第四十三話
俺とお父様はフカフカソファーの応接室へと案内された。そこでお父様のお話を聞くと、どうやら俺と猪が屋敷を撹乱している間に、屋根裏から屋敷へと侵入。そこに通されたケーブルの数々を見て、おじいさまのいるお部屋を割り出し、途中に伏せられた警護の忍者を倒して小太刀を奪い、おじいさまを脅して、自身とママさんの結婚と俺と瑠菜の婚約を取り付けたのだとか。
うご! に、忍者? 今は現代ですよね。なにそれ怖い。しかもお父様のご両親もこの家に使える忍者だったらしく、今では外国で諜報活動してらっしゃるのだとか。あと、使用人の大部分は忍者さんたちなんですってよ。もう空くん、付いていけない。
でもその事をママさんや一條さんは全く知らないんだとか。徹底してますね、おじいさまったら。
そのうちにエプロン姿の一條さんとママさんが俺たちを迎えに来た。エプロン姿の一條さんもかーわいい。将来の奥さま、こんな格好するんだねぇ。そーか、そーか。エプロンと言えば裸にエプロンですな。瑠菜ちゃんったらでっぱいですから、そんなことなすったらどうなりますかねぇ。たーのしみだなー。
一條さんが作った松茸料理! 一條さん料理上手だしね。
「ねね瑠菜。松茸料理って、何作ったの?」
「いろいろあるよぉ。天ぷらに茶碗蒸し、松茸ご飯にお吸い物。七輪で目の前で焼くのもあるんだよ」
「そんなに? すげえー! 俺たちが採ってきてから、そんなに作ったんだ」
「んーん。あらかじめ採って来てたの使ったの。空くんが採ってきたのはお土産用だってさ」
ズコー! ズル。パタッ。なんですか、それは。出来たものがここにありますって料理番組でよくあるやつみたいな。
それ、僕たちが採れたてを持ってくる必要なかったですよね? やっぱり、おじいさまの意地悪だったんだな……。時間制限気にして精神的な疲労が。くぬう。
「ねね空きゅん。ご飯、並んで食べようね!」
「もちろん!」
この家では一條さんが隣にいないと何されるか分からんもんね。まさかお姫様が隣にいるのに、この屋敷の手下たちも暴挙に出るわけにも行くまい。行かないよね? 誰かご返答を!
その時だった。前を行くお父様の前に、天井から人影が現れてお父様に組み付いた!? きゃー! 曲者でござるよ! 皆さん、であえ、であえー! って誰も来ないの? 猪の時は大騒ぎだったのに? 一條さんもママさんも、驚きはしたものの成り行きを見守ってらっしゃる……。
お父様は、そいつを引っ付かんで軽々と廊下に放り投げた。するとそいつはクルリと回転して見事に着地し、今度は足をお父様の腹へと絡ませ押し倒そうとする。しかしお父様の体幹がどうなってるかしらんが、グイグイと締め付けられても微動だにせず、男へと拳撃を打ち下ろし続けた。
しばらく二人は攻防していたが、男は縛めを解いてお父様へとニッと笑う。
「また腕を上げたな、悟」
「勘弁してくださいよ源司さん」
と和やかな雰囲気。俺は一條さんに聞いた。
「る、瑠菜。あの方は?」
「あの人はねぇ、ママのお兄ちゃん。お年玉いっぱいくれる伯父さんなの」
お、伯父さん!? てことは大河原家のかたであって、要注意人物なのでは? しかし体を伸ばしつつお父様の肩を抱いて、お父様も気さくにお答えなすってるぞ? あれ? この二人って仲良いの?
「ねえ瑠菜、お父さんと伯父さんは仲いいの?」
「うん。しきたりでパパはこのおうちにくると、別棟で眠らなくちゃならないんだけど、伯父さんはお酒を持って夜仲良くお話するみたいだよ」
へー、じゃあこの人はお父様のお味方……。使用人ですらお父様を下扱いにしてたのに。でもママさんのお兄さんが味方なら心強いじゃん。
一條さんに連れてこられた夕食を食べる場所は、旅館とかにある大宴会場みたいに広いお座敷だった。えーと、このお屋敷、リビングとかないんですかね? 全く落ち着く場所がなさそう。
上座のテーブルには、あのデスゲームの巨大モニターで見たおじいさまのお姿。そして、伯父様はお父様の肩を抱きながら、おじいさまの元へ……。なんか伯父様もお父様も戦場に行くように顔が真剣だぞ?
