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嘘告だと思い込んでたら本告でした  作者: 家紋 武範
第三章 森岡海とシンデレラボーイ
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第七十話◇森岡海

 私は兄とさやちゃんの背中を微笑ましく見ていた。二人とも楽しそう。時折、肩車なんかしちゃったりして、さやちゃんは肩の上で楽しすぎてぐにゃぐにゃになってしまっていたけど。


「あの、さ──」


 私の隣には日本有数の大金持ちお坊ちゃま月島宙が顔を赤くしながら小さく呟いていた。


「なーに? ソラ」

「このモールの株主優待ラウンジがあるんだ。彩花はお兄さんに任せて、そこに行かない?」


 早速だ。早速来やがったぞコイツ。私を会員制の秘密空間に連れて行き、なんですか、そのぉー、中学生にあるまじき……、チ、チ、チ、チウなどするつもりなのでは!?

 このガキ、赤貧(せきひん)だった頃はまだ良かった。さやちゃんを守る気概があったもの。それが金だ、マンションだ、株主だと増上慢したら、すぐに女の唇を欲しがるとは、弩級(ドきゅう)のエロ野郎確定だ!


「何言ってんの、このスケベ!」

「ええええ!?」


「アンタ、個室に連れ込んで、私にキスしようとしてるのはお見通しなんですからね!」

「ええええ!? き、き、き、キス!?」


「金持ちになった途端これだ! 札束で私の顔叩いて『オラ、これで自ら俺様の唇にキスしてきやがれ』とか言うつもりなんでしょう! その手には乗りませんから!」

「い、いいや、そんな、まさか! ラウンジは個室じゃないし、尊敬するキミと側にいたいだけだよ」


「どーだか」

「いや、ホントに」


「じゃあ私とキスしないわけね?」

「ん?」


「しないのね!?」

「そ、それは──」


「ハッキリしてちょうだい。するの? しないの?」

「それは……」


「どうやらマヌケは見つかったみたいね」


 月島くんは汗ダラダラで、それをハンカチで拭いていた。この男に油断してはいけないことが、今ハッキリと分かった。

 私は腕を前で組んで、小さくなる月島くんを睨んでいると、さやちゃんを連れた兄がこちらに寄ってきた。


「ゴメン、ちょっとトイレ。さやちゃんを頼む」


 そう言ってさやちゃんの手をこちらに渡して、そそくさとトイレのほうに行ってしまった。だから行く前にあんなに麦茶を飲むなと言っていたのに。男ってアホばっかり。

 さやちゃんも月島くんの手を引いて、喉が渇いたと訴えていた。


「じゃあ、お兄さんが帰ってきたらカフェにでも行こうかぁ」

「そうね、それもいいかも」


「じゃ、ちょっと席をリザーブしてくる」


 そう言ってスマホを出し、さやちゃんを連れて大きな柱のほうに。つかリザーブってお前、マジどんだけ。


「あ、あら、森岡くんの妹さん、偶然ね」


 聞き覚えのある声に振り返ると、総毛立った。そこにはつばの広い白い帽子と、白いワンピース姿の一條先輩がいたのだ。

 それはまさにハイヤーを追い掛けていた白い女の姿そのもの。

 しかし、頭の中で否定した。こんな美しく可愛らしい人を、あんな妖怪変化と一緒にするなんて。


 きっと、あの白い女は目の錯覚で、ちょうど曲がり角で一條先輩が映ったものの、半狂乱で駆けているなどとおかしな妄想とすり替えたのだ。

 あの時の私は月島くんの密着攻撃とがで精神が安定していたかと言えば、そうではなかった。

 それであれば説明がつく。私は一條先輩の顔を見つめて笑顔になった。


「はい先輩。偶然ですね。先輩もお買い物ですか?」

「お買い物──? ああ、ここはショッピングモールですもんね。そ、そうお買い物よ」


「へー、何を買いに?」

「それは……、まあそれはいいじゃない。森岡くんと、あのかわいらしい女性は?」


