第三十二話◆御堂修斗
俺は校舎裏で待っていた。
こんなん初めてだ。女なんて勝手によって来て、勝手に股開くもんだと思ってた。
雑に扱った。無情なことも非道なこともした。自分にはそれが許されると勝手に思い込んでいたんだ。
だが、恋人だった美羽にフラれた。最初はムカついていたし、すぐに戻ってくるもんだと思っていた。だがそうはならなかった。変にこじれて、学校内に俺の悪い噂が広まり、俺の居場所は大きく削られてしまった。
そうなって初めて気付いた。俺は弱い人間だった。張り子の虎、虎の威を借る狐。威勢も立っている場所も、誰かのお陰でどうにかなってただけ。
俺に残されたのは数人の親友と呼べるものだけだ。彼らに支えられ、励まされ、自分という人間が分かって来た。
女関係は全て清算した。張り子にそんなもの似合わないし、そんなことしてたらますます誰もいなくなる。
そうやって、初めて人として認めて貰えると思ったんだ。
足音が聞こえる。この足音を俺は知っていた。その人物へと俺は顔を向けた。
「……なんだ、修斗かあ」
「美羽──」
美羽だ。美羽。彼女の机に手紙を忍ばせた。放課後に校舎裏で待っていますと、俺にしてはしおらしい文面で。
彼女は呆れたようにため息をついた。
「それで? なに? また憎まれ口を利くために呼んだわけ?」
「いや、違う」
「だったらなによ。まさか強姦するため!? 勘弁してよね」
「おいおい」
すると、美羽は少しだけ笑った。俺の様子がいつもと違うと感じてくれたのだろうか?
「あんた大丈夫なの? 夢唯に投げられたのは自分のせいだからね? 私を恨まないでよね」
「ああ。いやそんなことねーよ。確かに痛かったけどな。数日学校休んだけど」
「へー、あんた休んでたの?」
「知らねーのかよ。ま、そうだろうな……」
美羽の顔に、それほど俺への嫌悪感は見えなかった。
少し前まで、そんなこと気にもしてなかった。美羽は俺が行動する度に、顔をひきつらせたり、冷笑したりしていた。あの時から危険なサインは出ていたんだ。それを気付かなかった。どうせ美羽は俺のことが好きなんだと。美羽に嫌われようが他があると思ってたんだ。
俺は美羽に向かって、少し頭の角度を下げた。
「今まで、ごめん、な?」
「ええ!?」
顔を上げると、美羽は目を丸くしていた。ああ、その大きな目。魅力的な……。
「へー、あんたが、ねー……」
「反省したんだ。お前と付き合っておきながら、他にも女作ったりしてた。最低なやつだったんだ」
「それは今もでしょ?」
「まあ、確かに。でもさ、そう奴らは、みんな切ったよ」
「まあ、気の毒」
「え?」
「だって、そんなクソみたいな修斗のこと好きだから抱かしてたんでしょ? 切られた人たち、気の毒だよ」
「う。まあ、うん。そうか……」
俺は頬を搔きながら答えた。
「やっぱ、俺どこまでいっても最低だな」
「はー、そうかもね。まあでもいいんじゃない? ようやく普通の人になれました、と」
「あー、うん」
「んで? 話はおしまい?」
「いや」
「はー。なに?」
こりゃ万が一もないな。まあいいか。当たって砕けろだ。
「あのっさ……」
「はいはい」
「文化祭の最終日、一緒に回んね?」
「はあ?」
ウチの学校の文化祭は三日間だ。初日は仮装行列を組んで街を練り歩く、パレードだ。二日目は部活の出し物、サッカー部はゲイバーをする。なかなかギャップがあるだろ? バーと言えども酒は出せないが。三日目はクラスの出し物で、二日目、三日目と一般公開される。自由な時間も取れるので、カップル同士で見て回れるのだ。
美羽は俺のその言葉に吹き出していた。ケラケラといつもの可愛らしく笑っていたのだ。
「なーんだ。またよりを戻さないかってことかと思った」
