第四十話
一体なんだってんだ、この通路? 俺はお父様とともに、細い石壁の道を歩いている。なんでも一條さんのママさんのパパさんのオウチは代々の忍者の棟梁で、政財界の諜報活動もしてらっしゃる家系なのだとか。そのお屋敷の罠だらけの通路。侵入者を殺すための。その道を、俺とお父様は歩かされている。なぜなら──、殺されるために。
こ、怖い! なんだっての、この大河原家ってとこは! 一條さんのママさんには婚約者がいたらしい。それは大河原家をさらに躍進させるための政略結婚。だけど、お父様はそれをさらってお二人は結婚なされた。そして一條さんが産まれた、という美談。
でもその裏では、おじいさまは激おこで、お父様を亡き者にさしめんと暗躍なすっておらっしゃったのです。
しかしながら、お父様は人並み外れた身体能力で、その無理難題をクリアなすって来たのでした。
いやいや、もうどこから突っ込めばよろしいです? 俺は普通の人! それがなんの因果でこんなことに巻き込まれているのでしょう? 先週は一條さんとソファーの上で寝転びながら抱き合ってました。
「瑠菜ちゃあん、今度は上になってキシュしてよう」
「やーん、空きゅんかわいい、かわいい、赤ちゃんみたーい」
「おう……。ほらもっとお胸くっ付けて」
「なんかやらしいな~」
「早く瑠菜ちゃんの女の子の日終わんないかな~」
「来週は、大丈夫だよ」
「じゃ、来週」
「うん」
「しよ、ね?」
「うん」
なーんて、なんて。やってました。幸せでした。そしてその来週って今さ! それがどうして、お父様の背中に張り付いてます? どうしてお尻と足首が痛いんです? もー、夢なら覚めてくれー。早く帰って一條さんとエチエチしたいよお。
「空、見ろ」
立ち止まったお父様の背中に衝突。そしてお父様の指差す方向を見ると、通路の高さが低くなっている。そのいきどまりには木の扉が上に付いていた。
「開けてみる。お前は下がってなさい」
「は、はい」
お父様は、腰を低くして木の扉の下に行くと踏ん張って木の扉を持ち上げるように開けた。おそらく土が重なって相当重くなっていたと思われる。お父様じゃなくちゃ開かなかったー! ぺっぺっ。なんか、すごく砂が飛んできて口に入りました。
お父様は扉から顔を覗かせ、辺りを確認すると外界へと出た。そしてそちらから手を伸ばす。
「空、来い」
「は、はい」
お父様の手を掴むと、易々と引っ張り上げられた。そこは懐かしき外の世界。はー、空気がうまいっす~。
回りは松林となっており、おそらくここが松茸山なのであろう。すぐそばに『順路』と書かれた看板まである。
「お父さん、松の木ですよ」
「そうだな」
「さっさと採って戻りましょう!」
俺は駆け出したが、すぐさま襟を掴まれて息が止まった。そして、悶絶。一体なに?
見ると俺の足元は抜けて大きな穴が空いている。中には針山のような竹槍。マジかよ。
お父様は、クレーン車で吊り上げたように俺を自身の後ろに回して下ろす。俺は安堵して細くため息をついた。
「気を付けろ」
「は、はい」
穴を回避してしばらく進む。そして何でもないところで立ち止まり地面に落ちてる木の棒を掴むと、ひょいと放り投げた。
バチバチバチバチ!
たちまち木の棒は電気を帯びて火に包まれた。地面に落ちたそれをお父様は踏みつけて消火する。
「電気柵だ。おそらくは動物避け、そして盗人避けだろう。迂闊に足を踏み入れるな。俺と同じように歩け」
「う、うす」
こ、こーわい。一難去ってまた一難! もう瑠菜ちゃんに電話して声が聞きたい! 今すんごく瑠菜ちゃんに会いたい!
でもお父様はやっぱり頼りになるぞ。ホントに普通のサラリーマンか?
