第七話
なんとか一條さんの猛攻に耐えきれた。それと言うのも、御堂がせかせかとカフェから出ようと言ってきたからだ。ふー、危ない、危ない。また命長らえた。
カフェの勘定は割り勘し、俺たちは御堂に自分たちの金を渡して外に出た。
御堂は払い終えた後に店を出て、俺たちの前に立って大きく伸びをする。
「はぁーあ、じゃ次はショッピングモールでも行くかぁ?」
そ、そのほうがいいかもしれない。さすがの一條さんとはいえ、人の多く集まるショッピングモールまで、その毒牙を伸ばしはすまい。
俺が賛成すると、一條さんは俺が行きたいならどこでもいいと言って、また腕にすがりついてきた。
「こ、こら、やめなさい」
「えー、だって、ここは瑠菜のなんだよ~」
「い、いや、俺のでしょ。俺の腕!」
「ええん! 空くんの意地悪! じゃ、ちょうだい、ちょうだい!」
「──もう、しょうがないなぁ、じゃあ瑠菜に上げる」
「えへへ、やったぁ~」
あ、危ない! 立ちくらみが。この一條瑠菜という女はどこまで俺を惑わせるつもりだ? もう充分だろう? もう俺は武装を解いて完全降伏の姿勢を取っているのにも関わらず……。
一方的な上陸に、無抵抗な住民まで蹂躙……ッ!! 圧倒的な勝利のため! この森岡空を根絶やしにするつもりなのだ……。
うう、一條さんを引きずりながら、ようやく、ショッピングモールへ到着。もはや一週間分の体力を使い果たした。
心なしか、御堂の隣に並ぶ加川さんが御堂から距離を取って歩いているように見えるが気のせいか?
そう思うと、加川さんは一條さんの横に来て、腕を引いた。
「瑠菜、買い物付き合って!」
「えええ、やだぁ。今日はずっと空きゅんの隣がいいのぉ」
「四の五の言わないでさっさとくるの!」
「ああん、空きゅーん! 助けてぇー!」
た、助かった。ホッと一息。彼女たちは、女性の下着売場に入っていった。はぁ、あそこは神々がおわす禁足地だ。俺たち男の不可侵の場所。よかった。
そう思っていると、横に御堂が並んで、怖い顔で睨み付けていた。
「う、な、なに?」
「お前ら仲いいよなぁ~、もうやった?」
「い、いや。付き合ってまだ一週間だし……」
「へー、今まで何人とやったの? 俺は十三人」
な、なんて現実的な数字でマウントを! つか高二で十三人? 早くね? それ付き合った人の数なら、逆に性格に難ありってことじゃねーのかな。顔はいいけど……。
「中二の頃からだから。一夜限りも数人いるしよ。セフレもいるぜ。お前はどうなん?」
「い、いや、まだ……」
「やっぱり。あのな、お前みたいなの一條ちゃんが好きになるわけねーだろが! 一條ちゃんも世間知らずだよな~。それお前が分からせてやれよ。もう帰れ、お前。後は俺に任せとけ。一條ちゃん慰めてやっから」
「あの……、えと……、加川さんは?」
「あんなの、もう別れるだろ。いちいちうるせぇしよぉ。顔がいいから付き合っただけ。もうヤったしいらねーわ。そこいくと一條ちゃん、可愛いよなぁ」
ん、ん? これはどういうことだ? この三人は嘘告の運命共同体じゃないんか?
い、いや違う! これは一條さん、すでに俺をもて余したのだ!
だからこその強制終了! コントロール・オルト・デリート! それで女子二人は買い物に行く体で離れ、御堂が俺に帰宅を促す……。そしてさらに寝取られダメージでオーバーキル。それは図に当たっている。
加川さんだけじゃない。御堂の十三人の中にはすでに一條さんも御堂に貫かれているのかもしれない。
考えてみれば、優しい一條さんが、残酷な嘘告なんて思い付かないかもしれない。全てはこの御堂が主体となってハーレムメンバーに森岡を騙すぞと告げられたゲームの一環なのかも……。
だから終わり。御堂は面倒になったから、終了を告げてきたのだ。
そっか、終わりか。なんか少し寂しいけど納得いく。
無料体験版はここまで。あとは有料コンテンツをダウンロードください。か、ちょうど一週間だったしな。
俺は御堂に手を上げる。
「んじゃ、また……」
「お、マジで帰んのか。じゃーな」
俺は背中を向け、数歩進んだところで背中に衝撃! 大ダメージだ!
