第三十六話
文化祭実行委員のため、一條さんと帰れない日々。その日は実行委員に命ぜられて体育館のステージへと行くと女子の実行委員が作業していた。
我がクラスの実行委員の女子は加川さんだった。どうやら俺が腰を痛めて休んでいる間に決まっていたらしいので知らなかった。
「あれ? 空くん、何してんの? 瑠菜は?」
「ああ、加川さん! そーなんだ実行委員? 助かった~。俺、生徒会長に無理やり実行委員にされちゃってさあ、他の委員とか生徒会役員にこき使われてるんだよ~」
「なるほどね、他の委員の男子は瑠菜と付き合ってる空くんを目の敵にしてるのね、でも生徒会役員は?」
「それがさ……」
俺はワケを話した。おそらく生徒会長の鳴門先輩が国永さんを好きだということ、そして生徒会長の命令の元に会長を尊敬している役員たちは俺をいじめるのだろうという憶測を。
「はいはい、あの人、陰険そうだもんね~」
「それより国永さんを何とかしてよ~。すげえ迷惑してんだよ~」
「あの子も悪い子じゃないんだけどね……」
「そうなんだろうけど、このままだと味方に背中から撃たれっぱなしだよ」
「それより、空くんを無下に扱う鈴木たちも許せないよね」
「うん、まあね」
「よし。この加川のお姉さんが抗議してあげる!」
「え?」
加川さんは、驚く俺を引き連れて早々に文化祭実行委員室のドアを開けた。驚くアンチ森岡の面々。
「ちょっと、鈴木と山田と佐藤。こっちに来てくれる?」
「え? お、おう」
呼び出されたアンチ森岡の皆さんが部屋の外に出た瞬間、加川さんはピシャリと扉を閉めて詰め寄った。
「あんたたち! 空くんに意地悪してるみたいじゃない。陰険だよ。そーゆー性格の悪いこと止めてくれる? あんたたちに空くんは預けておけない。これからは実行委員女子で預かるからね!」
すると三人は素早く頷いた。
「どーぞ差し上げます」
「……なんか、すんなりだね。それにしてもあんたたちどうしたの? 大丈夫? 猫に引っ掻かれた?」
「それと犬に噛まれて、カラスにつつかれた、蜂に刺された」
たしかに彼らはそこらじゅうに絆創膏をして、袖口からは包帯のようなものが覗いていた。
そんなそんなで加川さんのお陰で実行委員男子と離れることができた。
加川さんと雑談しながら文化祭の準備最高。俺と加川さんと複数の女子はステージを飾るティッシュの花作り作業がメインとなった。
彼女はリーダーシップがあり、同級生や後輩を上手く使い、仕事を切り盛りしてくれた。頼りになります。
そして20時となり、生徒たちは校内から出ることになった。俺は加川さんとともに校門を出た。
俺は伸びをしながら言う。
「あー、腹減った」
「何か食べたくない?」
「ちょっとね。でも家すぐそこだし」
「ひどーい、あたしなんて駅二つ向こうなんだよ?」
「だよね~」
「ね、エムドに付き合ってよ」
「駅前じゃん。かなり遠回り」
「お願い、お願い。空きゅーん」
「もう。しょうがないな~」
俺は加川さんと横並びになって、楽しく会話しながら駅のほうへ。加川さんは本当に楽しい人だ。可愛いし、気が合う。
加川さんはエムドでパンバーガーをテイクアウトし、ダブルデートした時の駅前の公園へと俺を連れてベンチに座った。俺もその横に座ると加川さんは眉をハの字にしてお腹を押さえた。
「あーん、またお腹鳴っちゃった。聞こえた?」
「いや全然」
「すごいよ。触ってみて」
彼女は俺の手を取って自身の腹へとくっつけた。俺も手のひらを当てて、少しだけ目を閉じて感じてみる。
「ん~、ホントだ。グルグルなってる~」
「やーん、恥ずかし~!」
手のひらに感じる、キューとかグル~とかゴゴゴーみたいな僅かな揺れ。加川さんの柔らかなお腹の感触が伝わった。
「やだあ~、恥ずかしくてドキドキしてるよ。触ってみて」
「え?」
そう言って彼女は、お腹に当てさせていた手を今度は左の胸……少し中央よりに当てさせた。確かに彼女の鼓動が伝わるが、これは……。
