第四話
俺たち二人は公園から出た。俺は必死に精神を持ち直す。さっきキスした。さっきキスした。一條さんの惑わしには負けない! 俺は強い、俺は勝つ!
そして一條さんの家に。その途中、またこの地獄の大悪魔は俺を揺るがす。
「あの、空くん?」
「なに? どした? 瑠菜ァ……」
「あの、週末デートのことなんだけど……」
「で、デートぉ!?」
思わず声が上ずった。いかん! 敵に気付かれる! 敵襲に備えて葡萄前進! いやなんだ、ブドウって! 匍匐! 匍匐前進!
危ない、またもや一條さんの銃弾に撃たれるところだった。
週末デート! ナニそれ!? この精神疲労を回復させるために週末は一日中寝てようと思ったのに、この女帝は権力を行使して、それすら許さんということか!?
「あの、空くんが週末デートしようって……言ってたから」
うっ。言ったっけ? あ、言った。昨日のここで、この場所で──。あの時は勢いの無我夢中で。
う、うそだろ!? デートだって? このモデル級の超絶美女とぉ!? はは……、夢や、夢だがや。浪速のことも夢のまた夢……。
い、いや、現実に戻れ、俺よ。まだ死ぬときではない。一條すゎん! なぜ嘘告して、俺に気など一切ない君が、そんな自らデートを求めるようなことを?
はっ! そうか!
俺は、ついぞ先日までキスも知らぬ陰キャ、二軍勢。それがデートの服など持ち合わせているわけがない。
そ、そうだ。それが美麗的貴族である一條さんの隣に並ぼうものなら、蝶と芋虫。花と豆。星と土くれ……。
当たり前のように世間さまから陰口を叩かれ、苦笑されること受け合い。
謎は全て解けた! だからこそのデートの誘い! そして俺を荒野に殺し、野ざらしにするつもりなのだ……。
「それでね、美羽ちゃんに言ったらダブルデートしようって言われたんだけど、どうかな?」
だ、ダブルデート!! 美羽ちゃんとは、一條さんの親友、加川さんのことだ。こちらも美少女。たしか彼氏はサッカー部の御堂とか言うイケメン!
一條さん、加川さん、御堂、俺。並んでみたら、美、美、美、並。オーマイゴッド。その同級生たちの前に、俺の陰キャファッションをさらけ出す!
ネルシャツにジーパン。まさにオタクかゾンビの服装!
単体デートの際はせいぜい見知らぬ人々に晒すだけだが、この連中の前であれば恥は倍増! 効果はバツグンだぁー!!
草に炎、水に雷、岩に格闘!
あ! 野生の『俺』が飛び出してきた!
そんな感覚で俺を倒すつもりなのだ。
一條さん、君は天使のように可愛いのに、なぜにそう残酷なのだ……。
「ねね、いいでしょ? いいでしょ?」
「もちろんだよ、瑠菜ァ」
くぁ! な、なんと言うことでしょう!? 一條さんの可愛い上目遣いに負けて断ろうと思ったのに安易に受けてしまった!
こ、これが宗教の勧誘だったら受けていた。壺を買って詐欺られていた。マグロ漁船に乗せられていたァーー!!
く、くそ! この魔法少女! 俺に魅了の術をかけてやがる! 幻術に魅せられているゥ!
このまま、俺は……! ああ、週末が怖い!
一條さんに、土曜日と決められた。もうすでに加川さんと決めていたらしい。土曜日にされたら、もう服も買いにいけない。つまり、俺は……。
タンスを開ける。ネルシャツとジーパン。タンスを閉じた。また開けた、ネルシャツとジーパン。本当にありがとうございました!
その時、ドアをノックされる。その主は中三の妹、海だった。
「お兄、マンガ貸して~、あれ? なんでタンス開けてため息ついてんの? まさかデートぉ? そんなわけないか」
結論はや! な、なんでですか? 兄がデートで服に迷ってたらダメですか?
