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嘘告だと思い込んでたら本告でした  作者: 家紋 武範
第三章 森岡海とシンデレラボーイ
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第六十六話◇森岡海

 それからしばらく、村田くんとは会わない日が続いた。あのアパートも引き払い、どうやらお父さんに引き取られたのだろうと想像したが、それにしても一言くらいあってもいいだろうと、やはり村田宙はいけすかないヤツだと思っていた。


 それにも関わらず休み時間になると由真は、取り巻きとともに私を囲み『あんたには貧乏な村田がお似合いだ』的なことをいじめにならないよう遠回しに言っていたが、それだと何がなんだか分からず面白いなあと思っていたが、その日は思わず吹き出してしまった。

 すると由真は怒ったのか、私の机を音を立てて叩いたので教室はシンっと静寂になった。


「やめろ!」


 その声は聞き覚えのある声だった。気付くと村田くんが私の机の前に立ち、由真を睨み据えていた。


「大勢で海くんを囲むなんて卑怯じゃないか! 君たちは誰だ!」


 由真の取り巻きたちは怯んだが、由真は顔を真っ赤にして村田くんを睨んだ。


「フン。なんだ、村田じゃない。森岡さんのナイト気取りでなんだって言うの? 私は北大路よ。北大路。聞いたことあるでしょ。北大路産業の社長の娘。あんたみたいな貧乏人が口も聞けないような大金持ちよ。今度からは近付くことも許さないわよ。みんな、行くわよ!」


 そう言って鼻をフンとならして行ってしまった。村田くんはそんな由真の圧力などどこ吹く風とばかり、私に優しい視線を落としてきた。


「やあ海くん。久しぶりだね。ようやく学校に来れたよ。これからは毎日会えるね」


 見ると、制服の下には高級そうなワイシャツが覗いているし、髪にも潤いがあるし、ピッチリと格好よく決められている。

 それにしても、お父さんに引き取られて別な学校に転校したわけじゃなかったんだなぁと思った。


「あれからどうしてたわけ? アパートも引き払ってたし。お父さんはこっちに住んでる人だったの?」


 と言うと、村田くんは照れたように頬をかきながら答えた。


「いやぁ、父は他県に会社があるのでそちらで暮らしているよ。ついこの間までは一緒にいたけどね。俺と彩花はこっちでマンション借りて暮らすことにしたんだ」

「はあ? 何もお父さんのところでよくない? それよりさやちゃん元気なの?」


「うん。元気だよ。父のお陰で保育園に通ってるよ。お友達も出来たみたいだ」

「保育園……? それをソラがお見送りして、お迎えに行ってるわけ?」


「いやいや、父が家政婦を三人つけてくれてね、不自由のない生活を送っているよ」

「えー!? 家政婦さん? あなたのお父さんって相当な……」


 お金持ちなのね。そう言おうとしたが、丁度先生が入ってきたので全員が席に着いた。

 ホームルームが始まったが、そこで先生は村田くんを呼んだが、村田とは呼ばなかった。


「月島。前に出なさい」

「はい」


 姓が変わった。村田くん改め、月島宙は、ニコニコしながら前に出て自己紹介をした。


「今までは家庭の事情もあり、全然学校に来れませんでした。しかし、これからは毎日皆さんと顔を合わせられる環境になりました。姓も村田から月島に変わりましたが、気にせず名前のほうの『ソラ』と呼んで仲良くしてください」


 と、太陽のような笑顔をみんなに向けた。男子は歓迎の声を上げ、女子は黄色い声を上げた。その中でもお調子者の男子が言う。


「月島って、自動車の『TSUKISHIMA』と一緒だな。まさかそのTSUKISHIMAとは関係ねーよな」


 それは冗談だった。まさか我が国はおろか、全世界でも自動車生産一位を誇るTSUKISHIMA自動車と関係があるわけない。私もみんなと一緒に笑っていたが、月島くんはそれに返す。