「かわいらしい? さやちゃんのことですか?」

「そう。さやちゃんさんのこと……」


「いえ、さんは不要ですよ。ちゃんは愛称ですし」

「そうよね。そのー、なんかハイヤーとか乗ってたし、どういうかたなのかしら?」


「いやぁ、私の友人の月島くんの妹さんですよ。月島くんは、あの自動車のTSUKISHIMAの御曹司なのでお金持ちなのです」


 すると一條さんはそこに膝から崩れ落ちてしまった。


「あの先輩、どうしました?」

「──かなわない。かなわないわ。かわいい上に若さもあって、お金も持っているなんて……」


 そう言って、力なく立ち上がると、買い物客の雑踏の中に消えて行ってしまった。一体どうしたのかしら?

 すると、月島くんとさやちゃんも兄も戻ってきた。さやちゃんは速攻で兄の足にしがみつく。そこで月島くんが言う。


「モールの近くにある商店街に、雰囲気のいいカフェがあるらしい。そこの席を取ったから、みんなで行こう」


 それに兄もさやちゃんも賛成した。みんなでショッピングモールを出て、商店街のカフェまで行く。

 さやちゃんは兄と先頭を楽しそうにはしゃぎながら『おにいたん、おにいたん!』と呼びながら進み、私はそれを笑顔で見守りながら月島くんと肩を並べて歩いた。


 カフェはお洒落で雰囲気のいいところだった。なにやらお子さまセットもあり、さやちゃんがミルクを頼むと選べるおもちゃが出てきた。感心、感心。月島くんはちゃんとそういう場所を選んでいたのね。

 お会計は月島くんが是非にというのを遠慮したが、最後は私も兄も根負けしてお願いすることにした。


 兄はさやちゃんに手を引かれて外に出て、私は月島くんをそこで待っていた。

 月島くんがカードで支払いしたのを確認して頭を下げる。


「ごちそうさまです」

「いやいや! 俺と彩花が受けた恩に比べたらこれくらい、何でもないよ」


「いえいえ、今度はごちそうさせてください」

「ホント!? じゃ~、温かいオムライスがいいなぁ~」


「はあ? アンタのマンションに行って?」

「いやぁ、まあ、それは、うん。そう」


「ふーん。まあいいけど。さやちゃんがいる時ね。二人っきりになったら、アンタの劣情を満たす道具にされそうだし」

「れ、劣情って……。まさか、そんなことしないよ」


「どうだか。アンタは信用ならん」


 そう言いながらカフェのドアを開けて外に出た。そこには兄とさやちゃんの姿はキレイさっぱりなかった。辺りを見回したが、やはりいない。


「かくれんぼかなぁ」

「いやぁ、お兄さん、気を遣ってくださったのかも」


 私は月島くんをキッと睨んだ。


「なんの?」

「え、そのー、俺と海くんの……」


「まーたそれだ。あーたはすぐに二人っきりになりたがって、私の口を吸うのが目的なんでしょ!? 勘弁してよね!」

「いや、ほら、そこはデートでもあるわけだし」


「なにがデートよ。ハッキリさせましょ。アンタは身近にいる私を欲情の相手にしたいだけなのよね?」

「そんなまさか! 俺はキミを尊敬しているし、そんなこと考えてなんて……」


「口でならなんとでも言えるわよね」

「そんなことない。俺は、俺は、海くん、キミのことを──」


 その時だった。人影のない路地裏から大型ワゴン車のスライドドアの閉まる音。そして、その車の走り出す排気音がした。

 その車の音は、商店街の一角を回り、商店街入口に一瞬だけ姿を表し走り去った。

 それは黒塗りのワゴン車で窓にも黒いフィルムが貼られており、中が見えない状態。怪しげな車だったのだ。

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[一言] じょ、承太郎?
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