第四十九話◆一條悟
中東への転勤。これは大河原源蔵の差し金だとすぐに分かった。大河原老は、政財界にパイプがある。我が社の社長に対し、どこからか圧力をかけ、外国への転勤と無理やり運んだと想像が付いた。
そもそも我が社には中東に支社はない。どうやってそんな遠くに飛ばすつもりだ?
俺が本社に着くと、社長は申し訳なさそうに俺を応接室へと連れて行った。そこには見たことないような連中が三人。いや一人は大河原老だ。残りの二人は警護まで連れてやがった。
大河原老は社長へと言う。
「スマンがキミは外で待っていてもらおう」
「え? いや、しかし……」
「国の大事だよ。聞き分けたまえ」
「は、はい。では失礼いたします」
そう言って我が社の社長に対し人払いをかけたのだ。まったくもって傍若無人なかただ。そして、俺へと杖を向ける。
「一條、こちらのかたは外務省のおかただ」
「外務省?」
「お前なぞ一生かけてもお目にかかれないおかたたちだよ。そんなかたに声をかけて貰える。ワシに感謝せい」
「で? そのお偉いさんが私になんのようです?」
官僚のお二方は顔を見合わせてから老へと問う。
「本当に大丈夫なんで?」
「当然でございます。ワシの配下を信じておられませんな?」
「いえそう言うワケでは。しかし彼が本当に世界最強なのですか?」
「もちろん。後ろに控える護衛が束になっても叶いませんぞ?」
「し、しかし、命の保証は出来かねます」
「そんなもの要りません。この男は我が家の婿でしてな。ワシとて変なものは推薦しませんぞ」
ハッ。俺は心の中で笑った。何が推薦だ。要はおれを危険地帯に行かせて死なせるためじゃないか。
社長には圧力をかけて、何かあれば叩き潰すと。そして俺を秘密裏に中東へと出向という形にするのだ。本当に食えない御仁だ。
外務省の高官は話し始める。
どうやらS国の大使館がテロ組織『ウロボロス』に襲われ、大使が人質として取られているらしい。そして我が国に多大な身代金を吹っ掛けているのだ。
当然テロには屈しないとの意思だが、それによって大使が殺されてしまうのは忍びない。そこで俺に組織から人質を奪還して欲しいとのことだった。
それは本来、大河原老には関わりのない仕事だ。俺を亡き者にするために、この仕事を取ってきたのであろう。
大河原老はニヤリと笑った。
「一條。そんな生死も分からぬところに行くのに香瑠も瑠菜も危険であろう。二人は我が大河原家で預かる。依存はないな」
ふん。それが目的か。そしたら空も瑠菜も離れ離れになる。そうは行くか。
「いえ結構。人質も家族も私が守ります。そして生きて帰って参ります」
「はあ?」
大河原老は、ハッキリと作戦が間違えたといった顔をした。ざまあみろ。高官の手前、やめるなどとは言えまい。
「貴様はいつもワシを困らせることしかせん!」
「それはお互い様でしょう」
老は苦り切った顔で帰って行った。俺には高官から預かった必要書類。なるほど、この日時で旅立てと。
書類に目を通して苦笑した。人質奪還は一つのミッションであって、最終的にはウロボロスという組織事態を壊滅せねばならんらしい。おそらくそれは日本だけではない。諸外国からの依頼もあるのだろう。
なるほど、人質奪還だけなら数日で帰ってこれる、出張程度の話だと思った。組織壊滅までいけば、確かに転勤だな。そして、生きて帰れる保証などない。
クソが。だがやってやる。今までだって無理難題をクリアしてきたんだ。今回だって──。
本社を辞去して、家へと車を乗り入れる。すると門のところに瑠菜と同じ制服の女子が立っていた。
その子と目が合う。明らかに闘志をまとっている顔で睨まれてしまった。
ガレージへと車を止め、その子のほうへと歩みを進める。その子は俺と対峙するように立っていた。
「誰かね? 瑠菜の友だちかい?」
