第五十六話
文化祭二日目の朝、俺は学校へと急いだ。一條さんに会うために。一條さんは席に座って、この世の終わりみたいな顔をしている加川さんと話しているようだったが、割って入って連れ出した。
加川さんの顔は気になったが、それどころじゃない。廊下の柱の影に身を寄せあって小さく隠れながら話し始めた。
「瑠菜、国永さんに見つかる前に単刀直入に言うよ。とりあえず18歳まで頑張ろう。二人で出来るバイト先を探すんだ」
「え、え? バイト?」
「そう。コンビニバイトとかならバックヤードもある。そこなら国永さんたちも入ってこれない、まさに二人の場所」
「えー! すごい!」
「それにバイトして、お金を稼いで、18歳になったら二人きりになれる場所を借りれるよう努力するんだ。そう、アパートとかを借りるんだ。二人きりの愛の巣。それかぁ、ラブホとか?」
「や、やーん。空きゅんのエッチィ」
「でも、一年くらいお預けになるんだぞ? そしたら二人は、もうエッチどころじゃない。もーう、それはもう、それは」
「やん、空くんたらぁ」
一條さんは可愛く拳を握ってポカポカ胸を叩いて来た。照れる俺。
「おい、お前たち」
ぐ、ミス疫病神、マドモアゼル厄災でお馴染みの国永夢唯! 早速俺たちを見つけに来やがった。
「な、なにもしてないよ。話してただけ」
「そうもいかん。師匠の言い付けだからな。さあ教室に帰って貰おう」
くう~。これがずっと続くのか。まるで牢獄の看守! 俺たちは僅かな時間で脱獄の計画を練らなくちゃならない。俺と一條さんは教室へと戻らせられた。その道すがら、国永さんに隠れて一條さんの手を軽く握ってすぐに放した。一條さんも同じように、見えないように俺の指に自身の指を絡めてきた。えへへ。気持ちは同じだね。
俺たちのクラスは駄菓子の計り売りをする。色とりどりのチョコレートやら、お煎餅にキャラメル、飴にポップコーンを計りにかけて、紙袋詰める。
なんてことないお店ではあるが、やると面白い。一般客が大勢来て、俺も一條さんも大忙し。そのうちに客引きをやったり、わたあめの実践販売したりと、楽しく作業した。後ろで目を光らすミス疫病神さえいなかったらもっと楽しいだろうけど……。
そんなことをやっていると、鳴門先輩がやって来た。
「やあ夢唯。ずっと二人を監視しているのは辛いだろう。代わろう。森岡くんは実行委員として、俺が連れていくから、お前は自由にするといい」
「おお、大知か。助かる。ならばそうしてさせて貰おう」
く、くぬぅ。もう一人のミスター疫病神が! 俺は護送される囚人。鳴門先輩に命ぜられるままに生徒会室へと入れられた。中には誰もおらず、俺は間抜けな声を出してしまった。
「はれ?」
鳴門先輩は、後ろ手でドアを閉め鍵をかけ、俺に窓側へ行くよう手で合図した。
「あのう……、これは?」
「森岡くん。協力しよう」
「はい?」
「君も知っての通り、私は夢唯が好きなのだ。しかし、あの通り武一辺倒だし、真っ直ぐ過ぎるし、正義感は強いが何が正義かもよく分かっていないヤツだ。自分より強かったり男らしいものに簡単に傾倒するクセがある」
「まさにその通りで……」
「だからな、君たちを監視する名目で、私たちを常々君たちの側にいさせてくれ。言わばずっとダブルデート状態だな」
「はあ……?」
「分からない、と言うような顔をしているな。つまり、我々がいれば、君たちだって校内を自由に二人で歩ける。休日はデートも出来る。私も夢唯と並んでデート出来る。互いに気にしなければそれはもう、二人きりのようなものだろう」
なるほど……! そうか。確かにそしたらデートは出来るぞ! まあチウは出来ないかもだけど、お二人からはぐれてしまった、とか言って二人きりになることだって可能。おお! なんて素晴らしいアイディア! さすが生徒会長! 我が校の光! 我らの希望!