お父様は、警棒の長いのを出して辺りをバサバサしながら歩いていた。そして虎バサミや、縄の罠を見つけてた。
「見ろ。何があるか分からん」
「お、おいっす」
余りにビビって、三歩ほど後退りしてしまった。
カチリ……。
カチリ? なにその機械音……。俺は足元を見ると、明らかに山にはそぐわない形状なものを踏んでいた。
「お、お父さん……」
「どうした?」
「あ、あの、何か踏んで……」
「ん……? 地雷か……」
お、おい、おじいさま! これ案件ですぜ? いくらなんでも地雷は……。今俺は地雷の突起に足を乗せていたのだった。しかし、お父様は感心している。
「ほう、運が良かったな。ずいぶん古いタイプの地雷だ。今のは踏んだ途端爆発するのが多いが、これは踏んだ圧力がなくなったら爆発するやつだ」
「い、いや、全然運良くないっす!」
「まあ少し待て」
そう言ってお父様は、先ほどの通路にひらりと降りていった。えー! お父様! 一人にしないでえ! と思ったら、お父様は石垣みたいなのを一ブロック持って帰ってきた。
「うん、おそらく空と同じくらいの重さだ」
そして音も立てずにブロックを俺の地雷のスイッチを踏んでいる足の横へと置きながら言う。
「怯えるな。帰りたいだろう。少しずつ足をブロックとは逆にスライドさせろ。俺はブロックをスライドさせて行く」
俺の鼓動が跳ね上がる。失敗したらしゃがみこんでいるお父様も道連れだ。くおおお……。
汗がしたたる。足が震える。だがやる。
俺は少しだけ足をずらすと、お父様はそれを見逃さず、現れたスイッチへと一気にブロックをスライドさせた。それは俺の身を半分突き飛ばす形で。
俺はその場に倒れ込んだ。
「ふう」
お父様の冷や汗を拭いながら漏らす声。
「あ、あった!」
それは倒れ込んだ俺が目の前に群生する松茸を見つけた声。五本ほどの松茸がそこにあった。
「よし、でかした!」
お父様は土を掻き分け素早くそれを採取した。そして服にたくさん付いているポケットへと捩じ込んでから言った。
「うむ、あと15本だな。時間は戻ることを考えて後30分ほどだ。慎重に急ぐぞ、空!」
「は、はい」
す、すげえ! おじいさまの残虐、暴虐ぶりもすごいけど、お父様もやっぱりすげえ!
お父様は罠を探し、解除しながら歩く。俺はその背中に引っ付きながら、松茸を見つけ、お父様へと報告するとお父様は喜んでそれを採取していた。数はまとめて19本。残り一本となっていた。
「よくやったぞ空。やっぱりお前がパートナーでよかった。俺一人では罠を探すので精一杯だった。こんな状況でもよく見つけてくれた」
「い、いえ。お父さんがいなかったら、とても……。命も何度も救われましたし──」
「まあな。時にお前は本当に瑠菜と結婚するつもりか?」
う。なんでこんな時に。結構そのワードはお父様の逆鱗に触れてしまう可能性が高いぞ?
『は、はい。お父さん』
『なにい手前ェこの野郎! この巨大食人植物のエサになれ!』
『うわあ! こんなのもこの山にいるのかー! 溶かされるー!』
『はっはっは。これは事故だ空。瑠菜はお前に渡さん!』
こ、こわ! お父様は今は味方でも、本来は俺が大嫌いなのだ。で、でも『いいえ』と答えたら『じゃあタダで娘の唇を味わっただけか! 熊に喰われろ!』『ひーやー!!』となる。一番いい答えを導き出せ、俺!
「あのお父さん」
「うむ」
「俺は今回のことでお父さんに最上級で尊敬しました。そんなお父さんの息子になりたいです」
「は?」
お父様はすっとんきょうな声を出したかと思うと笑い出した。
「はっはっは。遠回しだな。つまり瑠菜と結婚したらそうなるってことだろ?」
「い、イエス。お父さん」
「なんで英語だ? よし分かった。空、俺もお前を息子にしたい。それには、だ」
お父様は立ち止まると、熊笹に向けて回し蹴りを放つ。俺は驚いて目を閉じたが、そこには鉄杭のようなものがあり、その先端にはカメラが付いていた。




