第四十四話
大河原家に一晩宿泊して、俺たちは懐かしの我が地へ帰ってきた。お土産に松茸十本ずつ頂いた。俺とお父様の命を賭けた松茸はお土産になったわけだ。とにかく怖い、あのお屋敷。出来れば一緒近付きたくはない。
帰り道は、四人仲良く談笑した。お父様とも深い絆に結ばれたような気がした……。だけど帰り際、一日にランニング五キロと腕立て腹筋背筋を百回ずつするように言われた。やはり鬼だった。それもやらなかったら自害に含まれるんかな……。こーわい!
週が明けて学校。俺と一條さんは、加川さん、国永さん、御堂くんに一本ずつ松茸をお裾分けした。都合二本ずつとなる。
加川さんは、紙袋に入ったそれを一本取り出して、俺を上目遣いに見ながら傘の部分にキスして『ありがと』とお礼を言ったが、なぜかドキドキした。御堂くんはそんな加川さんに『お前ね……』とか呆れながら言っていたが、加川さんに逆に詰め寄られて慌てていた。仲が良さそうでなによりだ。
そして放課後になると別れ別れに。俺と加川さんは文化祭準備に。国永さんと御堂くんは部活に。一條さんは一人で帰宅……なんか背中が可哀想。
俺と加川さんと複数の女子は、体育館のステージの飾りつけの作成だ。女子はやはり作業が豆だし、キレイだよね。あと、女子の匂いはいいよね、とオヤジ腐ったことを考えてしまった。危ない、それはお切腹コース。俺に脇目は許されないのだ。
そこに御堂くんもやって来た。部室のカギを返す当番なんですって。どうやら部のマネージャーたちに嫌われたらしく、押し付けられたらしいことを誇らしげに言っていたけど、それ誇らしいかなぁ?
そして俺たちに交ざって飾りつけのお手伝いをしてくれた。他のモブ女子の空気が変わったような気がした。そりゃそうだよねー、御堂くんはイケメンだもん。
御堂くんはそれにデレもせずに、俺と加川さんの手伝いをしてくれたが、加川さんに『モテますね~』とか『そーゆーのよそでやってもらえます?』とかイヤミを言われていたが、彼は涼しげなイケ顔で対応していた。ジャレちゃって、お似合いですねお二人さん。でも加川さんに言わせると、まだ付き合ってないらしい。ふーん。
楽しく三人でワイワイやっていると、生徒会長の鳴門先輩が入ってきた。女子には労いの言葉をかけていたが、俺には冷たい視線。ま、そうでしょうね。誤解から俺は彼の意中の人である国永さんの男なのだと思い込まれているのだ。
「森岡くん」
ホラね。俺にだけ言い方冷たいですもん。
「ここは人員が間に合っているようだ。君には別な仕事をして貰おう」
と来たもんだ。それに加川さんは抗議して、自分も行くと言ったが女子には難しい仕事だと断っていた。
「じゃあ先輩、俺は? 俺男子ですよ」
と立ち上がって笑いながら自身を指差すのは御堂くんだった。おお! さすが加川さんに言われて俺と友人になりたい男! このイケメンに俺も惚れそう。
鳴門先輩は、歯軋りしながら俺たちを体育館の裏側に連れてきた。そこにはズラリと並べられたパイプ椅子。
「君たちの仕事はこれだよ。椅子を一つずつチェックし、方向を全てあわせてしまい、壊れて使えないものは省いてくれたまえ」
これは……今からの時間だとかなり難しいし重労働だぞ? でもやるしかないのか?
