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嘘告だと思い込んでたら本告でした  作者: 家紋 武範
第三章 森岡海とシンデレラボーイ
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第六十二話◇森岡海

 兄は両手を振って否定していた。女児には興味がないことを。自分には好きな人がいるし、とか余計なことまで言っていたが、さやちゃんはそんなことを言う兄に嫉妬してか足をつねっていた。


 そんなことはしていられない。さやちゃんを兄に任せ、私は看病の準備をした。置き薬の熱冷ましに食べ物。前みたいに光熱費云々とは言われたくないので、買い置きされたレトルトのお粥を数点。お湯を沸かすくらい勘弁して貰おう。それから道の途中でスポーツドリンクを数本買おう。


 私は準備を整えて村田家に行くと、彼はフゥフゥ言いながら布団の中にいた。おでこに手を当てるとメチャクチャ熱い。本来なら病院一直線だが、彼がそうしないのは、やはりお金の問題だろう。この市は高校生まで医療費は無料ではあるが……。最初にお金を払う必要があり、後程戻ってくるという形のはずだ。


 それは最後の手段として、とりあえず看病しよう。彼の脇の下に冷却ジェルシートを貼り付けた。


「うう……母さん……」


 彼はうわごとを呟く。私はフゥとため息をついた。そして水をくんで熱冷ましを取り出した。


「ホラ。村田くん、起きて」

「う、き、キミは……」


「ハイハイ。何でもいいから、これ飲んじゃって」

「これは?」


「熱冷ましだよ。楽になるよ」

「くっ。施しなど受けない。それにうつるぞ。帰ってくれたまえ」


「あっそ。強がってないで、さやちゃんの為に早く治すこと考えな。借りは返せばいいんだから」

「さ、彩花は……?」


「うちで預かってるよ。感染するのが怖いんでしょ。いいから飲んで」

「うう、す、すまない」


 強情なヤツ。ようやく彼は薬を飲んだ。そしてまた布団の中に倒れ混む。やがて目を閉じると息継ぎを粗くして眠りについたが、そのうちに息継ぎも落ち着いてきた。きっと薬が効いているのだ。私は呆れたように息を吐き、続いて安堵のため息をついた。

 彼の真っ赤な顔は収まり、目蓋が動く。


「う……、彩花?」


 薄暗い部屋の中に、私の顔を見つけて彼は跳ね起きる。


「母さん!?」


 しかし私は残念なように言葉を返した。


「ごめん、私」

「き、キミか……」


「熱も引いてるから楽でしょう?」

「あ、ああ。彩花は……?」


「うちで預かってるよ。うつしたくないから外に置くなんて無茶だよ」

「う……。キミの両親が面倒を見てくれているのか? そんな負担はかけられない。それに、大人に知られたくないんだ……」


「いいえ、両親は旅行中。代わりに兄が面倒見てくれてるよ」

「お、お兄さんが?」


「安心して、兄は他にばらすようなことはしないわ」

「そ、そうか……」


「目が覚めたならなにか食べる? 家からいろいろ持ってきた」

「し、しかし、世話になるわけには……」


「まあまあ。病気のときくらい強情になりなさんな。だったら、大人になったら返しゃいいでしょ」

「だ、だが、俺には安心できる未来なんてない……」


「あっそ。別に五十とか六十くらいになったっていいでしょ。あんたなら覚えてそうだし」

「う、そ、そうか。じゃ、遠慮なく」


 私は断りを入れてレトルトのお粥を作った。そしてヨーグルトとバナナを。村田くんは遠慮がちにだが全てを平らげた。


「食べたのならもう一回寝たら? まだ解熱剤で落ち着いてるだけだろうし。熱が上がったらもう一回薬を飲むといいよ」

「ああ、でもキミはどうする?」


「大丈夫だよ。今日は面倒見てあげる。スマホとモバイルバッテリーもあるから暇はしないし」

「そ、そうか? しかし、悪い……」


「はいはい。五十歳になったら返してくれりゃいいよ。まずは寝ていい夢でも見な」


 そう言うと村田くんは、初めてかわいらしいはにかんだ笑顔を見せてくれた。


「すまん。ありがとう」


 そう言って彼は布団に倒れ目を閉じた。私は緊張を解いて微笑んだ。そしてモバイルバッテリーに繋いだスマホとにらめっこを開始した。




 気付くと朝になっていた。私はイスに寄りかかりながら寝ていたようだが、体には毛布がかけられていた。村田くんの布団を見ると姿はない。さらに回りを確認すると、彼は笑顔でキッチンのほうに立っていた。


「やあ、おはよう」

「おはよ。村田くん、熱は?」


「キミからもらった解熱剤が効いたよ。あれから12時間経ってるけど、熱が上がらない。どうやら山は過ぎたようだよ」

「へー、良かったじゃん」


「ああ、そうなんだ」


 彼は跪いて私の顔を見上げた。微笑んだまま。


「キミのおかげだよ。ありがとう」

「どういたしまして。ようやく強情の病も治ったみたいね」


「ん? ああ、そうだな」

「村田くんもさ、二人だけでバレないように静かに暮らすってもいいけどさ、それに協力者がいてもいいと思うよ? でなきゃ、さやちゃんも小さいし、可哀想だよ」


「うん……、分かってるけど、さ」

「ま、信頼できる人を見つけるなんて容易じゃないだろうけどさ。私ならいつでもいいよ。全然頼って貰っても」


「そうかい?」

「もちろん。協力するよ」


「ありがとう。えーと……」

「ん?」


「キミの……、キミの名前は?」

「はあ?」


 私は呆れた。確かにこの家に訪れたときに一度だけ自己紹介した。それを彼は覚えていないのだ。赤い顔してモジモジしてる。やはり、この男は嫌いだ。ムカつく。


「あのっねぇ、一番最初に自己紹介したけど?」

「う、うん。あの時はそんなに聞いてなくて、そのう……」


「はー、まあいいか。森岡海と申します。どうぞよろしく」

「へー……。海くん、か」


「あの~、普通は名字のほうで呼ばない? いきなり名前のほうで呼ぶ?」

「俺の名前は、さ……」


 いやいや無視かい! 赤い顔して、自分の名前言おうとしてるよ。知ってるよ村田(なにがし)でしょうに。


「村田(そら)って言うんだ。宇宙の宙でソラ」

「え? そ、ソラ?」


「うん、そう。ウミとソラで、なんか似てるね、俺たち……」


 いやいや、なんで共通点見つけようとした? どうでもいいですけど?


「いや、うちの兄も空って名前なんで」

「へー、お兄さんも? 彩花を預かってくれてる人だよね。海くんに似て優しい人なんだろうね」


 こいつ、名前呼びで通そうとしてやがる。ムカつくわ、ホント。


「それより、さやちゃんを迎えに行こう。元気になったんだし。ただし、まだ保菌してるだろうから無茶しないでよね。さやちゃんが熱出たらちゃんと面倒見てあげてよ」

「うん、もちろんだよ」


「じゃあ行こう」


 私と村田くんは外へと出た。我が家へと向かって──。

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