第二十一話
一條さんを家まで送った。門限18時クリア! 危ない。妹の海が帰ってこなかったら、確実に一線を越えた上に、門限に間に合わなかったかもしれない。
俺は帰って、一條さんの残り香を嗅ぎながら部屋の鍵を閉めて、一人悶々を吐き出した。そして思い直した。やっぱり門限には間に合ったな、と。
そして週末は、一條さんの家のリビングと、うちのリビングとで勉強会をした。まあM大が目標でなくなったので気も楽になり、肩の力を抜いて勉強に身を入れることができた。
週が明け学校に行って数時限過ぎた頃。一條さんは俺と共にいたが、名残惜しいという演技をしてからトイレに行った。そこに加川さんがやって来て、俺の背中をポンと叩いた。
「よ!」
「あ、加川さん」
「聞いたよ。瑠菜の誘惑に負けなかったんだって?」
「うおーい、瑠菜ちゃーん。そんなことまで言ってるのかよお」
「ま、いいじゃん。でも流石だね~。普通の男ならホイホイやってるよ」
「いや、まあ、瑠菜のお父さんとも健全な付き合いするように言われたしね。一緒の大学にも行きたいし」
「いやいや、大したもんだ。やっぱ空くんカッコいいわ」
と、加川さんが言ったところで、後ろに御堂が立っており、加川さんの肩を掴んだ。
「おい! なにそんな陰キャと楽しそうにしゃべってんだよ!」
「あ、しゅ、修斗……!」
「別れるなんて受け入れないからな! お前は俺の女だろう!?」
「ハッ。止めてよね。あんたなんかより、空くんのほうが数段上のいい男。さっさと消えな!」
「くっ! コイツになんか言われたんだな? コイツは嘘つきなんだぞ!? 俺がお前と別れたがってたとか、他に女がいるとか、今までの経験人数とか、全部全部ウソなんだぞ! コイツの作り話に惑わされんなよ!」
「ええ!? 空くん、別にあんたのことなんて、何も言ってないけど?」
せ、静寂……。
「え……? ウソ……」
「いや、全然。なに、その別れたがってたとか、他に女がいるとか?」
「い、いや、も、森岡。で、でも、お前、言おうとしてただろ? な? そうだと言ってくれ」
いや、なに? その言おうとしてただろって。言おうとしたからなんなんだよ。俺は面白くなって思わず吹き出してしまった。
こんな墓穴掘るヤツ他にいる? いやー、御堂。これは地獄に落ちるしかない。
「いや、言わないよ。でも確かに、その話はショッピングモールの待ち時間の時にキミから直接聞いた」
「く、く、こ、コイツ!」
いつの間にか、御堂の後ろには大きな影が立っていた。そしてその襟首を掴む。
「ちゃんと受け身を取れ」
「え? ウソ! 国永!?」
それはほんの一秒だった。国永さんの腰が御堂を空中に舞い上げ、スローモーションのような一本背負い。御堂は教室の床に叩きつけられて目を回していた。さ、流石国体に出ただけのことはある。
御堂、戦闘不能! よって勝者、国永夢唯!
駆け寄る加川さんは国永さんに抱きついていた。素晴らしい勝利。悪しき御堂は墓穴を掘った上に、加川さんの親友である国永さんに倒された。このことはすぐに学校中に広まり、御堂のスクールライフは寂しいものになるであろう。
そして、みんなは幸せに暮らしたのでした。
めでたし、めでたし。
だがしかし──! 国永さんは、今度は俺の前に立つ。で、でかい! なんという威圧感! そんで俺、何かしましたっけ……? ち、ちなみに、あなたの親友の加川さんとは仲いいし、一條さんとは恋人同士、なんですけど……。
「放課後、武道館にこい」
「えええ? な、なんでですか?」
「話はそれだけだ。瑠菜には言うな」
「は、はい……」
教室が一気に冷え込んだ。そんなとき、希代の能天気娘、一條瑠菜はトイレからの帰りですと言わんばかりに、手をハンカチで拭きながら入ってきた。
「あれ? みんなどうしたの? 御堂くん、眠いなら自分の机に戻ったら?」
と、伸びている御堂に話しかけていた。恐ろしい子!
そして放課後……。国永さんからの呼び出しをすっぽかす理由を全知脳をフル回転して考えたものの、思い浮かぶハズもなく、少し用事があるから一條さんには図書室で待っているようにとなだめすかしてから学校の敷地内にある武道館へと向かった。
そこには、柔道部だけではなく、剣道部も、他の部活の人もいるハズなのだが……、行ってみると、柔道着を着た国永夢唯がただ一人、目を閉じて畳の上に正座していた。
「あ、あのう……」
「道場に一礼してから入りたまえ」
「は、はい」
俺は道場に向かって、大きく一礼をしてから道場に入り、扉を閉めた。そして、国永さんのほうへと行く。
「あ、あの……」
「正座したまえ」
「は、はい」
国永さんは、目を閉じたまま言う。
「他の部活の連中は人払いした。ここには私とお前だけだ。呼ばれた理由は分かるか?」
「い、いいえ」
「立て」
「は、はい」
俺が立ち上がると、国永さんも立ち上がり、目を閉じたまま、動いて来た。襟首と腕をとり、あっという間の体落とし。俺は何が起きたか分からなかった。
「分かったか……?」
い、いや、全然分かりません。そして体がものすごく痛いのですが? こ、腰ぐあ!? え? 恐怖が覚めてきたら一気に全身が痛くなってきたんですけど?
