第三十五話◆鈴木浩司郎
急に初めて聞く名前だと思ったキミ! 俺だよ、俺! 第三話で祖父の形見のチェーンを落としたのを一條瑠菜さまに拾って貰ったアンチ森岡の一員だよ。その名も鈴木浩司郎十七歳だ、よろしく!
あの森岡空と我らがマドンナ一條瑠菜さまがお付き合いしてから、ずっと潜伏していたがついに森岡空を葬り去る時が来たのだ。
だいたいにして、森岡は俺たちと同じモブの一員だったにも関わらず、なぜに一條瑠菜さまに惚れられたのか、少しも理解できない。
きっと、なにがしかのアプリなど使って、精神を虜にしたに違いないと思い、アンチ森岡の面々とネットの世界を一斉捜査したが、そんなアプリなど見つからなかった。ぐおお。
代わりに催眠系の同人漫画情報はいくつかゲット出来たので、まあ良かったのではあるが……。
しかしなぜだ。どうやって? 読者のみんなも一緒に考えてくれよな!
しかしまあ何とも天祐なことに、森岡のアホは生徒会長さまに目をつけられ、文化祭実行委員会に命ぜられ、我らがアジトに来ることになった。ざまぁ! これは処刑しやすい。
とりあえずは、森岡に仕事を与え、その仕事ぶりに難癖をつけてみんなで叱りつけるという、合法いじめ! くくく。森岡め! 傷付くがいい。
森岡に早速仕事を与えた。新人なんだから、水を汲んできて窓でも拭いてろ、というやつだ。
どんな掃除だって完璧にはこなせない。そこに難癖をつけることなど簡単だ。ふははははは。
「じゃあ、森岡。バケツに水汲んで来て、窓でも拭いて貰おうか」
「う、うん。分かった」
ケッケッケ。ヤツはバケツを片手に部屋から出ていった。何と言う屈辱だろう。俺なら嫌だな。俺は回りのアンチ森岡たちと顔を見合わせて笑いあった。
ドンガラガッシャン! ザバーン! カラン、カラーン。コン、コン、コローン。
な、なんだ、今の音。アンチ森岡の面々とともに、部屋から顔を覗かせると、森岡のボケは廊下でスッ転んで、バケツの水をぶちまけただけにとどまらず、そのバケツを頭にかぶっていた。おそらく転んだ拍子に、的な。
「お、おい! なにやってンだよ!」
「ご、ゴメン。転んじゃって……」
「あーあ、どーすんだよ。おい、佐藤と山田はモップ持ってきてくれよ。森岡はジャージにでも着替えて来い! ドアホ!」
「あ、あの。転んだ拍子に展示物も壊しちゃったみたいで……」
う。よく見たら、三日かけて作った、文化祭で使用する案内用のブリキのロボットが壊されてる。廊下に置いて接着剤を乾かしておいたのが仇になった。くそぉ!
「うおい! これ作るの三日もかかったんだぞ!」
「ご、ごめん。作り直すの手伝うよ」
「当たり前ッ……」
『当たり前だ!』と怒鳴る声を引っ込めた。こんな何もない廊下でスッ転ぶようなヤツに緻密なロボット作りをさせられるかよ。
「いいからまず着替えてこい。それから考える」
「う、うん」
走り去る森岡を見ながら、俺は深い溜め息をついた。そして欠けたロボットを撫でさすってから抱えて部屋に入る。なんとか凹みは後ろから叩いて、接着をやり直せばなんとかなりそうだ。こぼれた水のモップがけは山田と佐藤に任せた。
ジャージに着替えた森岡が戻ってきやがった。こやつどうしてくれよう。とりあえず、窓拭きは危ない。この部屋の中ではB1サイズの文化祭ポスターを制作中だ。水でもこぼされた日にはたまらん。
逆に部屋に入れないほうがいいかもしれない。俺はポンと手を打った。
「森岡、キミにはスローガンを書いたA3サイズのポスターを廊下に貼ってきて貰いたい」
「ポスター貼り。『リア充を神回避』ナニコレ」
「今年の我が校の文化祭スローガンじゃないか。森岡、我々は学生だ。わざわざ求めてリア充なんてやってられん。受験に全てを打ち込む。その思いが生徒会長以下、大多数に受け入れられ、これに決まったのだ。まあ、お前には関係ない言葉かもしれがなぁ~!」
「お、オーケー。じゃあ貼ってくるよ」
俺はポスターと画ビョウを森岡に手渡すと、森岡のボケカスは、画ビョウの箱を落としてぶちまけやがったのだ。
「あばばばばば」
「バカ! なにやってる!」
「いて!」
「あた!」
「ギャア!」
画ビョウはポスター制作者のほうへと転がり、丁度膝の位置を変えたり、手をついたりしたものたちが運悪く画ビョウを刺してしまった。
しかも、その拍子に筆洗いバケツを転がし、端の絵が滲んでしまったのだ。
も、森岡……。こいつ、どこまで疫病神なんだ?
