第五話
そして土曜日がやって来やがった。いつもの日常は、頑張ってなんとか過ごした。
一條さんは、毎日のように俺をとことん惑わせる妖術を駆使したが、共に帰る下校の際に、いつもの公園に立ち寄ってキスによる征服をして、なんとか精神の均衡を保った。
くそ! 一條さんめ!
今日を乗り切ればいい。今日を。
このダブルデート。なんとか駆け抜けてみせる!
待ち合わせの駅前にある公園に着くと、まだ一時間前だからか、誰も来ていなかった。コンビニで飲み物でも買おうかと思ったが、デートの際に尿意を催したらたまらない。我慢した。
ベンチに腰を下ろしながら待っていると、待ち合わせ10分前に、加川さんの彼氏の御堂がやって来た。なんか、イマドキのファッション……。イケメンがそんなことされたら、俺が霞む……。いやいつも霞んでるけどさ。
ベンチに座る俺の前に立ち、威圧的に俺を見下ろしている。俺はちょっとビビったが挨拶をした。
「や、やあ、おはよう」
すると御堂は、冷笑して鼻で笑った。
「マジ、一條ちゃんと付き合ってんのかよ。一條ちゃんも趣味悪ィなぁ。んで? 一條ちゃんの前だと俺様キャラなんだって? くぁ~ダセぇ。キャラに合わねぇことすんなよ」
ごもっともで……。返す言葉もございません。御堂はどっかりと俺の横に腰を下ろして背もたれに大きく手を広げる。必然的に俺のスペースは小さくなってしまったので、端に腰を滑らせた。
「おい、邪魔だよ」
「あ、ご、ごめん」
う、うぉ! 完全にここの支配者は御堂になっちまった! 俺はベンチから立ち上がり、御堂はベンチを完全独占。
こ、これが陰キャと陽キャの格差か……。
ああ! そして気付いた!
御堂は加川さんの彼氏! つまり、嘘告メンバーの彼氏だということ!
あの時、一條さんの告白。その後ろには加川さんが覗いていた……!
だから知っている。俺は本当は哀れなピエロだと言うことを! だからこその威圧! だからこその支配! だからこその完全独占!
今日のダブルデートとは名ばかりのことで、御堂は加川さんと一條さんを完全に独占するつもりなのだ。
そして俺は羨ましそうにその後をついていく召し使い。
『じゃ、今度はカラオケいこぉぜぃ!』
『ひゅー! カッコいい御堂くん!』
『うぉい、召し使い! 俺たちの歌、ちゃんと入力しろよ!』
『は、はいすいません』
『なんか森岡ダル~』
『カッコ悪いよね~』
『空気読んで帰ればいいのに』
そ、そうですよね~。俺なんて、化けの皮もう剥がれてるし……。このデートに味方は一人もいないし……。
はぁ、帰ろうかな……。
このベンチを征服している御堂と立ってる俺を見たら女子二人の態度など想像に難くない。
『うわー、御堂くんかっこいー!』
『それに比べて森岡の惨めな格好……』
『おいおい言ってやるなよ。俺と比べたら森岡がかわいそうだよ』
『優しい! 御堂くん』
『はっはっは。まーね、まーね』
だよね。俺は下を向いてしまった。
「ヒャンヒャンヒャン!」
「うわぁ!」
御堂の悲鳴を聞いて、その方を見ると御堂がベンチの上に青い顔をして立っていた。そして、ベンチの下には小さい犬。
俺はかわいらしいそれに手をさしのべる。元々こういう小さい動物は好きだ。
「うわぁ! カニンヘンダックスじゃね? かわいい!」
「ウソだろ、森岡! さっさと、それをあっちに連れてけよ!」
「なんだ、御堂くんは犬嫌い?」
「うるせぇ! 犬持って早くさっさとどっかいけ!」
そんな御堂を尻目に、俺は犬を抱えを頬擦りする。犬は俺の頬を舐めていた。
「やーん、かわいい!」
「私にも抱かせて~」
声のほうを見ると、一條さんと加川さんだった。
グサッ! グサッ! グサッ! 勝負あり!! 一條瑠菜! 完勝!!
