第三十九話◆一條悟
俺は空の首に手刀を落として気絶させていた。正直、空は足手まといだ。一人のほうが気楽に動ける。
「ふふん、それでいいのか一條の小倅。そんなお荷物を背負って裏山で立ち回ることができるかな? 猪の時のように俊敏には動けまい」
頭上のモニターから嘲笑するような声が降ってくる。俺は義父である、大河原源蔵に答える。
「さて? 出来るところまでやって見せますよ。そしたら香瑠さんとの結婚を認めて貰います」
「はっはっは。それは目的の物を採って、さらに時間内にワシの元にたどり着いて、結婚させてくださいと言えたらだ。松茸までなら出来るかも知れんが、この広い屋敷のどこにワシがいるか分かるかな?」
そう言うと、モニターには砂嵐が吹き荒れ、やがてそれも消え真っ暗になった。
ふん。どうやらまたこの真っ暗な中から通路を探し、山へ抜けなくてはならないようだな。
俺はジャケットの内側のポケットから首掛けのLEDライトを取り出し点灯する。たちまち明るくなったところで空の体を担いだ。
なんだこの貧弱な体は。もっと筋トレさせねばならん。まあ、軽いから今回ばかりは労苦にはならんが。
俺は部屋の中にある地下への扉を見つけた。もう何度目かだから場所は分かる。まるで地下鉄の通路のようになっている。まあ、壁も床も石造りだからひんやりとしているが。
少しばかり長い回廊を空を担いで歩き続ける。そして一定の場所で尻のポケットから警棒を取り出す。これは伸ばすと結構長い。まるで杖だ。
そこで石床の少しだけ浮いているものを突く。すると横から矢が飛んできた。仕掛けは前回同様健在のようだと苦笑した。
まったく、義父は完全に俺を殺したいらしい。あの親からどうして香瑠みたいなのが産まれるかね?
一応仕掛けの場所は把握している。それ以外の場所は踏まないように注意しよう。歩みを進めると、上から石垣が降ってきたので裏拳で粉砕する。前から飛んできた鉄棒は横蹴りでへし折った。俺の靴には鉄板が入ってる。こんなものなんてことはない。
さて分岐点だ。前は右が猪、左が熊だったな。では正面が松茸か。こちらに進むのは初めてだ。
「う、うん……」
ん? どうやら肩の空が目を覚ましたようだ。とりあえずここで小休止だ。
「起きたか?」
「う、うご! お父さん!」
「おう。少しばかり寝てもらっていた。なにしろ地下通路には罠が仕掛けられているからな。変な場所を歩かれると困る。黙ってやったのは悪かったがな」
「ち、地下通路? 松茸は?」
「ここは昔、忍者の棟梁だった頃の大河原家の脱出通路らしい。だが侵入者を拒む仕掛けもしてある。この道から裏山へ抜けることが出来るんだ」
「に、忍者の棟梁の家系? もう、なんでもアリってことですね……」
「そうだな。少し休もう」
俺たちは、少しばかり身を休めた。時計を見ると15時10分。40分ばかりこの通路にいることになる。ポケットから190ミリのコーヒー缶を出して二人で飲んだ。ゴミは通路の端に置いた。後は使用人が片付けるだろう。
さて今回も生きて帰らなくてはならない。目の前のお荷物を連れて。一人ならどうにかなったが今回は二人か。少し厳しいか?
「行くぞ、空」
「は、はい」
俺たちはLEDライトの明かりで道を照らしながら進む。前からは風が感じられない。恐らく出口は隠し扉で密閉しているのだろう。
「うえ! お、お父さん!」
「ん?」
空は歯をカチカチと鳴らして、道の先にある左側の壁を指差す。そこには槍を貫通させた白骨死体があった。
「なるほど、いつの時代か知らんが、ここから侵入して大河原家の屋敷に忍び込もうとした賊がいたんだろう。苔が付いてるところを見ればかなり昔だな。つまりあそこには槍が飛び出る仕掛けがあるぞ」
「いいいいい、しかし……」
「まあ見てろ」
俺は床に落ちている小石を拾って、その辺に投げてみた。すると、右側の壁から槍が突き出てきた。
「ふむ、あそこは踏むなよ」
「あわわわわわ」
仕掛けを飛び越えながら先へと進む。背中にいる空が引っ付いていて動きづらくて叶わん。
「ん?」
「と、扉?」
空の言った通り、石の扉だ。しかし重くて開きそうもない。とりあえず近づいてみたが、一枚の石扉だ。横に引こうにも、前に押そうとしてもビクともしない。
「お、お父さん?」
「どうした?」
「あ、おそこにあるのは扉のスイッチでは?」
「ふむ。たしかに浮いている石があるな」
横壁に、少しだけ浮いている石のタイルがある。押してみると、石扉は音を立てて上へと上がった。
「よし、気を付けながら前に進め」
「は、はい」
空を通路に進め、俺は警戒しながらその後ろを追う。しかしそこは小さい部屋で、上に上がる梯子もない。完全な行き止まりだった。
すると、先ほど上に上がった石扉が突然下がって、俺たちの後退を妨げたのだ。
「しまった! 罠だ!」
「え?」
その途端、上部の穴からドゥドゥと水が流れてきた。なるほど、この石の扉は水を逃がさないためか。俺はすぐさま部屋の中にライトを巡らし、辺りを確認した。
「お、お父さん!」
「うむ、これは水牢だな。俺たちを溺死させるためのトラップだ」
「そ、そ、そんな悠長な~」
「空、見ろ」
「え?」
俺の照らした部分には小さい穴があった。それは扉の左上部で、水が出ている穴の逆側だ。空気を逃し効率よく水をスピーディーに入れるためのものだろう。おそらく水が天井に迫る頃には勝手に閉まる仕掛けのハズだ。急がねばなるまい。
「お前、あそこから部屋の外に出て、扉を開けるスイッチを押してくれ」
「そんな、だって大分高いですよ?」
「そうだ。俺が抱えて押し上げてやる。あの穴の大きさでは体格的に俺は入れん」
「で、でも、あの穴から通路側に飛び降りるんですよね?」
「そうだ」
「高過ぎます!」
「うむ。怪我くらいはするだろうが死にはせん」
「あわわわわわ、そんな無茶な」
「そんなこと言っていたら瑠菜に会う前に死ぬぞ? それでもいいのか? 根性見せろよ」
「あう、あう、あう、や、やります」
「よし頼む」
俺は空を引っ付かんで、リクエスト通り足から穴に差し入れてやった。どうやら足から飛び降りるらしい。こっちの水のほうも膝の高さまでになってきた。早くしないと圧力で扉も開かんかもしれん。
「いて!!」
扉の向こうから着地音と声。どうやら空は着地に失敗したらしい。
そのうちに石扉は音を立てて開いた。一気に水は流れだし、空は水に押し流されている。何をやってる。
「飛び道具が出る罠があるかもしれんから、何かに捕まって止まれ!」
「うわ、はい!」
必死に壁を掴んだらしい。ライトで照すとどうやら通路があったようだ。来るときは気付かなかったが、こちらが本当の道のようだな。
俺は床に転がっている空に手を伸ばした。
「やっぱりお前を連れてきて正解だったな。水牢からは出れたし、道も分かった」
「はあはあ、マジっすか」
「おうとも。さすが瑠菜の婿だ」
そう言うと、空は荒くしていた息をくっと飲み込んで笑顔を作った。
「お父さんの役に立てたならよかったっす」
やれやれ、気持ちのいいヤツだな。では松茸を採りにいくか、森岡空よ。