そう思っていると、さすが陽キャでイケイケの御堂くん。すぐにたてついていた。
「マジすか。物理的に難しくないっすか? それに俺が来なきゃ、森岡一人にやらそうとしてたって、ドンだけ目算利かねーんすか?」
「は? キミ、付き添いの癖に言い方ってものがあるだろう!」
「いやそうかもしれませんけどね、やること陰険ですよ。こんなことして国永に好かれようとしたって逆効果なの分かりませんかね?」
「き、キミに何が分かるというんだ!」
「まあ分かりますよ。先輩よりも女心ってもんは」
「は、はん! 後輩のキミに言われたかないね!」
それに御堂くんは肩をすくめたが、本当にその通りだ。鳴門先輩が国永さんを好きだというのは加川さんから聞いていたのだろう。
まさにその通りで、この人は完全に空回りして、無駄に意地悪してるだけだ。
俺は御堂くんが味方ということもあり、気が大きくなっていたのか、鳴門先輩に言った。
「多分、こういうの一番国永さんが嫌うんじゃないですかね?」
「はあ? 今、夢唯は関係ないだろう?」
「好きなんでしょう? だったらそれを思いっきりぶつけないと」
「そんなことはない。ふざけるのもいい加減にしろ」
「なら国永さん取っちゃっても問題ないすっすね!」
「な、なに!?」
「別に誰に遠慮する必要なんてないもんな、恋愛は自由だし」
「コイツ!!」
煽ってやった。鳴門先輩は両の拳を握り締めて震えていたが、そのうちに叫ぶ。
「ああそうだ! 昔から夢唯が好きなんだ! あの鈍感にどれだけコッチが苦労したと思ってるんだ! それを横からかっさらいやがって! 小さい頃から手を繋いで登校し、成長期グングン伸びる体が痛いというのでほぼ毎日マッサージしてやり、柔道の練習に投げられ続けたんだ! それは、それはひとえにアイツのことが好きだったから──」
「ほう、そうか」
鳴門先輩の言葉に続く声。そちらを見ると国永さんが立っている。そばには加川さん。おそらく彼女が機転を利かせて連れてきてくれたんだろう。
国永さんは鳴門先輩へと近付き見下ろす。先輩は視線を横に移して目をそらしていた。
「大知。今の話は本当か?」
「うっ。ほ、本当だ」
「なるほどな。確かにお前には何度となく世話になった。空とは三回だが、お前とは千回以上ヤってるからな」
「や、ヤってる? そ、それって投げられることだったのか?」
「そうだ。それ以外になにがある。ここにいる御堂とも一回ヤったぞ?」
「それはヤったと言うな。投げたと言え」
「そうか。だがお前の空に対する陰湿なやり方は認められん」
「くっ……!」
「だから、ちゃんとしたやり方で私を振り向かせてみろ。私は優しくて強いヤツが好きなのだ」
「む、むむ?」
「あいにく空は私に気がないから、チャンスだぞ、大知」
「おお、そ、そうか。分かった」
話がまとまったようで、国永さんは俺の方に体を向けた。
「空。そういうことになった。まあお前が私を抱きたいのならばいつでも構わん、かかってこい」
「いや、俺には瑠菜がいるから遠慮させて貰うよ」
「そうかそうか。はっはっは! お前らに嫉妬するぞ!」
なんて豪快な。まあ、これで鳴門先輩からの当たりも弱くなり、彼は優しくて強い男になることでしょう。そして学校には平和が戻ったのでした。めでたし、めでたし。
ちゅ。
俺は頬の感触に驚いて、そちらを向くと加川さんの顔があった。
「へへーん。頑張ったごほうびをあげるねー。空くんカッコよかったよ!」
そう言って国永さんを連れて出ていってしまった。俺は頬を抑えてぼーぜん。そこに鳴門先輩からのご発言。
「まあなんだな、椅子に関しては明日生徒会役員も動員して作業しよう。今日のところはここまでだ。君たちも下校したまえ」
と言ってご退場。あれが優しくて強い男かぁ。まあなんとかなるんじゃないですかね? 幼馴染みブランドもあることだし。
俺も御堂くんも、その場の照明を消して加川さんのいる教室へと戻る道すがら、彼が話し掛けてきた。
「お前さあ」
「なに? 御堂くん」
「修斗でいい。俺も空って呼ぶからよ」
「あ、うん。修斗くん」
「お前、女心分かってねーよな」
ん? なんだ? 煽り? 煽りですか? また俺の方が優れてるマウント?
「まあ俺も分かっちゃいなかったよ。美羽には別れ話されちまったしな」
「う、うん」
「でもまあ、岡目八目だ。よそから見てると分かる」
「お、俺、瑠菜になんかしちゃってる?」
そう言うと、御堂くんは俺の背中をポンと叩いた。
「まあそのまま気付かないでやってくれ」
「え?」
「お前は一條ちゃん一筋で行けば未来は明るいよ」
「う、うん。修斗くんも加川さん一筋で……」
「おう、そのつもりだよ」
そう言って俺の肩を組み、もう片方の拳で俺の胸を小突いた。
「互いの結婚式で呼び合おうぜ」
「へー、いいね」
「だから応援してくれよな」
御堂くんはウインクしてきた。うーん、このイケメン。こんな顔されたら惚れてまう。
カッコいいぞ、御堂修斗!