「実はそうなんだ。父はグループの重役だし、お祖父さんは社長で、ひいお祖父さん会長なんだ。まあそんなことはさておいて、普通通りに接してください」


 と来たもんだ。みんなざわざわしていたのが一気に固まった。そんな中、月島くんは私に向けて手を振る。


「特に森岡海くん、今まで通り仲良くしてください」


 私は何が仲良くだ、そんなこと言われたらまた噂が変に広がるじゃないかと思いながら苦笑いして手を振った。




 休み時間になると、月島くんの机にワッと人が押し寄せたが、彼はそれを押し退けて私の机に早々とやって来た。


「海くん、学校のことよく知らないんだ。案内してくれよ」


 学級委員だったことがこれほど悔やまれたことはない。私は嫌々ながらに立ち上がった。


「はいはい。大金持ちのお坊っちゃん、着いてきなよ」


 イヤミを言ってやったつもりだったが、彼はニコニコ笑顔で私の横に並んだのでため息をつきながら辺りを指差した。


「はいはい、ここが階段ね。横にあるのは手すり、あっこが踊り場」

「へー、分かった」


「で、左側にある白いのが壁ね、右側の白いのも壁」

「そーかー」


 なんなのこのボケ殺し。なにが面白いのかニコニコ笑いやがってさぁ。


「家政婦さん、さやちゃんに優しくしてくれてる?」

「そりゃそうだよ。何かしたら、俺に怒られるもの」


「こーわ。想像できるわ。アンタっていつもカリカリしてるもんね。今度はお父さんの威光を着てるって訳ね。お父さん、TSUKISHIMAの後継者なんでしょ? その側に行かなくていいわけ?」

「ああ、実は父は俺と一緒に暮らすことを強硬に押し進めようとしてたんだ」


「でしょうね」

「でも俺は彩花と一緒じゃなきゃダメだし、中学も地域も変えるつもりはないと突っぱねたんだ」


「へー……。さやちゃんと一緒?」

「そうさ。彩花は父の子じゃない。だから施設に入れると言ってきてね。だけど俺は彩花とはたった二人の兄弟だからそんなことするなら俺も施設に行くと聞かなかったんだ。父は折れて彩花を養女にして籍に入れてくれたよ」


 私はそう熱弁する月島くんの身を肘でつついた。


「やるやん」

「へへ……」


「お金持ちになっても、その精神は忘れないでよね」

「うん、ありがとう。それにこの地には海くんがいるもの。海くん、今までの俺は貧乏だったし、将来が見えなかった。だから大切な気持ちは言ってなかった。でも、今なら言えるよ。父の威光と言われてもキミに対する気持ちは──」


 私はそこで足を止めた。前には由真が取り巻きを連れて壁のように立っていたからだ。その由真から守るように、彼は私の前に立った。

 しかし由真は表情を崩して、今までにない女の子の顔をして月島くんへと話しかけてきた。


「月島くん。あなた、TSUKISHIMA自動車の御曹司なのね」

「は、はあ? なんだ、キミから近付くなと言っておきながら、自分から話し掛けてくるなんて」


「あは。あんなの忘れてよ。同じレベルのもの同士仲良くしましょ。そちらの会社へウチからもゴム製品やバネ、ネジなんか納品されてるハズよ」

「そんなもの知らん。俺は父の仕事にはノータッチだ」


「エヘヘ。バカねぇ。じゃ私が教えてあげるわよ」


 そう言って由真は私を押し退け、月島くんの腕を組んで割り込んだ。


「お、おい」

「うふ。校内の案内なら任せてよ」


 由真の割り込みには面食らったが丁度よかった。この面倒な二人が一気に消えてくれる。


「じゃあ、由真に案内してもらって~。じゃーねー」

「ちょ、ちょっと海くん!?」


 私は草々に踵を返して教室のほうへと歩みを進めた。

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