第三十一話◆一條悟
ふ、ふ、ふ。完璧な森岡ブロック! 本日、俺は妻の香瑠とデートする。その事によって、娘の彼氏である森岡はデートが出来ない。ざまあ。まさにざまあなのだ。
香瑠は化粧に一生懸命だった。別にいいのに。お前はいつでもキレイだよ。昔から。まあ、いつもは薄い化粧しかしてないから、たまの外出。もっとしたいんだろうけどな。
香瑠のいう通り、俺たち夫婦は今まで生活に一生懸命でデートらしいデートなんてなかった。駆け落ちして、瑠菜が産まれ、仕事に没頭し、営業部長となり生活に余裕も出来たので家を建てた。
まあ確かに、香瑠には苦労かけたな。家族の旅行はあったし、キャンプも良く行った。だが、デートかあ。二人っきりってのは瑠菜の産まれるまでの一年だけで、それも互いの仕事でそんなに思い出もないもんな……。
デートなんて照れ臭いが、思えば悪いことしたな。
俺はそんな自分の気持ちをごまかすために、つまらなそうにソファーに座る娘の瑠菜へと話しかける。
「じゃあ瑠菜、行ってくるけど留守番大丈夫か?」
「うん。たまにはゆっくりしてきてよ」
「ああ、スマン。お前も楽しい休日をすごせよ」
「ありがとパパ」
「おう」
聞き分けのいい娘だ。まあ森岡も来て食事なんかするのかもしれんが。
「悟、お待たせ」
「おう、じゃいく、か──」
な、なにいいいい!?
香瑠が、香瑠が……。なにこの美人。いや、美人は知ってたけど、こんなにキレイだったっけ? 瑠菜もずいぶん美人に育ったと思ってたけど、お前はまるで女神だよ、香瑠。
「キレイだ」
「やだ、なにそのストレートな褒め言葉」
「いや、ホントに」
「はいはい。なにもでないわよ」
俺は香瑠をエスコートして、車まで連れて行く。香瑠を助手席に乗せ、サングラスをかけて車を走らせた。香瑠は嬉しそうに問う。
「どこ行くの?」
「まず海でも見に行くか」
「おーう。いいじゃん」
そういう感じで、海を見にドライブスタート。香瑠とこうして二人きりで車を走らせるなんて近所のスーパーくらいだ。遠出するときは大抵三人だったもんな。この前は四人だったが。思い出すと腹が立つ。森岡め!
しかし、瑠菜が産まれて優先は瑠菜になってしまっていたが、こうして昔から好きだった香瑠と二人でいるというのは新鮮だ。当たり前だと思っていたが。
海について、二人で浜辺を散歩した。秋とはいえ、少し肌寒さを感じたが、香瑠が手を握ってきたので、恥ずかしくてすぐに手を振り払ったが、香瑠は美しい顔で睨んできた。おー……う、なんてことだ。慌ててもう一度握った。
そして香瑠に言われるまま水族館へ。その中にあるレストランで昼食をとった。
なかなかデートは楽しい。誰にも邪魔されずに二人っきりというのは、なんか、こう、いい。
「はい悟」
「ん? なんだこれ」
香瑠はテーブルの上に手のひらサイズの箱を出してきた。
「何って、プレゼントだよ。開けてみて」
「おおう、プレゼントかあ。すげえな」
「嬉しい?」
「おう、すげえ嬉しい」
箱を開けてみると、新しいブランドものの財布が入っていた。
「おー! 欲しかったんだ、新しいの!」
「じゃあ良かった」
すげえ。これがデートなんだな。瑠菜もこういう楽しさを味わってるわけだ。
「でも俺、お返しのプレゼントなんて買ってないぞ?」
「いいんじゃない? 次回で」
「そうだな。何が欲しい?」
「結婚指輪」
「おう。じゃ作りに宝石店に行くか!」
と言うことで宝石店に。俺たちは年相応にデザインされたプラチナリングを頼んだ。来週出来るらしいので、また二人で取りに来ようと約束した。
そして店を出る。
「なかなかデートって面白いな」
「でしょう? 私たちの青春取り戻さなくっちゃ」
