第五十話
文化祭当日。その日はずっと慌ただしかった。俺は飛び起きて早めに学校へといき他の実行委員たちと準備を始めた。
和気あいあいでもあるし、喧騒も怒号も飛び交うが、それはこの日を成功させるという意気込みの活気であったことに間違いはない。
仮装行列は、クラスや部活動などでそれぞれテーマを決めて仮装をする。登校してくる生徒たちはそれぞれ手提げの紙袋に衣装を持ち込んできている。
そして我々、生徒会と文化祭実行委員たちも──。
鳴門先輩の権限で職員トイレを借りきり、そこは美容室のようになっていた。修斗くん他、美容師志望の生徒たち、計六名がヘアスタイルを決めてくれる。トイレの鏡の前で入れ替わり立ち替わり、せわしない。
そんなところに一條さんがやって来た。俺は彼女の手を引いて、加川さんへと渡す。
「そ、空くん、瑠菜たちなんの仮装なの? 瑠菜も実行委員さんたちと一緒でいいの?」
「いいんだよ。加川さんに着替えさせてもらって。後は御堂くんがヘアスタイルを決めてくれるから。俺も今から着替えて来るよ!」
そう言って俺は別の空き部屋に。そこには一條さんのファンクラブである実行委員の面々。
「よし! じゃ、このハンサムを着替えさせてやろうぜ!」
「よろしくお願いいたします!」
俺は三人がかりで着替えにとりかかった。見事な白いタキシード。胸には紙で作った白い花がさしてある。そのまま男子の職員トイレに行って髪型を決めてもらった。
「うぇーい、森岡。男前だな、バッチリ決めろよ!」
「うん、ありがとう!」
そして、並び始めている仮装した生徒たちの行列へと入り込むが、みんなだいたい知っているのであろう、俺に向けて歓声が巻き起こる。俺はその場所で一條さんを待った。
横には生徒会長の鳴門先輩が、腰をさすりながら神父の格好で立ち止まる。
「本日のよき日に、君たちに祝福を与えられることは光栄の至り」
「あ、先輩! ありがとうございます! こ、腰どうしたんですか?」
「いやぁ、空からグランドピアノみたいなのが降ってきたのを受け止めたらこうなった」
「危ないですよ、避けないと」
「まあね。ふふふ。でもピアノに男らしかった、と言われたよ」
「え? それって……」
そこに、先ほど俺を着替えさせてくれた実行委員の三人はステンドグラスの仮装をしている。そしていつものようにガヤガヤと俺に言ってきた。
「おいおい、失敗すんなよ」
「まあ頑張れ」
「今日だけ休戦してやるからよ」
そう言ってニヤリと笑ったところで、カラードレスやスーツを着た生徒会役員と実行委員も列の横へと並ぶ。
生徒会副会長の石川さんはオルガンの椅子に腰を下ろして指を滑らせ始めた。
結婚行進曲──。
すると、昇降口からモーニングを着た国永さんに腕を絡ませながら、ウェディングドレスを着た一條さんが現れた。国永さんは新婦の父親役なのだ。似合っている。
二人はそこで一礼をして顔を上げる。そして俺と一條さんの目が合った。一條さんから一筋の涙が頬を伝って行く。俺の顔もなんとも言えない穏やかな笑顔であったろう。
二人は俺の元へと歩いてくる。そして、道の途中で国永さんから一條さんを受け取った。
「瑠菜を頼むぞ」
「ありがとう、国永さん」
一條さんは、俺の腕に自身の腕を絡ませた。これが、俺たちの仮装行列だ。それぞれが参列者の仮装をして、俺たちの後ろに続いてくる。加川さんは天使の格好をしていた。
俺と一條さんは、まっすぐに歩いたりなどしない。まるでワルツを踊るかのように、軽やかに手を取り合って街中を闊歩する。
いつもの俺たちのようだ。いつもの日常。
なあ一條さん、覚えていてくれよ。こんな風にみんなに祝福された俺たちの仲を。
今ここにいる、みんなみんな幸せだ。みんな笑顔で俺たちを見ている。このみんなの顔を……、どうか忘れないで欲しい。
手を繋ぎあった毎日。キスをした公園、抱き合った日々。そんなものって簡単に壊れてしまうんだな。
俺たちが今繋ぎ合っている手がくっついてしまえばいいのに。立ってそうだろう?