「いやあ、文化祭も回りたいし、修学旅行も一緒に回りたいぞ?」
「それって、やっぱり付き合うってこと?」
「んー、まあ美羽が良ければだけど、友だちとして、みたいなのでもいい」
「当然、エッチはないよね?」
「いや、あるならあるでいいけど……」
「ない!」
「ないよね、はいはいエッチはない……」
「私に好きな人いてもいいのね?」
「す、好きな人!?」
「そ。あんたなんかより、ずっといい男」
「お、おい。だったら俺なんてどうでもいいだろ。すぐにでも告白しちまえよ」
「え?」
「いや、応援するよ? お前の……恋? 文化祭もソイツと回れ、よ」
俺は下を向いてしまった。そりゃ応援なんてしたくない。美羽を誰かに取られるなんて。でも、こいつが幸せなら……、なぜかそう思ったんだ。
「い、いや。告白は無理っていうか……」
「なんでだよ。お前ならきっとうまく行くよ。可愛いし、行動も大人だし、さ」
「でも、さ……」
「どうした?」
「その人には彼女がいて……」
「あっ……」
「そう。だから、無理……」
「……森岡?」
「………………」
「あのヤロ……」
「ちょっと、ちょっと、やめてよね! 変な風に拗らせたくないし!」
「な、なにもしねえよ」
「文化祭と修学旅行でしょ? いいじゃん。一緒に回ろうよ」
「い、いいのか?」
「友だちとしてね。エッチはなし」
「エッチはないのか……」
「それからあ、空くんともちゃんと仲良くしてよね。文化祭も修学旅行も、一緒かもしれないし」
「え、いや、それは二人でってのは……」
「状況によるけど、だいたいは友だちたちも一緒。ダメならこの話は破談」
「おいおい」
「分かったの?」
「分かった」
「へー、随分聞き分けよくなったじゃん。じゃーねー」
と言って美羽は去っていった。ふーん、あの森岡がねえ……。
「チッ」
思わず舌打ち。だってそうだろ? 一條ちゃんに続いて美羽まで、あんな目立たない陰キャに好かれるなんて、どうにも納得なんかいかねえ。
「はー……」
でも、つい最近までイケイケだった俺が美羽に何にも逆らえないなんてねぇ……。
「ま、それだけ惚れちまったってことか」
虚しく小声で独り言を呟いた。
森岡と仲良くする、か。俺は次の日の休み時間に森岡のクラスを覗いた。ちょうど一人で壁を向いてぼーっとしていたので近づいた。しかし、気付きもしない。
「おい」
「わ……。ビックリした。なんだ御堂くんか、なに?」
やっぱり、コイツはダセえ。俺のこと見てビビってやがる。まあ、なんかホッとするっつーか、居心地のいいキャラではあるよな。目立たねーから、使いっ走りとかにもならねえし。
俺は少しばかり微笑んでやった。
「仲良くしよーぜ。美羽がお前と仲良くしろと」
「え? あ、うん。なんだ。加川さんと仲直りしたの?」
「ん?」
「良かったじゃん。応援するよ」
「お、おう……」
な、なんだコイツ。応援? 美羽が好きなのはコイツだってのに。俺はお前の目の前で小酷くフラれたんだぞ?
「はっ」
「?」
「お前、なかなか良いヤツだな」
「そう?」
俺は自分のクラスに戻ろうと振り向くと、デカイ柔らかい壁にぶち当たった。少しばかりよろめいて見上げると、国永が俺を見下ろしていた。
「うわわわわわ……」
「御堂。なんだ、私の空に文句でも付けに来たのか?」
「い、いや。友だちになろうと思って」
「そうか。ならば行ってよし」
「お、おう」
俺は大きな国永に触れないように避けながらクラスに戻ろうとすると、森岡は国永に『俺には瑠菜がいるから、キミのものじゃない』と抗議しているようだった。
しかし、なんでアイツばっかりあんなにモテるんだ?
森岡空、アレにはひょっとしたら不思議な魅力があるのかもしれん。




