯人を刺激しないよう』
「ああ、分かった」
私たちは緊張した。本当に誘拐なのだ。その現場には兄とさやちゃんがいる。いくら月島くんのお父さんが優秀だからと言っても、恐ろしくて息がつまりそうだった。
月島くんのお父さんのスマホから、凶悪そうな声が漏れ聞こえる。
『出るのが遅ェぞ! さんざんたらい回しにしやがって!』
「すまん。そちらの用件を聞こう」
まだ月島くんのお父さんは警察には連絡していない。まずは様子を見るらしい。
『フェッフェッフェッ! お前のバカ息子と娘はこちらで預かってる』
「誘拐か?」
『そうだ。飲み込みが早いなァ。返して欲しかったら、一人につき十億貰いたい。合わせて二十億だ。コイツらはそれだけの価値はあるだろ?』
「くっ。分かった。すぐに用意しよう」
『フェッフェッフェッ。聞き分けがいいな。また後程電話する。警察に連絡したら、二人の命は無いものと思え』
「二人は無事か? 声を聞かせて貰うことは?」
『無事だ。こちらも顔を見られるわけにいかないのでね。今は薬で眠って貰っている。声は聞かせられない』
「わ、分かった」
月島くんのお父さんは、演技をしている。スマホを持っている別の手で、ボイスレコーダーを立ち上げテーブルへと置き、この会話を録音しつつ、別なスマホを取り出して警察に連絡する手はずをとっていた。
しかし大丈夫なのだろうか? 万一失敗はないとしても、万に一つを引いてしまったのなら? 兄もさやちゃんも……。
いや、そんなこと考えちゃダメだ。月島くんのお父さんだからここまでこぎつけられるのだから。信じなくちゃ──。
いざ、月島くんのお父さんと犯人との会話が終わろうとしたその瞬間。
『ぎゃ!』
『ぐぇ!』
『誰だお前は! おおう!』
犯人側のスマホからバタバタと人が倒れる音が聞こえる。私たちはなにが起こっているか分からず、気が気ではなかったが、そのうちに向こうから声がした。
『あのー。あたしゃ通りすがりのものなんですけどねぇ~。怪しいモンじゃありませんよォ』
な、なんか鼻を摘まんで声を出してるみたい。お婆さんの話し方だけど、声は若いみたいだ。
『悪者は退治しましたから、警察に連絡してくださいねェ。ここは○○町の□□山中にある別荘です。外に縛った悪者を置いておきますんですぐに分かりますよォ』
え? え? 犯人を退治した? 意味が分からない。通りすがりの老婆とおぼしき女性が、一人で犯人たちを?
私たちはお礼を言おうとしたが、向こうからブツリと連絡は遮断された。
半信半疑のまま、月島くんのお父さんは警察へと連絡すると、果たして数時間後に兄とさやちゃんに病院で面会することが出来た。
兄とさやちゃんは、一応精密検査を受けたが、連れ去られる前に眠り薬を嗅がされたらしく、恐怖もなく眠りこけていて未だにボンヤリしていて状況はよく分かっていなかった。
しかし徐々に回復し、家に帰れることになったので両親が迎えに来てくれたので、月島家の皆さんにはお礼と暇乞いをして帰途についた。
その道中、兄がポツリと言う。
「なんか、うっすらと白い女神のような人が来てくれたような気がする。まあ意識がハッキリしてないから夢かもしれないけど……」
へー……。白い女神か。今日は『白』のキーワードが多かった気がする。ひょっとしたら兄の守護霊がそんな人で守ってくれたのかも? と、中学生らしい目に見えないものに助けられたという答えで納得することにした。