「そうだ。瑠菜と空の友だちで国永夢唯という」
「そうかね。夜も遅い。早く帰りたまえ」
「そう言うわけにもいかん。会社の出張命令を受けて外国へ行くそうだな」
「む? そうだが?」
「それによって、瑠菜も空も悲しむ結果となる。そんなものは断ってもらおう」
ほほう。彼女はずいぶん偏った正義感を持っているな。そんな一部の人物を悲しませないためにと仕事をしなかったら、他に悲しむ人が生まれてしまうだろう。ちょっとした独裁者の考えかただな。まあ瑠菜や空のことを強く思うがゆえだとは思うが。
「それは無理だな。すでに社命は下った」
「意気地無しめ。受け身を取れ」
「はあ?」
「そんな大人、修正してやる」
おお、早いな。柔道か。見事だ。あっという間に懐に入ったぞ。この身長でそれは素晴らしい。武器を持っていたらどうなっていたことか。
彼女は俺の襟と袖を取って、一本背負いとやらに持っていこうとした。が、やすやすとやられはしない。この間違った正義は大人が正さねばならん。
俺は投げられるモーションの中、彼女の膝に両足を掛けて投げられるないよう抗う。まさか自身の技が止められると思ってなかったのだろう、彼女の動きが一瞬止める。それはそのまま敗因となるのだ。
俺は彼女の背中で素早く前転して前へと回り込む。確かこんな風に襟と袖を取っていたな。そして腰をバネにして空中へと跳ね上げるのだろう? どうだ、これで一本背負いになるのだろ?
私は彼女を投げ飛ばした。彼女は真顔のまま吹っ飛んで行く。まずい、手加減したつもりだったんだが……。何しろ最後までのモーションを知らん、途中で彼女の動きを止めてしまったからな。空中で手を放すんじゃないのか? 彼女は三メートルほど先へと曲線を画いて背中から地面へと落ちて行く。
しまった。これでは彼女は怪我するのではあるまいかと思ったが、そこには空と同じ制服を着た男子がいて、彼女を受け止めていた。が、勢いで彼も巻き込んで地面に倒れてしまった。
「おいおい、君たち大丈夫か?」
だが二人とも放心状態だったので、取り敢えず女子のほうには手を伸ばし起こしてやる。男子のほうは目を回していたので気付けを行った。
女子は起こしても、目の焦点が定まらず正面を向いたままだ。俺は声をかけた。
「キミ、しっかりしたまえ」
すると彼女はハッとしてそこに土下座した。
「弟子にしてください!」
おいおい。なんだそれは。俺は笑ってしまった。そしてもう一人の男子へと問う。
「キミは誰だ。彼女の彼氏かね?」
「い、いえ、私は一條くんとは同じ学校の生徒会長をしております、鳴門大知ともうしまして、国永とは幼馴染みの間柄です」
「ほう。その生徒会長さまは彼女をけしかける黒幕か?」
「いえ……、私は止めたのですが……」
「そうか、だが持ち前の正義感で止まることも知らずまっすぐ私に向かってきた、というわけか」
「は、はい。どうか勘弁してください。彼女を止められなかった責は私にあります」
「まあいい」
俺は土下座したままの彼女の前に腰を落とした。
「国永くん」
「はい!」
「私の弟子になりたいと言ったね」
「はい!」
「ならば私が無事に帰ってくるまで待っていたまえ。その間は、鳴門くんの言うことをちゃんと守りたまえ」
「は、はい!」
「では鳴門くん」
「はい」
「弟子のことを頼む。それから君たちの連絡先は聞いておこう」
「は、はい」
鳴門くんはおっかなびっくりといった感じだったが、国永くんは食い気味に連絡先を提出してきた。さすが弟子だな。はは。
そんな国永くんを鳴門くんは支えて肩を貸してやっていた。
「はい。おい、夢唯、帰るぞ」
「おう……」
俺はその二人の背中を見送った。やれやれ。瑠菜にはよい友だちがいるようだな。ますますちゃんと帰ってこなくてはならなくなった。