「なるほどですね! そりゃいい話です」
「だろう? だから、今度ギャラクシーハイランドに行かないか? そして、上手いこと互いに二人きりに……」
ギャラクシーハイランドは、巨大遊園地だ。是非とも一條さんと行ってみたい場所だった。
「いやぁ、先輩がそのお気持ちなら、俺もその志しに従うまでです。ありがとうございます。是非とも行きましょう」
「ああ、だから君から夢唯に提案してくれよ? 私からだとは決して言ってはいけないよ。いいね?」
「もちろんですとも。喜んで」
「それから、明日の最終日は体育館でベストカップル選手権があるのだ。よかったら、出てくれたまえ。それによって、我々も出場出来る」
「ベストカップル選手権ですか? たしか文化祭スローガンって『リア充を神回避』じゃなかったでしたっけ?」
「そうだ。元々はリア充あぶり出し企画だったのだ。我が校に不埒なリア充どもはどれくらいいるのか、というね。受験も近いのにおめおめと出場してくる奴らを笑う……的な作戦だったのだが気が変わった。それに最優秀賞はギャラクシーハイランドのペアチケットなのだ。是非とも君たちでゲットしてくれたまえ」
「おお! マジですか! これは嬉しいですね。やらさせてください」
俺と鳴門先輩は、ガッチリと手を握りクラスへと戻って行った。すると、一條さんの近くには国永さんも、加川さんもいた。
俺を素早く見つけた国永さんは話しかけて来た。
「おう、空。仕事は終わりか?」
「ああ、終わった。それより一條さんと話してもいいかな?」
「ああ。いいとも。だがあまり近付き過ぎるなよ」
俺は一條さんの前に立った。彼女の目を見ながら話を始めたのだ。
「一條さん。明日、体育館でベストカップル選手権があるんだ。そこでベストカップルに選ばれた人には、ギャラクシーハイランドのペアチケットが貰えるらしい。一緒に出て、ペアチケット貰って、遊園地でデートしよう」
「え? ホント? やーん、でも私たちならきっとベストカップルだね。うふ! 絶対遊園地行こうね!」
すると、やはりと言えばやはり。国永さんは目を光らせながら言った。
「バカな。師匠からの言い付け通り、お前たちにそんなことはさせられん。諦めて貰おう」
だが俺も言い返す。
「いや、別に二人きりにならなきゃいいだろ? 明日の選手権には国永さんも鳴門先輩と出るといい。先輩とは長い付き合いなんだろ?」
「ん? まあ大知とは気心の知れた仲ではあるが……」
「遊園地だって、国永さんが来てくれればデートしたっていいだろ? 国永さんも鳴門先輩と俺たちを監視してくれれば俺たちだって間違いを起こさないと思うんだ」
「ほう、なるほど。そうか」
計略が図に当たった。国永さんはウンウンと頷いている。そして口を開く。
「そのチケットは、我々が取ってしまってもいいんだな?」
「はえ?」
「選手権の景品だ。何もお前たちが絶対取れるとは言いきれんだろう? 我々だって、長い付き合いだ。私たちのほうがベストに選ばれるかもしれん」
ほ、ほう。俺と一條さんが君たちに負けると? ないない、それはない。だいたい付き合ってもないクセに。ベスト、イコール、俺と一條さん。カップル、イコール、俺と一條さんなのだから。
「そっか。じゃ私も修斗と出ようかな?」
く、くお!? か、加川さんまで? 加川さんと修斗くん。それは強敵かもだぞ?
俺がそう思っていると、一條さんは俺の背中に近付いて、こっそりと囁いた。
「空くん。きっと私たちの優勝だよね。私たちは誰にも負けない恋人同士だもの。絶対、絶対、遊園地のチケット貰おうね」
す、素晴らしい心意気! おお、一條さん! 俺も同じ気持ち! この意識の共有なら、きっときっと勝てる! 俺たちは誰にも負けない、ベストカップルなのだから!!