なんとか、今日という一日を終えた。ブリキのロボットもなんとかなった。B1ポスターは、明日みんなで何とかするとして……。
森岡のトーヘンボクの良さが分からん。一條瑠菜さまは、なぜあれに惚れてしまったのか? 今日一日散々だったのですけど? ものすごいストレス。
俺は佐藤と山田とともに校門を出ると、少し前に下校の生徒を見つけた。
はっ! 森岡だ!
見ると、森岡は一人で帰るらしい。最近は一條瑠菜さまを連れていたが、今は一人だ。
闇討ちするチャンス到来!
と、言えども、まともに襲う訳じゃない。『よ! 森岡!』程度に挨拶しながら、この革鞄で頭をどつくフランクな冗談いじめなら許されるだろう。そもそも森岡が悪いのだから、少しくらいの鬱憤晴らしは許されて当然だ、と佐藤と山田と話し合い、ニヤリと笑い合う。
しかし臆病な二人は尻込みした。
「マジかよ。一条さんに知れたら嫌われちまう」
「大丈夫だ。ちょっと鞄で小突くだけだよ」
「でも失敗したりしたら……」
「兵法を知らんやつは黙っとれ。いいか!?」
俺は森岡の背中を指しながら二人へと説明する。
「戦場では追撃するもののほうが有利である! ましてやこちらの兵数はあちらの三倍! 兵法に曰く『小敵之堅大敵之擒也』だ!」
なるほどと頷く二人を率いてゆっくりと森岡の後ろへと近付こうとした。
「ギャア、ギャア、ギャア」
ん? 空を見ると、夜闇にカラスの群れが渦を巻いて頭上を飛んでいる。おそらく少し離れた駅の灯りが強いので、まだ昼間と勘違いしているのだろう。
「ミャーゴ」
う。声に驚いて見ると、塀の上に猫が群れをなしてこちらを見ている。
「ワンワン! ワンワン!」
「ウォーン!」
「オンオン! オンオン!」
な、なぜだ? 一匹の犬が鳴き始めたと思ったら、連鎖して辺りの犬が鳴き出したぞ?
「鈴木くん」
う、も、森岡!? 気付かれたか? 俺たちが動物たちに気を取られている間に、森岡に距離をつめられていた。鳥や動物たちも、まるで森岡を援護するように俺を見ている……。
「い、いかん! これは孔明の罠だ!」
これは森岡の謀だったのだ。
簡単な仕事をミスし、自分自身がつまらない人間と見せかける。自分を弱いと見せたのだ。その手順で意地悪する邪魔な俺たちを引き込み、計略のこの地に踏み込んだところで、怒号を吠えた伏兵があちこちから出現して一網打尽にする。これぞ漢の名将、国士無双と言われた韓信の十面埋伏の計!
俺たちはまんまとそれに乗ってしまったわけだ。
「帰り道こっちなの? 今日はいろいろトラブってゴメン」
怪しく一歩、一歩と近付いてくる森岡。俺は後退り大量の猫がいる後ろの壁に背中を打ち付けてしまった。
どっどーん!
『鈴木死此壁下』
俺の脳裏にまんまと計略に乗せられ死す場面が容易に想像され、ダラダラと嫌な汗が流れた。
森岡の言葉が終わると同時に、一斉に森岡の援軍は鳴き出したので、一目散に焦って駆け出すと、右の側溝からはドブネズミの大群が、左の側溝からはゴキブリの大群が這い出してきたのだ。
「ホ、ホラー!!」
「退け! 退け! 森岡の計に乗せられるな!」
な、なんだ? 森岡のヤロウ……。アイツ、動物を使う術でも持ってるのか?
俺は頭上のカラスにやられないよう、鞄で頭を隠しながら、這う這うの体で逃げ帰った。
【人物紹介】
鈴木浩司郎:一條瑠菜を慕う男子生徒の一人のため森岡空を憎んでいる。フツメンの平均的モブ。家業はコンビニ。自身もそこでバイトしている。
山田・佐藤:鈴木の幼馴染みで小中高と一緒。昔から仲の良い三人。一條瑠菜を慕う鈴木に合わせているだけ感。今後出番があるかは不明。




