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嘘告だと思い込んでたら本告でした  作者: 家紋 武範
第三章 森岡海とシンデレラボーイ
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第六十一話◇森岡海

 私は薄暗くなった道を足を鳴らしながら歩く。


「なによ、なによ、なによ!」


 なにもあそこまで言わなくても良いだろうに。確かに偽善の心だ。私にはあの二人の問題を解決することなんて出来ない。それでも、あの可愛らしいさやちゃんに僅かな時間、楽しみをあげたことを評価してくれたって良いじゃないか。

 私は家に帰り、部屋にこもると自身の机に突っ伏していた。母が夕飯だと言っても無視したまま。そのうちに兄がドアを叩いて来た。おそらく母に言われたんだろう。


「おい、いるのか?」


 そう言ってドアを開ける。机に突っ伏している私に近づいて、顔を覗こうと身を屈めていることが分かった。


「なによ。ほっといて。出ていってくれない?」

「なんだ、元気じゃないか。でもいつもの調子じゃないな。どうしたんだ?」


「なんでもないよぉ」

「そうか? 母さんがご飯だって言ってるぞ。せめて何か腹に入れろよ」


「いらない。実はちょっと前に友だちと食べてたんだ」

「なんだ、そうか。じゃ母さんに言ってくるよ。まあ、元気だせ」


 そう言って兄は部屋を出ようとしたので、私はイスを回して兄の方へと体を向けた。


「あの、さ」

「ん?」


「友だちと気まずくなっちゃったの。そんな時……どうしたらいい?」

「ん? ああ、そうか。まあ……、ごめんなさいって謝るか、それでもダメなら少し時間を置くんだ。距離を取るってやつだな。徐々に時間が解決してくれるよ」


 思わず兄の顔を見つめて静寂。優しくて暖かいアドバイス。やはり兄は大人で私を支えてくれる。しかし私はいつものように強がった。


「ふぅん。へー……。でも、まー普通だね。普通のアドバイスありがとうございまーす」

「くっ。この妹を語る悪魔め! 海だと偽って我が家に入り込もうとも俺は騙されん!」


 そう言って出ていってしまった。今日の捨てゼリフもなかなか面白い。よくああいうのが思い付くなぁと感心。

 そして、しばらく村田家のことは関心を持ちながらも距離を取ろうと思った。




 それからしばらくしての休日。両親は二人きりの旅行とか言って、私と兄を留守番にして他県の温泉へと出掛けて行った。

 最初は家族旅行という計画だったらしいが、私には部活もあるし、兄は高校生にもなって照れ臭いというと父母は待ってましたとばかり、二人での旅行にしたのだ。相変わらず仲の良いこって。

 まあ兄の面倒は私が見るからいいか、それも楽しいかもと思っていたが、逆に兄はさっさと早起きして掃除に洗濯、朝食の用意とマメにやってくれていた。感心したが、照れ臭いので全部にケチをつけた。


「まあシンデレラ。ここにはゴミが落ちてるし、ありきたりの朝食ね」

「くっ! やはり俺とお前は前世では義姉とシンデレラの関係だったのだ。でもいいんだ。可哀想なシンデレラはカッコいい王子さまと結婚できるのだから」


 兄はスポットライトを浴びているかのような演技をしていた。


「うぇえ、そしたらBLだね。お兄ィの恋人は王子さまかぁ」

「なんでだよ。今生では妹のいじめに耐えながらも可愛らしいお姫さまと結婚するのだ」


「うわ、きーもい。お姫さまとか言ってるー。お巡りさん、この人です」

「うるさいな。さっさと食べてくれよ、片付かないじゃないか。そんで部活に行けよ、まったく」


「へいへいほー」


 私は兄に家事を任せて部活へと行った。部活は午前中で終わり、家で昼食をと思ったが、ふと村田家のことが気になった。しばらく距離を取ってはいたが、さやちゃんの様子を見に行こうと思ったのだ。