「ぐあ!!」
え? 空からロードローラーでも降ってきた? 見ると一條さんにタックルされて、俺は床に倒れこんでいた。
「にゃあにゃあにゃあ、どこいくのぉ~? 瑠菜もぉ~、瑠菜も一緒に行くぅ」
「もうバカ! いい加減にしてよね!」
後ろでは加川さんが怒っている。俺はショッピングモールの床に倒れたまま。一條さんは、加川さんに引き剥がされていた。
「もう、つまんない、つまんなーい。せっかくのデートなのに、空きゅんと一緒にいれないなんて、つまんなーい」
「あたしの話、聞いてた? 空くん、空くんって!」
「美羽ちゃんのお話? なんだっけ?」
「はぁ……。もういいや。もういいです、ハイ」
俺はホコリを払って立ち上がると、加川さんに解放された一條さんは、またもや絡み付いてきた。もはや蛇! 俺はこの大蛇に窒息するまで巻き付かれる。そして飲み込まれ、溶かされ、用済みと排泄される……。い、い、い、一條さんめ、その手に乗るもんか!
一條さんに絡まれたまま、ショッピングモールの中を歩き出す。一條さんは嬉々とした表情で、店舗を指差して行く。
「ね、ね。空くん、ここのパン屋さん、明太子ちくわロールがめっちゃおいしいんだよ」
「へー、ちくわ?」
「そうそう、でね~、この店で服買ったの」
「今日着てるヤツ?」
「んーん。別なの」
「なんじゃそりゃ」
「あ! あの赤ちゃんかわいい!」
「ホントだ」
「あ。木!」
「観葉植物な」
「あ、あとね~、あ、あれは見ちゃダメ!」
首をグキリと曲げられた。そこには水着コーナー。別に良くね?
そんな、俺たちの隣に加川さんが並ぶ。
「ごめんね、空くん、うちの子が」
「はぁ……、大丈夫で……」
「なんか、ずっと楽しみだったみたいで、今週あんまり寝てないんじゃない?」
「マジか……」
ど、どういうことだ? 現在、嘘告イベント真っ最中だよな? そんな一條さんが何を楽しみに……?
それはきっと、一條さんに遠大な計画があるのだろう。分からない。俺には……。
棋士であれば数手先を読むことが出きるかもしれない。しかし、俺には一條さんの一手先すら読めないのだ。
この巨大なお釈迦様の手のひらで飛び続ける孫悟空のように、彼女は笑いながら見下ろしてやがる! 十万八千里の手のひらの檻。俺はそこから逃れることが出来ない……!
ショッピングモールから出たものの、今度はどこに行くか決まってない。一條さんは俺の腕に絡み付いたまま、顔を腕に頬擦りしている。かわええ。
いや、いかん! 見るな! 見ちゃダメだ。今日の猛攻を覆そうとしても、彼女に対して征服のキスをすることは出来ない。ならば、無心! 心を無にすることだ。
「そんで? 次はどこ行く?」
加川さんの質問。いや、別にショッピングモールで良かったんじゃない? 昼も食べてないし。
そ、そうか、この腕の悪魔の策謀か! 適当に歩き散らして、俺の体力を削らし、学校を休ませるつもり!? さ、さすがだ、一條さん。確かに俺の腕には慢性的な負荷を付け、自身はオート行動で歩いてるだけ。一方的に疲れるのは俺だけなのだ。そこに、たくさんの場所に出入りさせれば……。蓄積される。ストレスも、疲労も。
硯滴岩をも穿つ。滴り落ちる水の力は微力と雖も、やがて岩すら貫通してしまう。
そうであれば説明が付く!
一條瑠菜! やはり侮りがたし!




