第四十六話
俺と一條さんは、週末デートを楽しんでいた。先程まで一條家のご両親の前で遊んでいた。だが一條さんは急に思い出したように言ったのだ。
「あ、もうすぐ美羽ちゃんの誕生日だったんだ!」
一條さんのご両親に聞こえる声で。うーんわざとらしい。この下手さ、逆に味がある。元々、こういう理由を付けてデートに出掛けようと言っていたのだ。
「ねぇパパ、ちょっと出掛けてくるね」
「そうだな、誕生日プレゼントなら休日に買わないとな。行ってきなさい」
元々よそいきの服装だった一條さんに、手を繋がれスキップぎみに一條家を出た。
「ねね、空くん。誕プレなにがいいと思う?」
「ショッピングモール行く?」
「でもあそこは人が多いよぉ」
そうだよな。人が多いと隙を見てチウチウ出来ない。出来れば人の来ない物陰があるところがいいよね。
「じゃ商店街は? あそこの裏路地は人が少ないと思う」
「いいね、そこ行こ!」
一條さんは喜んで俺の腕に絡ます力を強めた。お胸がー。二つのモニモニが腕を挟んでますけどぉー!
「瑠菜?」
「んー?」
「俺、今すごくチウしたい」
「んも~、空きゅんはやらしいな~」
なんて言っても、彼女は率先して路地裏に入り込んだ。コーナーの曲がりかたがギューンって感じだったので、逆にコーナーの外側だった俺の体が浮いたぐらいだ。
そこで俺たちは唇を重ねていた。一條さんを壁に押し付けて。はー、こんなに幸せでいいのかなー?
「ねぇ瑠菜?」
「なあに?」
「俺、すっごく幸せ」
「やんやん、瑠菜もだよぉ」
「もー、瑠菜は可愛いなぁ~」
こんなに愛し合ってるのに、二人で絡み合う場所ってないんだな~。二人の実家には親がいるし。俺のとこなんて、クイーンオブザ邪魔者な妹までもいる。早く二人だけの場所を作りたいよぉ。
俺たちは、可愛らしい雑貨屋さんを回って、加川さんの誕生日プレゼントを探した。今は御堂くんと修復中だから、二人の写真を飾れるものがいいんじゃないかと、写真立てにすることにした。後、加川さんの好みらしいので、マスキングテープも買った。へー、女の子ってこういうのも好きなんだねぇ。
「お、これは?」
「お花みたいだね。お菓子も入ってる」
「千円しないし、俺はこれ誕プレにしよーっと」
「あーん、ズルい美羽ちゃんには誕プレあげて~。瑠菜には~?」
「だって瑠菜と付き合ったときにはもう瑠菜ちゃんは17歳のお姉ちゃんだったもんな~」
「いいいいいい、ふぎ~。ズルい~、ズルぅい~」
可愛い過ぎだろ。俺はちょっと高めの髪留めを手に取った。
「これは? これ瑠菜に似合いそう」
「やん。瑠菜に誕プレくれるの?」
「そりゃ大事な瑠菜だもの、これでいい?」
「空きゅんが選んでくれたからそれでいい」
俺は髪留めと石鹸でできた造花をレジに持っていき、別にラッピングしてもらった。そしてその片方を瑠菜へと差し出す。
「はい瑠菜ちゃん、誕生日おめでとう!」
「えー!! 嬉っしい。ありがと空きゅん」
そう言って一條さんは俺の頬にキスをしてきた。えへへーと思ったが、店員と回りの客は白目だった。
うっ。バカップルと思われた。まあバカでもいいやい! 瑠菜ちゃんとラブラブチウチウエチエチするんだい!
