第二十二話◆一條悟
俺、一條悟は二年で自身の高校をシメていた。いわゆる番長。硬派で女なんか興味はない。
という体だった。しかし、俺にな愛すべき女がいたのだ。
大河原香瑠……。近所に住む幼馴染みで、昔はよく遊んだ。特別な思いを抱くようになるころには、俺は回りの学校を叩き潰す、いかつい野蛮な男になっていたため、清楚な香瑠とは疎遠になってしまっていた。
そもそも、香瑠の家の大河原家は、地元では有名な名士で、屋敷はでかいし、庭は広いし、お手伝いやらなにやらがいるような大家だった。いわゆる育ちのいい女。とても俺が近づけるような女じゃない。俺の両親もここで働いていた。当然頭が上がるわけもない。
彼女を見つけると、物陰に隠れて目で追いかける、そんな日々だった。
香瑠には、俺みたいな暴力的な男なぞ似合わない。だが、他の男に渡ってしまうと思うと、腸が煮えくり返ってしまう。そんな思いを常々抱いていた。
日々、喧嘩、喧嘩、喧嘩……。自分の鬱々とした思いをぶつけるように。俺は香瑠には似合わない男。こんなガサツなヤツになぞ……。
俺が香瑠を思っていることは秘密だった。俺の下の連中だってそれを知らないハズだったのだ。
しかし、物陰から見てるところを敵対グループに見られていたのだろう。俺が香瑠のストーカーなら、俺にもストーカーがいたということだ。笑える。
ある時、いつも帰ってくる時間に香瑠が、いつもの道を通らなかった。不思議だったが、待ち伏せを止めてそこから立ち去った。
しかし、敵対グループの大将である菊谷に香瑠がさらわれてしまったことが香瑠と一緒に帰っている友人の言葉から分かったのは本当に偶然だった。この友人の目の前でさらわれたらしい。
菊谷は、俺への報復のために、香瑠を集団でレイプするつもりなんだと聞き、頭に血が上った。時間もそれほどない。
オートバイを走らせて、あいつの手下を片っ端からぶちのめして、たまり場の倉庫へと突っ込んで行き、香瑠を救出した。
ギリギリだった。香瑠は裸同然で、菊谷もすでに香瑠に手を掛けようとしていやがったので、ふん掴まえて壁に投げ付けてやった。その後で数ヶ月入院したと聞いたが知ったことか。
俺は泣いて震えている香瑠へと自身の上着をかけて謝った。
「スマン。俺のせいだ。巻き込んでしまって……」
香瑠は、大泣きで見ているこっちがつらかったが、そばにいて肩を抱き締めた。もう片腕のほうは不覚を取って折れて使い物にならなかったが、片手さえあれば香瑠を包むには充分だった。
怖かった、怖かったと泣く香瑠に、ただ謝りながら小さな頭を撫でてやることしか出来なかったが、そのうち香瑠は落ち着いて笑顔を見せてくれた。
「えへ……」
「すまなかったな」
「でも、来てくれるって信じてた……」
「そ、そうなのか?」
「この人たちが言ってた。私は悟の一番大事な女なんだって……」
「うご! あ、そ、それはだな……。コイツらの勝手な勘違いで……」
「勘違い、なんだ……」
「い、いや、まあ、その、なんだ、な」
「好きよ」
「ふあ!?」
「悟のこと。好き」
「うおあ! あ、その、あの、おおおお」
俺は香瑠の肩を抱いたまま立ち上がり、倉庫から出た。時刻はすでに夜であり、辺りは真っ暗だったが、さらに暗い路地に連れ込んで初めてのキスをした。
香瑠の魅惑的な唇に、歯止めがきかなかったのだ。
香瑠は思っていてくれた。こんな俺のことを……。俺も香瑠のことが好きだ。一生幸せにしたい。そう思った……。
だが運命は残酷だった。大河原家の娘として、香瑠は見合いをした相手と高校を卒業したら結婚しなくてはならなくなったのだ。
俺はバカな頭で考えた。香瑠の幸せ、香瑠の幸せを──。
結果は俺なんかと一緒にいては不幸になるだけという答えだった。
香瑠の告白以来、一緒に帰っていた帰り道も、徐々に距離を取っていった。やがて前の通りに……。
俺は一人になってしまった。もう香瑠を見つめるのも止めた。思えば思うほどつらくなる。
「チッ!」
舌打ちが多くなる。なにもかも面白くない。つらい、つらい、胸のうち。こんな思いを抱いて、世間の連中は眠れるのだろうか?