俺の手は少しだけ加川さんの乳房に当たっていた。ひょっとしたら親指の付け根辺りは彼女のデリケートな部分に少しだけ当たっているかもしれない。俺は顔を赤くしながら、これは心音を確かめる行為なんだ間違った行為ではないと、少しだけ手の位置を乳房に当たらないようずらした。
「ね……、聞こえる?」
「う、うん。感じるよ。トキン、トキンって……」
なにかおかしい。俺たちは友だち同士なのに。信頼出来る男女の仲なのに。俺には一條さんという彼女がいるのに──。
公園の街灯は茂る樹木の葉の向こうにあるので、俺たちの回りは薄暗かった。
俺たちは沈黙して顔を見つめ合っていた。少しずつ互いの顔が近づいて行く。行ってしまう……。加川さんは目を閉じてしまった。
トキン、トキンがドキドキドキドキと変わるのが分かった。
俺の唇は、彼女の顔に近づいて、唇を通過して彼女の耳元に囁いたのだ。
「加川さん? ダメだよ。変な雰囲気になっちゃったよ?」
彼女の俺の手を握る力が弱まって、やがてそれを放した。
「やだっ。空くんが悪いんだからね? な、なんかセクシーオーラ出すんだもん」
「う。そ、そうかな?」
「なんかやらしいよね~、あたしも堕とされかけた。ふーん、瑠菜にそうするんだねぇ」
「ちょっと、ちょっと加川さん、勘弁してよね~」
加川さんはテイクアウトしてきた紙袋を開けてパンバーガーを取り出す。そして、俺にも何かを渡してきた。それはホカホカのチョコパイだった。
「お、マジ?」
「まーね。お腹空いてるのに付き合ってくれたお礼」
「悪いね~、チョコパイ好きなんだ。食べるの下手だけど」
「ポロポロ落ちるし、チョコはみ出すよね」
俺たちは並んでそれぞれのものをパクつく。案の定、俺の口の横にはチョコがはみ出してしまった。それを加川さんは指で掬い取る。
「下手っぴだね~」
そしてそのまま、自分の口に入れてしまった。その指の動きがなまめかしく、俺は見とれて口の回りを拭うのも忘れていた。加川さんの人差し指が彼女の唇にすっぽりと収まり、ねぶった後でチュポンと音を立てて引き抜いた。
「甘いね」
「う、うん」
な、なんだこの雰囲気。おかしい、おかしいぞ? 彼女は上目遣いに俺を見つめた後で、破顔して笑った。
「やだおかしい。空くん、ホントからかい甲斐あるわ~」
ホッ。なんだ、からかいかあ。止めてくれよ。ドキドキする。俺ってチョロいのかな……。
すると今度は俺の肩に手を回す加川さん。
「ん? どうしたの?」
「ああ、写真。ほらもっとくっついて?」
加川さんはスマホを自撮りモードに切り替えてツーショットで写真を撮ろうとしていた。
「な、なんで写真?」
「んー? 空くんと友だちなのに一枚も写真ないからさー、こういう時じゃないと撮れないでしょ」
「ああそう? オーケー」
俺たちはカメラに笑って写真を撮った。そして画像を送るからと連絡先を聞かれたのでトークアプリのIDを交換すると、すぐに加工された画像が送られてきた。
「俺、犬かよ。加川さんはウサギなのね」
「そう。イメージに合ってるでしょ?」
「そだね」
「ねえ、文化祭と修学旅行もフリーの日は一緒に回ろうね?」
「ああ、うん。瑠菜も一緒に」
「もちろん。あと修斗もいるよ」
「良かった。仲直りしたんだね」
「ん? んー……」
「違うの?」
「うん、また友だちからやり直し」
「あー、でもいいじゃん。御堂くん、本気みたいだし」
「まーねー。別にどっちでもいいけどさ」
ふと公園の時計を見ると20時45分だ。俺は立ち上がった。
「やば。21時には瑠菜に電話する約束なんだ」
「あら。じゃ急がないと」
「うん、ゴメン。また明日学校でね」
「うん、じゃーねー」
俺たちは手を振りあって別れた。ホッ、いつもの加川さんだ。俺をからかうのが上手だなぁ。あんな風にこられたら普通の男だったらイチコロだぞ? ま、友だち同士のスキンシップなんだろうけどさ。
加川美羽、恐るべし。
おっと、それより走らないと21時に間に合わないぞ。お、瑠菜に続いて女の子のID、二つ目ゲットかぁ。相手は加川さんだし。なんか誇らしい。