「そうだな。次はどこに行く?」
「まだ帰るのには早いでしょ」
「そうだよ。だからどこがいい?」
「この前言ったじゃん。男なんだから自分から誘って女を引っ張っててよ」
「お……、ラブホか」
「いやん、悟ったら。そんなこと考えてたの?」
「いや、お前が……」
「はい減点。女のせいにしようとした。硬派な悟くん。男を見せなよ」
「くっ……!」
「悟は今まで、告白もしない、プロポーズもしない、セックスの誘いもしない、喧嘩ばっかで私に心配かけただけ」
「おおおお……」
「たまには自分に正直になってよね。森岡くんにはガンガンぶつける癖に」
「うおおおお……」
言われてみればそうだ。どうして俺はそんなに香瑠に臆病だったんだろう? 全て香瑠にやって貰っていた。
だがセックス。実はこれは苦手だ。俺は当然香瑠しか経験がないし、世間様のいわゆる互いに感じ合うというのを知らん。
だから相当下手だし、香瑠に痛い思いや、つらい思いをさせているのだと思う。
現に彼女は、行為中に顔を歪めて何度も痙攣し、最後俺が満足する頃には白目を剥いて失神してしまっている。
だからイヤなんだ。香瑠を傷付けたくない。瑠菜の出産にも立ち会ったが、香瑠は死ぬほど痛かったと思う。そんな思いはさせたくないと気を付けていた。
それでも我慢できずにいると、三月に一度くらい香瑠は俺に気遣ってか『いいよ』と言ってくれる。それに甘えて彼女にのし掛かれば安定の気絶。俺は満足するが罪悪感が深く残る。
しかし、香瑠は俺のことを考えてくれるのだ。
海辺にあるタワー型のラブホテルに車を入れた。出来れば香瑠を傷付けたくないはないのだが、彼女は腕を絡ませて導くように進んで行く。
良く分からずに、タッチパネルを押して鍵を取り、エレベーターで目的の階へ。部屋に入ると内装は暗めで、壁や天井には鏡がはめられていた。
「な、なんかすげえな。恥ずかしい」
「そう? こういうのいいじゃん、たまには」
「お、おう」
そして俺たちは、夫婦の愛の行為に入っていった──。
◇
「お、おい、香瑠! しっかりしろ!」
まただ。俺は満足したが、彼女は白目を剥いて大きく体をそらせて痙攣したかと思うと気絶してしまっていた。
香瑠の頬を叩いて揺り起こすと、彼女はようやく目を覚ましたのでホッとした。
「はあ……、大丈夫か?」
「わ、私……、また……。あーん、最後覚えてない!」
「スマン……。俺のせいだ」
「んーん。良かったよ。すっごく!」
はあ、香瑠はいつものように気遣ってくれるが、この押し寄せる罪悪感はどうだ。チクショウ。自分が自分で情けない。
だが香瑠は目をとろめかせて俺にのし掛かってキスしてきた。
「お、おい。どうした」
「ねえ、もう一回」
「はあ? お前、体調は?」
「いいよ。悟が疲れたなら寝ててもぉ……」
そう言って彼女は身を寄せてきた。
◇
「香瑠! 香瑠!」
まただった。俺は香瑠を介抱していた。救急車を呼ぼうかと思うくらいパニクっていた。しかしなんとか目を覚ましてくれたのでホッとした。彼女は、冷や汗をかいている俺の身に自分の体を倒してきたので再びベッドの上に倒れ込んだ。彼女は俺の胸を枕にし、そこに『の』の字を書いていた。
「はー、ラブホ最高」
「バカいうな。もう二度とくるもんか!」
「なんで? ここなら遠慮なく声も出せるし。また来よう、ね?」
「いやだ。香瑠を苦しめたくない」
「えー、やだやだあ。カオちゃんすごくよかったよお~。また来たい~」
「ば、バカだな」
か、可愛い過ぎる。香瑠はたまにこんな風に可愛いくなる。そう、ベッドで気絶した後は良くそうなるのだ。
「か、可愛いな」
「ホント? 今でも可愛い?」
