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嘘告だと思い込んでたら本告でした  作者: 家紋 武範
第三章 森岡海とシンデレラボーイ
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第六十四話◇森岡海

 さやちゃんとの村田家へのお散歩は、さやちゃんが村田くんにおぶさって眠ってしまったのでスムーズに決着した。なんでも、さやちゃんは昨晩は興奮してあまり寝ていなかったらしい。


「絵本引っ張りだして読み聞かせたり、子供の頃見たアニメのDVDとか見せたりしたら喜んでたよ」


 と兄が言うと村田くんは大変恐縮していた。


「すいません。大変でしたでしょう。彩花も楽しかったに違いありません。海くんにもお兄さんにも迷惑をお掛けしまって……。森岡家には頭が上がりません」


 それに兄は笑って返した。


「いやいや、気にしないでくれよ。困った時はお互い様だよ」


 兄の言葉に私も頷いた。まさしくその通り。村田くんから見たら一時の情けかと思うかも知れないけど、それでもいいじゃない。さやちゃんがこうして楽しく笑ってくれたんだもの。

 私たちは村田くんを部屋まで送ると、笑って手を振った。そして兄と並んで大きなあくびをする。


「はー、疲れたね」

「そうだな。俺もそんなに寝てない」


「さやちゃん、どうだった?」

「すごく楽しそうだったよ。俺のベッドに寝せたんだ。俺はもちろん床に寝たけど。その時は寝付くまで楽しそうに歌を歌ってたよ。あんな可愛い子を置き去りにする親もいるんだな。悔しいけど、確かに行政に知られたら別れ別れにされるかも知れない。俺たちにはそっと協力してやることしか出来ないな」


「そーだよね……。あ、それからさー、お兄ィとさやちゃんが遊んでるの、一條先輩が見ていたよ?」

「へー……。一條さんが? 確かにこの辺の近所だしな」


「なんか様子が変だったなァ」

「え?」


 そこまで話すと、兄は身を強張らせて震えだした。


「な、なんだろ。身体中の関節が痛いし、寒気してきた」

「えー? またまたご冗談を」


「や、ヤバイかもしんねぇ」


 兄の呼吸は落ち着かず、ガタガタと震えている……。急いで肩を支えて家へと連れ帰り、ベッドに寝せた。熱を測ると37度6分。うーん、こりゃまだ上がりそう。おそらく、さやちゃんはインフルエンザに罹患してはいたものの症状が軽かったのかも。こうしちゃいられない。


 兄が『もしもし?』とか言ってるのを置き去りにして、私は村田家へと急いだ。村田くんは、なにやら嬉しそうな顔をしていたが、断って上がり込んだ。そして寝ているさやちゃんの額へと手を当てる。

 微熱だ。少しばかり熱がある。おそらくは軽い症状のものであろう。私はフゥとため息をついた。


「どうやらさやちゃんもインフルエンザみたいね。でも症状は軽そうだから、起きたら水分多めに取らせてあげて」

「え? そ、そうなのかい?」


「なんか、兄にもうつったみい。でも心配しないで。兄なら大丈夫だから。健康な男子だし。数日学校休めば治るでしょ」

「す、すまない。君たち兄妹に迷惑をかけて……」


「まぁまぁ。私たちのことは気にしないで。その気持ちをさやちゃんに注いであげて。たった二人の兄妹でしょ?」

「うん、ああ、そうだね。キミの言う通りだ」


 私は村田家を辞去して家に帰ると、ちょうど両親も旅行から帰ってきたので、兄の面倒は二人に任せて私は部屋で寝ることにした。今日一日、色々あったな、と思いながら。




 次の日、兄の部屋のドアをノックしてその場で言う。


「それじゃ学校行ってくるから。安静にしてなよ、弱ったれ!」

「くうう、この疱瘡神(ほうそうがみ)め……。膏肓(こうこう)に入ろうとしても無駄だ。俺は負けん」


 うーん、どうやらうなされてるみたいね。やっぱりインフルエンザだったみたいだし。私はうつらなかったわ。日頃の行いね。今日は母が休んで兄の面倒を見るらしいので、私は学校へと行った。


 教室に入ると、なにやらざわついている。私は首をかしげた。

 その時、北大路由真がニヤつきながら肩をぶつけてきたので、ムカついてそちらを見ながら自分の席に座った。

 すると正面の黒板に、チョークで派手に落書きされながら写真などが貼り付けてある。なんだろうと目を凝らすと、それは明らかに私と村田くんの並んで歩く姿だった。寝ているさやちゃんを背負う村田くんの横で笑っている私の写真もある。そこにはチョークで太くこう書かれてあった。


『不純異性交遊の実態。森岡海は男の部屋で一晩過ごしました。子供までいまーす』


 私の目の前が暗くなる。余りのことに動けずにいた。そこに担任がホームルームのためにやって来て、それらを読んで目を丸くしていた。

 しかし、日直に命じて黒板を消すように言ったが、由真やその取り巻きたちはクスクスと笑っていた。


 明らかにあいつらがあの写真を──。


 確かに私は村田くんの部屋で一晩過ごした。でもそれは彼の看病のため。身寄りもない彼を気の毒に思ってとった行動を、こんな下劣な方法で私を追い落としに来るなんて。

 こんなもの、思春期の中学生にとっては欲望の好餌だ。消せない噂。先生たちも何事かと調べに来る。

 そしたら、村田くんとさやちゃんのささやかなる平穏な生活に影がさすわ。どうしたら、どうしたらいい?




 案の定、担任の先生から呼ばれてしまった。彼は好奇な目で私を見ていたが、取り敢えずは村田くんの母親が仕事で手が放せないので、たまたま遊びに来ていた私に看病を頼んだことにした。親も了承してくれたと嘘に嘘を重ねてしまった。

 この面倒臭がりの担任ならきっと調べはすまいと判断したからだ。


 職員室から出ると、友人たちが心配そうに待っていてくれた。


「海、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ?」


「あの男子は彼氏なの? 高校生くらい?」

「まさか……。身長高くて大人っぽい顔してるけど、同級生だよ。ホラ、学校来てない村田くんって子」


「村田くん? ああ、あの空席の……。でもどういう関係なの?」


 そら興味あるよね。村田くんは男前だし。一晩過ごしたとあっちゃあ。でもこの面倒から早く切り抜けたかった。村田くんに会って、面倒なことになりそうだと伝えたいのだ。

 私は適当にはぐらかして友人たちから離れようとすると、彼女たちは少し声を荒げた。


「私たちに言えないの? 北大路さんの言ってることが本当?」


 なんか……、本当に面倒臭い。私は少しだけ威圧するように無言になると、彼女たちは怯んで黙ってしまった。友達ってなんだろう。

 私はため息をつきながら部活の部長に断りを入れ、村田くんの家へと向かった。


 村田くんのことだ。きっと『なんてことをしてくれた!』なんて怒ってくるだろうけど……。

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