そして、伯父様はおじいさまの左手側の席にお父様を連れて行くと、ハッとして声を張り上げた。
「誰かある! 悟の席が用意されておらん!」
すると使用人たちがバタバタと駆けてきて、オロオロしているようだったが、下座に設置されていた椅子を持ってくると、上座に据えた。伯父様はお父様へと微笑む。
「すまんな悟。家中のものの教育が行き届いておらぬようだ。さあ座りたまえ」
そう言ってお父様を座らせ、自身はおじいさまの右手側の席に腰を下ろした。おじいさまの顔が怖い! 苦虫百匹を噛み殺してません? ああ空気が……。ママさんと俺たちは別のテーブルへと腰を下ろす。俺は瑠菜の隣に座った。俺たちの下座には、親類とか縁者のかたがたも来られて、続々と二十人くらい集まっていた。それからおじいさまの短い一言。
「では夕食を始めよう」
そうすると、みなさんその場でペコリと頭を下げる。一條さんだけ元気に『いっただっきまーす』と合唱しながら言っていた。うーん、控えめに言っても可愛すぎ。
松茸、食べたことなかったけど、こう言うのなんだね~。美味しい美味しい、使用人さん、ジャンジャン持ってきちゃって!
と思っているとお祖父様が一つ咳払いをして話し出した。
「うぉっほん。縁者のみなに改めて紹介しよう。儂の横に控える一條悟は、娘の香瑠の夫である。そして、瑠菜の隣にいるのは、瑠菜の恋人で婚約者である」
お祖父様の声小さい。モゴモゴ、モゴモゴ。でも聞こえたぞ。俺たちの紹介。そこですかさずお父様が立ち上がった。
「皆さん。私は一條として、妻に香瑠を娶りました。今後とも宜しくお願いいたします」
というと、伯父様はパチパチと拍手するので、他の親類縁者のかたがたも拍手した。そして、お父様は俺にも立ち上がるよう進めてきたので挨拶した。
「ええっと、僕は森岡空と申します。瑠菜さんとは真剣に交際しております。将来は一緒になりたいと約束もしております。どうぞよろしくお願いいたします」
照れながら言った。一條さんも頬を抑えて照れてる。えへへ、お揃いだね。なんて思ってると、伯父様はお祖父様に代わって使用人に指図して何やら筆箱みたいなのを持って来させていた。そして言う。
「森岡くん。瑠菜との婚約、若いのに言いきるとは素晴らしい心意気だ。ここに誓紙を用意したので、押印してくれたまえ」
俺と一條さんの前に一枚ずつ契約書のような紙が用意されてた。そこには『一條瑠菜と将来結婚します』と言う文言。一條さんのほうには『森岡空と将来結婚します』と名前だけ変わっている。
一條さんは、筆箱に入っている小刀で親指の先を切って母音を押した。
え? 血判? ちょちょちょ、そんで俺の方を見て、さあ空くんも、的な顔。ええ!? だって血判ってなんですか? ヤの付く商売でもあるまいし。
俺は誓紙を手にとって、細かい文言にも目を通した。そこにはこう書いてある。
一、結婚前に心変わりしたら自害します。
一、将来瑠菜を餓えさせたら自害します。
一、瑠菜に悲しい思いをさせたら自害します。
一、浮気や不倫は許されません。そんなことをしたら自害します。
じ、自害? 切腹的な話ですか? わー……。何かあったら死んでお詫び。おじいさまは、決して手を抜いてはいなかった! わずかな過失を見咎め、この森岡空を殺すつもりなのだ。
うっ……。一條さんの目が、どうしてすぐに血判しないの? 悲しいんだけど。悲しませたら死あるのみなんだけど、という顔をしそうだぞ!?
うう、くく。押すしかあるまい。俺は小刀を手に取ると、親指の先端を切って血判を押した。
「んふ。これで空きゅんと婚約だもんね~」
おお、一條さんの可愛らしいお顔~。でもいいか、こんな可愛い人と一緒にいれるなら。
こうして、俺と一條さんは正式に婚約した。内容は怖いけど。
◇
その夜、俺とお父様は同室で寝ることになったが、そこには伯父様の源司さんが酒を持って現れた。
「よう悟。そして瑠菜の婿の空くん!」
なんかいい人。俺も仲良くしなくちゃ。話が進む中で、俺は伯父様へと言う。
「しかし、伯父さんはお父さんと仲がよいですね。やっぱり幼馴染みなんですか?」
と聞くと、目を丸くした。そしてこう言った。
「いやいや。俺は父みたいに陰険じゃない。空くんは知らんかもしれんが、悟は世界最強の男なのだ。その世界最強を正々堂々と俺が倒すつもりなんだ。そして世界最強は俺だと示したいだけなんだよ。まあ空くんは大丈夫。安心したまえ」
ふーん。そうか、俺は大丈夫なんだぁ。ってオイ! お父様を倒すって……。やっぱり大河原家の人たち怖い! みんな怖い!
そんでお父様って、世界最強なの? うっ。しんどい。この人にマジで怒られたら死ぬかも知れない……。