くっ、この妹は俺とは違い、顔立ちもよい。そして、なにやら彼氏もいるらしい。
認めよう。妹は俺とは違う陽キャの世界の住人だと言うことを……。
妹がさっさと本棚からマンガを取り出して部屋を辞去するところを止めた。
「デートだ」
「は?」
「デートだよ。でも服がない」
「え? お兄ィが? デートぉ!?」
妹は俺のベッドに倒れ込んでしまった。
「笑え。笑い終わったら服のアドバイスをくれ」
「ケケケケケケケケケーー!!」
いやどう考えても悪者の笑いかた。なにが可笑しいってんだよ! どいつもこいつも。
三分ほど笑ったところで、ようやく妹は身を起こして涙を拭いていた。
「じゃ、見せてよ」
「なにをだよ」
「彼女の写真」
「ば、バカ、お前……」
「まぁまぁ、でも見なきゃ彼女に合うファッションなんて分かんないでしょ。向こうの系統が分かんなきゃさ」
「写真は……、ない」
「どうして?」
「まだ付き合ったばっかりだからだ」
「ふーん。じゃ自撮りしたの、トークアプリで送って貰えば?」
「あ~……、アプリか」
「ホラ、すぐメッセージ送る」
「は、はい」
俺は一條さんにメッセージを送った。待ち受けにしたいので自撮りの画像をくださいと。するとすぐに既読がついたものの、画像はなかなか送られてこない。
そりゃそうだよな……。一條さんは俺をただもてあそぶために嘘告した女! 俺のリクエストなど、受け入れてくれるはずなどない。
「まだなの? ま、どーせ岩タイプポケモンみたいのだと思うけどさ」
妹の煽り。そんで岩タイプのポケモンって。影も薄い! しかし、嘘告なんですとも言えん。妹はベッドに座りながらカタカタと貧乏ゆすりをしていた。明らかにヒステリックな兆候が出ている。
しばらくするとメッセージだった。
『やーん、ハズイよぉ。お部屋片付いてないもん。でも壁が白いとこ見つけたから送るねー』
か、壁? お、おう、そうなのか……。
と、思っていると、一條さんの自撮りが送られてきた。ドアップで頬の横にピースしている。
「か、かわいい」
「ん? どれどれ?」
うご! 思わず声が漏れてしまった! その声を聞き付けて妹にスマホを見られた。そこには一條さんの顔。
「う、うそ。一條先輩?」
「あ、う、うん」
「なんだ、ウソか」
い、いや、結論早すぎでしょ! さすが妹! 一條さんの嘘告を一発で見破った!?
妹が一條さんを先輩と呼ぶのは、一條さんは俺が中三の時に転校してきたからだ。一條さんは、その容姿と人徳によってすぐに目立った存在となったので、妹すら知っているのだろう。ちなみに妹の同級生は俺のことなど知らんだろう。
すると、妹の右手が俺の襟を掴み、強引に胸に引き寄せられてしまった。
「なんで一條先輩が、お兄と付き合うわけ? なにしたの? 催眠アプリ?」
「だー!! 違う! そんなアプリ、ホントにあんの? 教えて」
「興味そっちかよ! このスケベ! ホントになんで先輩と付き合えるわけ?」
「し、知らねーよ! 向こうから告って来たんだから」
暫時静寂。
そのうちに妹から感嘆の声が上がった。
「へー、見る目あんじゃん」
「え?」
「まぁ、顔は今二つのお兄と付き合うって気持ちがあるなんていい人だと思うよ」
「おいおい、せめて今イチにしてくれ」
「よし。服ね、さあ~、どれがいいかなぁ」
そう言って、ベッドから降りた妹は、俺のタンスを物色し始めた。
「あー、はいはい。んー、全部悪趣味。ゴミの山、バイ菌の巣窟ね」
「おいおい、ヒドイな」
「ボトムスはジーパンだけかよ。困ったヤツだなぁ」
「ごめんなさい」
「はいはい、じゃこの黒のパーカーとぉ、この白シャツと、このジーパンでいいんじゃない? ちょっと着てみて」
「お、おう」
俺は言われるがまま、それを着た。そして鏡の前に立つ。
「こ、これが俺?」
「え? 感動するほど、なにか変わった?」
妹は呆れていたが、ふふーん、なるほど。こうやって着こなすのかぁ。ファッションって不思議だなぁ。
ふっふっふ。見てろよ、一條瑠菜!
【人物紹介】
◎森岡 海
中三。空の妹。兄の空を尊敬し、敬愛しているものの兄の前では強がっている。友人も多く、恋人もいるようだ。空には的確なアドバイスをくれる。