闇夜を徘徊して、近所の大河原家の塀を通る……。もう香瑠は寝てしまっただろうか? 女々しいな、俺は。自分から諦めたのに。自分で砕いてしまったのに。
「ああ、香瑠──」
香瑠の見合い相手は、どこぞの社長の息子で29歳だったらしい。彼が30歳になる前に結婚したい。
一回りも上の、知らぬ男と結婚か。それが香瑠の幸せ……。
学ランのポケットに手を突っ込んで、見上げる夜空には真っ白い雪が渦を巻いて降り積もってくる。
なんてセンチメンタルな気持ちになるんだろう。こんなガタイでいかつい顔で、硬派を気取っていた俺が、たった一人の女を思っている。
香瑠、香瑠、香瑠──。
涙が凍る。やっぱり俺はお前が好きだ。好きなんだ。
やがて卒業式の日。今日を迎えたら、香瑠は見合い相手と結婚してしまうのだ。俺はありったけの金をポケットに詰め込んだ。十万にも届かない金を。
そして、香瑠の学校へと行き、ただただ、校門で待ち伏せした。安易なやり方だ。菊谷と一緒だ。ただ、考えなしに彼女をさらう。その後は、その後だった。
香瑠は友人たちと、別れを惜しみながら校門へと近づいて来た。俺は我慢できずに彼女へと駆け寄って、その手を掴む。
「さ、悟!?」
「いくぞ! 香瑠!」
俺は大胆不敵にも、彼女の身を抱いて大衆の見守る中、校門の外へと駆け出した。
後ろから、彼女の友人たちの『走れーー!!』という言葉を背に受けて。
香瑠はしっかりと俺の服を掴んで落ちないようにしていた。取り敢えず駅だ。そこからどこかに行こう。すると、香瑠がコインロッカーを指差す。
「はい、下ろして」
「え?」
彼女はポケットから鍵を取り出すと、大きなロッカーからキャリーバッグを一つ取り出した。
「か、香瑠……。お前──」
「元々逃げるつもりだったの。だから準備してた」
香瑠は俺の一枚も二枚も上手だった。
「すごいな、ちゃんと考えてたんだ」
「悟が来てくれるのなんて、僅かな期待でしかなかったの。取り敢えずは街から離れて遠くで暮らそうと、ね」
「そうか、強いな」
「強いって……、一人でなんかとは思ってなかったよ。私がいなくなったと聞いたら、あなたは、きっと探してくれると思ってたから」
と、最大級の笑顔を見せてくれたので、俺は大勢の人々が行き交う中で、香瑠とキスをした。
ああ、香瑠。キミの人生を壊してしまった。だけど、俺はお前が好きなんだ。俺のわがまま。俺の人生一番の──。
俺たちは遠くの街に逃げ、すぐに婚姻届を出した。まあそれが元で大河原家にはすぐに見つかってしまったのだが、俺たちの意志が固いのと香瑠の腹の中には瑠菜が宿っていたことで許して貰った。
香瑠は準備がよく、何百万という金を持ってきていたらしかったが俺には言わなかった。おそらく、俺がそれを頼りにダメになってしまうと思ったかもしれないが、生活に足りない場合はそこから出していたようだ。
始めは苦労の連続だった。俺は現場仕事、香瑠はパート。そのうちに瑠菜が産まれてしまったので、香瑠は仕事を辞め、俺もたまたま拾ってくださった社長のお陰で営業職へとついた。
転勤も多かったが、今の生活に落ち着いた。なんとかなってる。人生なんとかなる。俺は趣味のキャンプ中、火の中に薪をくべながらしみじみ思っていた。
カシュ……。
「はいどーぞ、お父さん」
「おお、スマンな、空。お前も飲め」
「はい。頂きます」
俺は娘が連れてきた男と杯を合わす。それは少しばかり未来の話。
今回は瑠菜ちゃんのお父様の過去エピソードでした。お父様はストーリーに絡んでいますので、こちらのほうも覚えていただけると幸いです。
次回は空くんが国永夢唯に投げられてから数日後からスタートします。お楽しみに!
(*^^*)