な、何をなさるんですか!?
「わ、分からないよ。俺は御堂のようなことはしてないだろう? キミの思い違いだ!」
「ほう、我が身可愛さに逃げるのか」
畳の上に寝転がる俺の襟をとり、彼女は俺の意思とは別に体を起こしてしまった。
「受け身を取れ。私はハンデに目を閉じている。反撃したければしてこい」
そう言って、今度は背負い投げ。何が何だかさっぱりだ。俺はすでに息も絶え絶えだった。
「くっ、俺はキミの親友の一條さんの恋人で、別に彼女を傷つけてなどいない!」
「そうかね?」
国永さんは、目を閉じたまま正確に俺の位置を把握し、またもや襟を取って体を起こすと背負い投げを決めた。
三度体を打ち付けられた俺のライフはもはやゼロだった。彼女はその場で帯に手を掛け、仁王立ちしながら言う。
「瑠菜は女でありながら、一世一代の誘いを向けた。それをお前は気付かなかったそうだな!」
…………。それは、気、付き、ませんでした。え? さ、誘いに気付かないとダメ……、なんですか? 俺、まだ童貞ですし、それは無理と言うもの。それに彼女とは清い交際をしなくちゃダメだと思ったってことなんすけど……。
その時だった。俺は、体が痛いことなど忘れて彼女に体当たりをしていた。彼女はその場からぶっ飛んで、目を開ける。そして俺の背中を掴んで軽々と持ち上げた。
「貴様!」
その瞬間、彼女がいた場所に照明が落ちて来て、畳をへこましていた。
間一髪。俺は彼女の頭の上の照明がぐらつくのを見つけ、咄嗟の判断だったのだ。
俺たちは、落ちたそれを見ながらしばらく固まっていたが、俺は身を翻して国永さんの身を守るように力を込めて抱き締めていることに気付き、その縛めを解いた。
「ご、ゴメン」
「いや、よい」
俺は彼女に背を向けると、彼女から俺の背中にフワリと抱きついてくる。筋肉質の体に、なぜこのような柔らかさがあるのだろう?
「貴様、なかなかやるな。見直したぞ」
「い、いや、ちょっと、俺は瑠菜の彼氏であって、結婚の約束をしているので、こういうことは困ります、ハイ」
「おお、そうだったな。だが私もお前に惚れた」
「はあ?」
国永さんは、俺の体をクルリと回して自分のほうへと向ける。そして、女の子らしい顔でニッと笑った。
「だから愛人でよい。瑠菜とお前の結婚の邪魔はせん。週一ほどで抱いてくれれば悪さはせんよ」
「ちょちょちょちょ!」
「まあ、祟り神に魅入られたとでも思えばよいではないか! ははははははーー!!」
豪快。豪快過ぎるだろ。なんだそれ。俺は立ち上がろうとしたがダメだった。
「く、くそ。立てない」
「まあ私に三度投げられて、それでも私を助けだのだ。仕方あるまい」
「く、国永さん! 俺は瑠菜だけなんだ! キミの申し出は断るぞ!」
「まあそれは構わん。そのうち、思い直すかもしれんしな。どれ、手を貸してやろう」
くっ。残念だけど、ここには国永さんしかいない。俺は国永さんに手を伸ばすと、彼女はヒョイと掴んで背中に背負った。
「さてどこに行けばいい。私の部屋にでも行くか?」
「け、結構だ。瑠菜を図書室に待たせてある。そこに向かってくれ」
「は! お安いご用だ」
彼女はなんと、俺を担いだまま、三階まで登り、図書室にいた一條さんを呼んだ。一條さんは急いでこっちに向かってきた。
「そ、空きゅん、どうしたの?」
「はは……。国永さんにやられたよ。瑠菜の誘いを断ったから恥をかかすなって怒られてさ……」
一條さんは、国永さんに怖い顔を向けて怒った。
「夢唯ちゃん! 瑠菜の大事な人を傷つけるなんてヒドイじゃない!」
しかし、それに国永さんは呵呵大笑する。
「はっはっはっ! スマンスマン。しかし、瑠菜がこの男に惚れた理由が分かった。私も惚れたよ」
「え?」
「まあ私は妾でいい」
「ええ?」
やっぱ、そうなりますよねえ。豪快、豪快。すげえなこの人。
それから、俺の腰はまったく立たず、国永さんに担いで家まで送って貰うこととなる。一條さんは『空くんを返して!』とか言った後に、背中に俺を乗せられて潰れて悶絶していた。
く、国永夢唯! いやあ申し出は嬉しいけど、遠慮してください。
◎製作こぼれ話
国永さんの名前は夢唯と言うのですが、筆者のスマホでは『むい』では一発変換されず、しばらくは『ゆめ』『ゆい』と入力しておりました。
しかし、偶然にも『めい』と変換すると一発変換されることに気付き、それからは『めい』で変換しておりました。
そしてずっと『めい』で変換していたため、初期の話を見直したら、コイツの名前が『むい』だったことに気付きました。
( ゜д゜)




