第二十九話
俺は一條家から帰り、早起きの疲れと、お父様と一緒の気疲れ、さらに来週のデート無しというストレス疲れで、リビングのソファーに伏した。
両親は仲良くカレーを作っている。そこに妹の海がやって来て、倒れている俺の足を乱雑に床に落としていう。
「なんだこりゃ、邪魔、邪魔!」
そしてそこに座り込む。俺にやすらぎなどない。半身は床に落ちており、無様な格好だ。妹の海はカップアイスを食っていた。たしかアイスは昨日母さんがみんなの分を買ってきていたはず。それをソッコーで食っていたコイツがなぜもう一つを?
「おいおい、俺の分は?」
「は? これだけど」
「なんで、さも当然のように食っている? お前は頭がおかしいのか?」
「どうしたの? イライラして。釣りは根気だよ? 短気は損気。短気な人に釣りは向かない。まあ釣れないからって人に当たりなさんな。今どき買ったほうが安いんだから」
「いや、なんで釣れなかった前提なんだよ。釣れたよデカイの五匹も!」
「はいはい証拠は?」
「証拠などない。もう腹の中だ」
「そりゃご立派。そりゃさぞかし大きかったことでしょう。でも釣れたんならなんでそんなにイライラしてんのよ」
「デカイの釣れたのは紛れもない真実だ。そして困っているのは来週のデートをお父さんに禁じられたからだ」
途端に海はソファーから滑り落ちてしまい、床に伏せてしまった。
「笑え。笑うがいい。笑い終わったのなら話を聞いて貰おう」
「わはっはっは! わはっはっは!」
いやそれ、ミスターXの笑いかた。ボス的存在。もはや悪者もその域に達したな。しかしボスにはボスだ。お父様攻略にはコヤツの知恵が役に立つのかもしれない。クソ。
「ホントに怖そうなお父さんだね。でもどういう理由でダメなの?」
「そこだ。先方のお父さんがおっしゃるには自分たちもデートなさりたいそうなのだ」
「はー、一條先輩のご両親て三十代だもんね」
「よくは知らんがお若いことは確かだ」
「となると、先輩の歳から考えるとすぐに結婚されて、君たちのように甘いデートなどしたことない。二人を見てたら燃えてきた、って感じじゃない?」
「ふむ……。まあお母さんも一條さん同様かわいらしいかたではあるが……」
「まあ、お二人が家を空けるなら、逆にお兄たちも、一條家で二人っきりになるチャンスじゃない?」
「うごごごご……! そ、そうか」
「でも勘づかれないように、残念そうな顔しとけばいいとは思うけどね」
「なるほど、良いことを聞いた」
「お代は先に頂戴しておりますんで」
と、海のヤツはカップアイスを食べ始めた。なるほど、コヤツは策士だ。俺はテンションが上がり、すぐさま一條さんにトークメッセージを送った。
しかし、ひょっとするとお父様に後ろから見られている可能性もあるということで、決めていた暗号でだ。
『勉強を教えて欲しいです』
これで一條さんは家族のいるリビングを離れ、自室にてメッセージを行う。案の定既読がついてから、少し移動したような時間が経ってからの返信だった。
『自分の部屋に来たよ。週末デート出来なくて悲しいよお』
『そこだよ瑠菜。お父さんは俺たちに留守番するように言った。そしたら俺たちはキミの家に二人っきりだ』
『え?』
『そう二人っきり。瑠菜のお部屋見てみたいなあ』
『えへあー! そっかあ!』
『そうそう、一緒に映画見たり、勉強したり、チュウしたり、いろいろ出来るじゃん!』
『えへへ、空くんスゴいね』
『でもお父さんの前では悲しい顔しとけよ。気付かれたら居場所も別々にされるぞ』
『あ、うん、そだね』
『じゃまた明日学校でな』
くっふっふ。こりゃ決まったぞ、お父様。どうやらこちらの勝ちのようです。どうぞお父様たちは、熱いデートをお楽しみください。我々もそりゃ楽しい留守番を過ごさせていただきますよ。
映画を見ながらチウ。二人で昼食作りながらチウ。午後はまったりと二人でゴロゴロして……。そして二人は初めての……。えへ、えへへ。
「そうだ!」
俺は思い出して、本棚の後ろに手を突っ込む。そこには一條さんがコンビニでカゴに入れていてくれた男性用避妊具。一ダースも入っている。これで俺と一條さんは一戦、二戦、三戦と共に戦うことが可能。
えへへ、あの一條さんとするのかあ~。困っちゃう、困っちゃう。キスは強引にしちゃったけど、その後の一條さんからのキスも相当強引だったり、濃厚だったりするぞ。一條さん、積極的だからな~。
二人がそういう関係になったら……。これからの人生、たっのしみだなー!
俺は手に取ったものを、デート用のバッグに忍ばせた。
そして週も明け、学校では一條さんと楽しい生活。休み時間には一條さんに加え、加川さんも国永さんも交えて会話。一條さんと楽しい下校。一條さんとの下校はいつもは恋人繋ぎなのに、その日の一條さんはは腕に手を絡ませ、胸を押し付けてきた。
「おおう……、当たってるけど?」
「もう空きゅん、美羽ちゃんと夢唯ちゃんに優しい目しちゃってさあ」
「な、なんでだよ。瑠菜見るときと変わりないよ」
と精一杯、目を輝かせて優しい、と思われる視線を送ったが、一條さんは妖しく笑う。
「いーだ。空くんの瑠菜を見る目はエッチだもん」
「な、なんでえ? こんなに優しいのに?」
「エッチだ、エッチ。いけないことばっかり考えてるう」
う。まさかお見通し? 俺がすでに一條家に行くためのバッグに避妊具を忍ばせたことに──。
しかし一條さんは、俺の腕をグイグイと引いて耳を近付けた。
「でもお、瑠菜にはエッチな目をしてもいいと思うよ」
ハッとして俺が一條さんを見ると、一條さんもいやらしい顔。おそらく、俺もそうだったろう。
「る、瑠菜、こっち!」
「うんうん」
すぐさま一條さんを公園の大樹の影に連れ込んで、思いを遂げるキス、キス、キス……。
額を付き合って顔を近付け一條さんに向けて睦言を吐く。
「な、瑠菜、週末、な」
「うん……」
「瑠菜の、部屋で、さ」
「うん」
「その、しよ、うな」
「うん、うん」
そしてまたキス。互いの体に手を回して、熱い熱いキス。それから一條さんを家へと送り、受かれて舞い上がりそうな状態で家に帰ると母さんがいた。
「あれ? 母さん今日休み?」
「そ、そうなの。ゆっくりするのに有給使ってて……はは」
「へー、ゆっくり? 家にいたの?」
「そ、そうなの。暇で……掃除とかしてた」
「俺の部屋も?」
「あーうん、ちょっとだけ入ったけど、キレイだったからすぐ出た、よ?」
「ふーん、なんか様子おかしくない?」
「そ、そうかしら? きっと疲れてるのね」
「ふーん」
なんかよそよそしいっていうか。俺は母をそのままにして、自室に行って着替えをした。そして気付いた。気付いてしまった!
一條さんの家に行くようバッグの位置が少しだけ動いていることに。中身を見ると、中はそのままだったが、明らかに母さんはこれを見たに違いない。
ひゃん! なんて恥ずかしい! 母さんにゴム持ってるの見られた……。
森岡京子! 勝手なことすんなよな……。
母親に恥ずかしいもの見つかる……。あるあるですね。