「もちろんだ。言わせるな。じゃ帰ろうか?」
すると、香瑠は立ち上がろうとする俺の腕にしがみついて立たせてくれない。
「ダメ。もう一回する」
「な、何言ってる? またお前に倒れられたら俺は……」
お前に申し訳ない。そう言おうとした唇は香瑠の唇で塞がれてしまっていた。そして彼女は俺の上に股がってしまった。
「お、おい! 備え付けのゴムはもうないんだぞ?」
「そんなのもういいよう。もう一回、もう一回……」
「おいいいいいいいーー!!」
香瑠は妊娠のリスクも関係なしに、三度目に及んでしまった。なぜだ? 何が彼女をそうさせるか分からない。俺がまだ満足していないと思っているのだろうか? しかし彼女は途中で白目を剥いて倒れてしまったので、なんとか最後まで行かずにすんだ。
次に香瑠が目を覚ます前に、俺は急いで服を着た。そして今度こそ救急車をとスマホをタップしている途中で起きたのでホッとした。
「ホッ。大丈夫か?」
「大丈夫だよお。なんで服着たの?」
「お前を救急車に乗せるためだ!」
「え? どうして? 病気じゃないよ?」
そう言うが、とんでもない。香瑠は俺を気遣っているのだろう。でもお前にもしものことがあったら俺は──。
◇
香瑠が大丈夫といい、いつもの調子のようなので、早めに帰ることにした。とりあえず今日は俺が夕飯を作ろう。18時前に我が家に到着。香瑠を抱えて玄関に入ると、森岡の靴があった。アイツ……。
リビングに入ると、二人はソファーに座って映画を見ているようだったが、森岡は立ち上がって頭を下げてきたので無視した。すると瑠菜が言う。
「パパ。ちゃんと瑠菜たちお留守番してたよ。来週は瑠菜たちがデートしますからね」
と宣言してきた。まあ、二人ともちゃんと留守番してたようだし、いいかと思い、そう言おうとすると、香瑠は俺に寄り掛かりながら瑠菜へと言った。
「だあめ。来週もパパとママはデートするのぉ。ね、パパ……?」
「え? か、香瑠?」
香瑠は、目をトロンとさせて、まるで新婚の頃のようだった。なんなんだ? どうしたって言うんだ?
それに瑠菜は口を尖らせながら言う。
「なによう。私たちだって出掛けますからね! パパとママばっかりずるい、ずるい! ぷう!」
くっ。森岡のヤツめ、調教師のスキルを使って瑠菜を操っているに違いない。
しかしそこで家電が着信を伝えたので、俺は電話を取った。
「もしもし? 一條です」
「誰だ貴様は。香瑠を出したまえ!」
「ああ! お義父さん!」
「誰がお前のお義父さんか! 殺すぞ貴様!」
「す、すいません。香瑠ですね、今、代わります」
「貴様! よくも娘を呼び捨てで呼んだな! 後悔させてやるからな!」
香瑠の実家、大河原家の義父だった。未だに俺と香瑠の結婚を許してくれていない。俺からいつものイケイケ感が抜け、シャバ僧と化していた。
俺は香瑠を呼んで電話を変わって貰い、彼女の側に立っていた。
「あらお父さん? やーねー、私たち離婚なんてしないわよ? 幸せよ? 全然、毎日楽しいし。今日はねぇ、悟と久しぶりにデートしたの。え? 悟は優しいし、頼りになるのよ? うん、瑠菜も元気よお。ええ、彼氏も出来たの」
後ろでは森岡がお茶を吹き出していた。それを瑠菜がティッシュで拭いていた。森岡、お前……。
「え? 来週連れてこい? そうねえ、最近里帰りしてないし。うんうん。じゃ四人で行くわね」
よ、四人! それには俺は……イチ、ニー、サン……含まれてるか。つか森岡のヤロウ、またお茶吹き出してやがる。
う。だがしかし、そうか。森岡も。アイツも気の毒なヤツだな。
来週か……。大河原源蔵……。会いたくない……。