 だが村田くんに見つかると面倒だと思い、そっと赤く錆びた階段の脇から顔だけを覗かせてみる。するとそこには、小さな毛布にくるまったさやちゃんがドアの前に腰を下ろしていたのだ。


 私はなりふり構わず、そこへと駆け寄る。


「さやちゃん!」

「あ! おねえたん!」


 さやちゃんは、私に抱き付いて声を殺して泣く。こんな小さな子を閉め出し? 私の脳は軽くパニックを起こしていた。そして村田くんへと怒りをたぎらせたのだ。私は跪いて尋ねる。


「さやちゃん、どうしたの? 村田くんは?」

「おにいたんが……、おにいたんが……」


 さやちゃんはぐずっていたが、何かあるのだ。私はムカつきながら村田家のドアを開ける。すると部屋の中は蒸し暑い。私の視線の先には、ぐったりと座布団を枕にして寝ている村田くんの姿があった。


「は? ちょっと!」


 最初は仕事の疲れでそのまま寝てしまっているのかと思った。しかし息継ぎが荒い。私は急いで近づき額へと手を当てる。

 熱い。相当熱が高い。これはただ事ではない。後ろではさやちゃんが毛布を抱えてしゃくりあげながら言う。


「おにいたん、お病気……。うつるとダメだから、お外にいるようにって……」


 そう言うことかと思った。頼るところのない彼なりの対処だったのだろう。それにしても……。

 おそらく村田くんは、バイト先で体調をくずし、家に帰る頃にはピークに達したのだろう。布団も引かず、ここに倒れ、さやちゃんだけ外に避難させたのだ。

 私は布団を敷いて、村田くんへと言った。


「ホラ! 這いずりながらでも布団に入りな!」

「……うう、キミ、は……」


「何でもいいから早く」

「お、おう」


 彼は、本当に這いずって布団に入り込む。私はそれに掛け布団の位置を直した。そして換気だ。窓とドアを全部開け、新鮮な空気に入れ換えた。

 そこに村田くんが、声を絞りながら言う。


「おそらくインフルエンザ、だ。パートのおばさんがなったって聞いた。キミにもうつるぞ……。すまないが、彩花の面倒を見て欲しい……」


 この野郎と思った。この期に及んで強がりやがって、と。


「もちろん、そうするわよ!」


 私はさやちゃんと手を繋いで、兄のいる家へと向かった。


「あ、あの、おねえたん……?」

「大丈夫よ、さやちゃん。心配しないで。私のおうちに行くだけだから」


「う、うん。でもおにいたんは?」

「それも任せておいて」


 私は家に入ると、大声で兄を呼ばわった。兄は何事かと自室から飛び出して階段をかけ下りてきた。


「おいおいどうした。その子は?」

「友だちの妹。お兄ィ。悪いんだけど、この子を一晩泊めてやってくんない?」


「はあ? どうして?」


 私はワケを簡単に説明した。母親に置き去りにされたあわれな兄妹。ひっそりと暮らしたいのにインフルエンザになってしまった。自分は看病しに行きたいと。


「うう、それは仕方ない、な。でも男なんだろ?」

「何もないよ。その人病気だし。私が看てやらないと」


 それにそいつのこと、あんまり好きじゃないし。という言葉はさやちゃんの手前飲み込んだ。そして、さやちゃんへと不安を消すように膝を折って話をした。


「ね、さやちゃん。これが私のお兄ちゃん。この人優しいから大丈夫だよ。遊んで、お風呂入って、お泊まりするの、楽しいよ?」


 しかし、それどころではなかった。彼女の兄を見る目は完全にハートマークで、ポーっとしていたのだ。


「さやちゃん、おにいたんとお泊まりする~~」


 そ、そういえば兄は昔から動物や小さい子に好かれる……。てか『ライク』の好きじゃなくて、『ラブ』のほうなわけ?


 うーん、兄よ。大丈夫だよね? 女児には興味ないよね?

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