店の外にでても、俺たちは身を寄せ合いながら商店街を歩いた。キッチンカーでミニたい焼きを買って、噴水があるところで肩を寄せ合いながら食べた。
「瑠菜、写真撮るよー」
「やん。口元汚れてない?」
「大丈夫、汚れてないよー。はい撮るぞー」
カシャリ。瑠菜との写真も増えてゆく。俺は写真を瑠菜フォルダへと移動させた。ポンと押すと溢れる可愛いサムネ。最高です。
また商店街を歩き出すと、偶然にも前に修斗くんと加川さんがいた。こうして二人で会ってるところを見ると、修復に向かってそうで嬉しい。
二人と軽く話をして加川さんへと誕プレを渡した。そして二人とは別の方向へと歩き出す。
「いいね、二人とも復縁出来そうで」
「なんか御堂くんもイヤな感じじゃないもんね」
「修斗くんは、加川さんのために気持ち入れ換えたみたいだよ」
「へー、そうなんだぁ」
「加川さんも、あんな風にちょっとキツめに言うのは修斗くんに寄りかかりたいんだろうね。甘えっていうかさ。加川さん、優しいけど気持ち張ってるから、寄りかかる人が必要だと思うよ。修斗くんにはその度量がありそうだし」
「そっか、スゴいね。確かに美羽ちゃん、御堂くんにキツめだよね。空くんにはあんな風に言わないもん」
「それはやっぱり、修斗くんとは恋人同士だったからかな? 肉体関係があったろうし」
すると一條さんは、可愛いく拳を握って俺の胸をポカポカ叩いてきた。
「な、なになに、どした?」
「うー、美羽ちゃんのそんなこと想像しちゃダメ~! 空くんは瑠菜のことだけ考えるのぉ!」
「いやいやいや、想像してないでしょー。でも瑠菜とは早くそういう関係になりたいけどね」
と、胸を大げさに守りつつ言うと、一條さんはニコニコ笑顔で体を押し付けてきた。
「やんやん、空きゅんのエッチい~」
「瑠菜あ~、手ぇ繋ごぉ~」
「うん、いーよぉ~」
俺たちは街中で手を繋いでクルクル回った。完全無欠のバカップル。平和の象徴、バカップルご健在!
◇
俺たちは18時の門限より前に一條家へと向かった。一條家のリビングでまったりするのもいいよね、と話したからだ。
しかし家の中に入ると、お父様はパンツ一枚で何やら電話したらっしゃった。
「いえ火事ではありません、救急です。妻が目を覚まさないのです。すぐ来てください。息は、ハイ、しております」
きゅ、救急車? これはただ事ではない、ママさんに何かがあったと思い、俺と一條さんは家の中に上がりこむと、お父様に外で待ってるように言われ体を押されてしまった。
外でドキドキしながら待っていると、しばらくして普段のママさんが慌てて服を来たような格好をして家に入るよう言われたので、揃ってリビングのソファーに座った。
お二人は何やら寝室に引っ込んで喧嘩しているようだったが、一方的にお父様が攻められている感じだった。
「あれは病気じゃないって言ってるでしょ!」
「しかし俺は心配でだな~……」
「救急車に乗せられたら、ご近所に大恥よ! すぐに断ったからいいものを」
「だが一度見て貰ったほうがいい。あんなに毎度毎度……」
「良すぎて……だよ」
「はあ?」
「だから、……ソレが」
「ソレ?」
う~ん……。希代の能天気、瑠菜ちゃんは気にしてないみたいだけど、漏れ聞こえる声で推察しますに、夫婦の……というか、男女の深い話のような気がする。
俺は冷や汗をかき、一條さんはご両親がいない間に、俺に膝に股がってチュッチュとしていた。そのうちに、お父様とママさんが出てきたので、一條さんは俺の膝から滑り落ちていた。なにをしているんですかー?
まあその後のお父様とママさんは見てるこっちが恥ずかしくなるほどラブラブで、ママさんはお父様に引っ付いていた。さすが一條さんの母! しかしお父様は意に介さず、平然と夕食の下ごしらえをしていた。
「空も食べていきなさい。今日はチキンカレーだ」
「マジすか、ありがとうございます」
香ばしい薫りが部屋に漂う。このご家族、みなさん料理上手です。お父様のカレーはめちゃくちゃ美味しかったです。食後にお父様はソファーに座ってリラックスしながら言う。
「空、コーヒーを入れてくれ」
「はい」
俺は一條さんに聞きながらコーヒーサイフォンで人数分のコーヒーを作りながら考えた。
なんか幸せだ。みんな幸せ。俺も一條さんも、お父様もママさんも、修斗くんと加川さんも……。この幸せがずっと続けばいいのに。
笑顔でみんなの顔を見ながらそう思っていた。だがその電話は突然だった。お父様は会社からの電話だから静かにするようにと言って、リビングの外に出ながらスマホを通話に切り替えて話し始めた。
「お疲れ様です。一條です。どうしました? 社長。え? て、転勤? ちゅ、中東にですか?」
中東──。俺の目の前は真っ暗になってしまった。