一目見て殺られた。一條さんの可愛らしさに。犬を抱きながら完全に硬直。
一條さんは、ミニスカにニーハイ、ローファー……。そ、そちらは一條さんの御御足? ろ、露出度がそんなに……。
彼女は俺を今日、生かして帰すつもりはないのだ。どこに目をやればいい? 目をそらそうとしても、足に行ってしまう。
い、いや! 足だけじゃない!
この好色娘、本日、この日、この時……! 胸を強調する服を着てやがる!
そう言うと語弊があるが、なにも生地の面が少ないと言うことではない! いつもより、そのでっぱい部分がモコォっと出ているのだ!
え? 何カップ? それ。高二でそれは違法じゃない? 違法ではないのか……。
い、いかん! 意識が飛びすぎていた! 犬が俺の手をペロペロ舐めてくれたので気が付いた。
「やんやんかわいい~、それ空くんのワンちゃん?」
う。一條さんの声が鮮明に響いてきた。俺は声も発せずフルフルと首を振った。
一條さんの差し伸べる手に、俺も犬を渡す。
「きゃー! かわいー!」
「うん。瑠菜かわいいよ」
「え?」
「いや、服装──」
「ホント? へぁ~。うれしい~」
ズキュン! ズキュン! ズキュン!
俺の胸に三発の銃弾が食い込む! 一條さんめ! またもや、ぶっ放してきやがった!
おのれ面妖な! この女怪! その顔、胸、足。もう、どこをとってもわがままたっぷりボディ。
ど、どうしてくれよう。
一條さんは、加川さんに犬を回し、加川さんは御堂に犬を向けるものの、御堂はベンチに立ったまま、青い顔をして首を横に振った。
「そっか~。修斗は犬嫌いだったっけ~、じゃ空くんにこれ~」
と渡して来たので受け取った。しかしどうしていいか分からない。でも、駅中に警察の駐在所があったっけと思い立ったところで、女の人の声だった。
「あ、すいません。こーらミラ。勝手に走っていっちゃダメでしょ」
おそらく犬を散歩させていたお姉さんだろう。俺たちより少し年上って感じだ。この犬は、リードを抜けて逃走してしまったのだ。
「お前、ミラって名前だったのか~、ホラ。お姉さんのところに帰りな」
俺がお姉さんに犬を返すと、お姉さんはお礼を言ってきた。
「どうもありがとうございます。すいません。助かりました」
「いえいえ」
「ホラ、ミラもお礼を言って」
「ヒャンヒャン!」
かわいい。ミラはお姉さんにリードを繋がれて散歩に戻っていった。俺はそれに手を振ると、声がした。
「へー、空くん、すごいね。ワンちゃん、嬉しそうだったよ」
声の主は加川さんだった。俺は照れながら頬をかいた。
「いや、昔から子供と動物には好かれて……さ」
「へー、じゃきっと、心がキレイなんだね」
いえいえ、そんな。と思っていると片手に絡み付くものがある。視線を落とすと一條さんだった。
一條さんは、プクっと頬を膨らませていた。
「な、なに?」
「浮気もの」
「な、なんだよ、それェ。そんなことしないだろ」
「だって、お姉さんにも美羽ちゃんにも優しい目しちゃってさ。ね、私も見てよう」
「み、見てるよ。わぁ瑠菜かわいい!」
「なによう。空くんの私を見る目、エッチだもん」
と、プイッと首を背けたが、グイグイと体だけは密接してきた。
は、鼻血……! いや、出ないけど。出そうだったけど、出したらまずい。な、なんなんだ? また一條さんの新しい攻撃か? 一体、いくつ攻撃方法を持っているんだ!?
一條瑠菜、恐るべし!
【人物紹介】
◎御堂 修斗
身長172センチ、体重64キロ。高二で空とは別クラス。加川美羽の恋人。爽やかイケメンのスポーツマンだが性格は粗く、歪んでいる。