比翼之鳥、連理之枝のように、さ。永遠に繋ぎ合っているものだっているんだ。俺たちだってそうなれる。なれるんだ。そしたら、そしたら、さ……。
ああ、なんて青い空なんだろう。晴れ晴れとどこまでも澄みきって。
この空の下にはすべての世界が通じている。この空のように、俺の心はどこまでもキミを愛しているんだ。ずっと、ずっと……。この空を見たら思い出して。それと同じ名前の俺が、ここにいるってことを……。
俺たちの華々しい行列は、他の仮装行列と同じように校庭へと戻ってきた。だが、まだ終わりじゃない。俺たちは中央をそのまま進む。そこには生徒会長の鳴門先輩が、神父に扮したまま待っていたので、そこで立ち止まった。先輩はニコリと笑う。
「お二人とも、本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「新郎森岡空、キミは病めるときも健やかなるときも、例え遠く離れたとて彼女を愛することを誓いますか?」
「はい誓います」
「新婦一條瑠菜、キミは病めるときも健やかなるときも、例え遠く離れたとて彼を愛することを誓いますか?」
「はい誓います」
その言葉にドッと沸く会場。中には涙する者も。俺は一條さんの手を取った。
「ねぇ瑠菜、少しだけ待っていて。俺はまだ16歳だ。でも来年の12月8日には18歳になれる」
「うん」
「その時、キミのもとに婚姻届を持っていくから。必ず行くから。そしたら、その時こそ、俺たち結婚しよう」
「ありがとう、空きゅん……。うれしい……」
ピーピーと高らかになる口笛。俺たちは全校生徒の前で誓った。二人の結婚を。二人の永遠の愛を。
「しばらく会えないけど、キミに会うために絶対に行く。バイトしてお金貯めて、世界の裏側にある中東のどの国にだって!」
俺は熱っぽく語ったが、一條さんから不思議な声が漏れた。
「え?」
え? とは? 俺が一條さんを見ると、彼女は戸惑っているような顔をしていた。
「いや、あの~空くん。中東に行くのはパパだけで、瑠菜はあのおうちにいるけど……」
は、はい?
「だ、大好きな人と離れ離れになりたくないって……」
「そりゃあ……、パパと離れ離れになりたくないってことなんだけど……」
「ずっと一緒にいたいっていったら、現実的に無理だって……」
「だって、働いたりしたら、ずっとは無理だもん」
「じゃ、じゃあ転校は?」
「しないよ。だから毎日一緒にいれるね、空きゅーん!」
ゴトン……。何か地面に落ちる音が聞こえた。それはゴロンゴロンと音を立てて俺の足に当たって止まった。それは鉄球だった。
「いやぁ、ゴメンゴメン。この砲丸、おばあちゃんの形見なんだ。つい落としちゃって」
あ、アンチ森岡の鈴木……。そ、その鉄球は俺の頭をかち割る用じゃないの?
い、いや、デジャブかな? この風景前にも見たような気がする。
「あ、落とした」
「俺も」
「拙者としたことが」
「ばってんがおいどんも」
見るとそこらじゅうの男子が、長剣やら朱槍やら日本刀やらタワシやらを、落として拾い上げていた。
おいおいおーい。それ仮装の備品だよね? いやタワシはどうでもいいけど、なにその異世界から持ち帰りました的な得物は?
するとステンドグラスに扮していた鈴木含む三人のアンチ森岡の方々にがっしりと肩を掴まれてしまった。
「ふふーん。じゃあ森岡、着替えようかぁ」
い、いや休戦は? どうなりました? 一方的に破棄するなんて、国際法違反ですぜ?




