第二話
次の日、学校に行くと昇降口で、俺はあっという間に囲まれた。友人、知人、クラスメイトは興味津々だ。
「う、うぉい! 一條さんと付き合ってるってホントかよ! お前いつからリア充になったんだ!? 嘘だよな。嘘って言ってお願い。あんな可愛い天使がお前に惚れるわけないよな。はは、知ってたよ。ウソだって。だからお前の口から正直に教えてくれ。『俺は非リア充であって、お前たちの仲間なんだ』と。さあ、さん、ハイ」
なんだこれ。そんな必死の長ゼリフ。無礼千万だけど、まさにその通り。一條さんは、嘘告であって、彼女は俺には惚れてはいない。だが、回りの環境には俺たちはラブラブチゥチゥの仲だって言いふらして貰うぜ!!
「ああ、瑠菜のこと?」
「る、瑠菜ってお前。今すぐ一條さんに謝れ! 呼び捨てで呼んじゃいました、ごめんなさいって。今なら我らが一條さまはお優しいお方。きっと許してくださる! さあ俺と一緒に行こう!」
「だってしょうがないじゃないか。俺たちは相思相愛。互いに下の名前で呼ぶ仲なんだからよ」
「う、う、うそだ! まさかそんな……」
「ホントだよ。もうチゥチゥしてるよ」
「くっ! こ、この野郎! 覚えてやがれ!」
俺が空間を抱き締めて唇を突き出してキスの振りをすると、そいつらは悪者の捨てゼリフを叫び、足をバタバタさせながら走り去っていった。
ふふ。これでいい。これで全生徒が俺と一條さんが恋仲だと勝手に思い違いしてくれる。
さあ、一條さん! もはやウソでしたとは言えない雰囲気になってしまったよ? これじゃ俺とホントに付き合わなくちゃならないよなぁ。さあどうする、どうする?
俺が自身の教室に着くと、一つの席に女子の人だかり。あれは一條さんの机。なんだなんだ、一條さんのヤツめ『冗談のつもりだったのに勝手に勘違いされた』とでも泣きながら訴え、女子を味方に付けて、俺を批難の嵐に合わせるつもりか?
俺が近付くと女子たちの声が聞こえる。
「え、どっちから?」
「えと、あの……、告白は私からで、キスは空く……、あの森岡くんから……」
「キャー! もう名前呼び?」
「あの、空くんがそうしろって……。やん」
「もうキスなんて!」
「あの、その、空くん、我慢出来ないって……」
なにこれ。なにして……、ノロケ? ノロケですか!? いやんいやん、恥ずかチー! 俺の顔があっという間に真っ赤に! 何このさらし攻撃!
い、一條さんは隠したいと思ったから、俺が必死に噂を広めようとしたのに、一條さん自ら告白のことも、キスのことも暴露するとは……!
な、なんだ、この女の企みが読めない。俺を追い落とす縮図が見えない。
ま、待てよ!!
今までの俺なら、照れちゃって一條さんの顔が見れなくなって、話も出来なくなる……! 事実俺の顔は煮えたぎったマグマのように真っ赤だ。このままでは照れちゃって照れちゃって、次第にフェイドアウト。
『やっぱりあんな意気地無し、瑠菜には合わないわよね』
『そうそう、見た目も態度もハッキリしないし』
『もう別れちゃいなよ』
『やっぱりそう? じゃ、やーめた!』
さてはそれか!? き、キミという女はどこまで……。周囲の環境で別れざるを得ない状況に! 美麗でいて頭が佳い。そんなキミが敵だなんて、俺は……、俺は恐ろしい!
この策士め! だがキミの策が分かった以上、その手には乗らんぞ!
俺は一條さんに近付いて、その肩に手を置く。
「おはよう、瑠菜。昨日はよく眠れたかい?」
「あ、あ、空くん! おは、おは、おはようございます……」
俺の出現に戸惑う一條さん。ふふ、やはり。いつもの照れた俺なら、自席に座って寝た振りでもすると思ったのだろう。
しかしだ! キミの計略が分かった俺は強気で行かせて貰うよ。
俺は彼女の友人たちを見渡しながら言った。
「君たち、あんまり瑠菜を困らせないでくれるかな? 瑠菜はこの通り、おとなしい子なんだからさ」
そう言うと、回りの女子たちは感嘆の声を上げていた。
「も、森岡くん」
「な、なんか雰囲気、違くね? 余裕つーか」
「そんな感じだったっけ? でもすげぇ。瑠菜を引っ張ってってやんなよ」
ふふふ、そーでしょう、そーでしょう。俺が陰キャのままなら、この雰囲気に呑まれていた! なんなら不登校になっちまう。だが俺は違う! 一條さん敗れたり! その悪戯の餌食にはならん!
その時だった。一條さんの肩に添えた手に暖かいものが触れる。見ると、一條さんが上目遣いで俺を見つめながら手を添えていたのだ。
「空くん……」
「あわわわわ、むぐ」
いかん! いかん! この魔性の目で見られたものだから多少動揺して狼狽えた声を出してしまった! 慌てて口を抑えた。目を見るな目を。
「あのね、あの」
「ど、どーしたのかな? 一條さ……、る、瑠菜ァ」
「さっきの質問なんだけど……」
「さっきの質問?」
なんだっけ、質問なんてしたか?
「あんまり寝れなかった。空くんのこと考えちゃって……、あと、お弁当作るのに早起きしたから……、うふ」
な、な、なに、この可愛い生き物。
ご、ごわ! 危うく血を吐きそうなくらい可愛いぞ? そういや朝の挨拶とともに言ってたな、眠れたかどうか。そ、そうか一條さんはあんまり眠れてなかったか……。
「そーか、そーか、瑠菜、いい子、いい子」
「あへぁ~、嬉しい~」
な、なんだ、このオート行動!
俺は思わず一條さんの頭に手を置いてナデナデしていた! そんで一條さんも可愛すぎる!
わ、わからん。頭が真っ白なまま一條さんを愛でている。こ、これが悪魔の力! お、おそろしや一條すぁん!
一心不乱に一條さんを愛でていた、その時、担任教師が入ってきたので、俺はその呪縛から解かれ、自席に戻ることができた。
危ない、危ない。あのままだったら完全にダークサイドに堕ちていた。
『けっ! いつまで人の頭撫でてんだ、コラ! 調子にのんなよな!』
『そうだそうだ! やっちゃえ一條!』
『オラオラ、サンドバッグ! なに一発で寝てやがんだよ。起きろ! 頭ひと撫で、パンチ10発だかんな!』
『いーぞいーぞ、一條さぁーん!』
ぐ、ぐは! 一條さん、そう言うことか。俺を学校でのストレス解消のための生きたパンチングマシンにするつもりだったとは……!
確かにあの時の俺は魔性に魅いられたまま、一條さんを撫でさすってしまった! あ、あの女、そんな技まで身に付けていたのか……。
お、俺に跳ね除けられるだろうか?
あの佳人麗人美人、頭脳明晰で、人徳も兼ね備えている、小柄のでっぱいを……。
く、くそ! 隙が無さすぎる。そもそも、影ながら思っていたら俺に、一條さんを思うなと言ったって無理な話だ!
だがしかし、抗え! 隙を見せたらこちらが完全にやられる! この平々凡々だった学校生活に暗雲が立ち込め、迫害され、隅に追いやられ、虫のように這いずり回らなくては……、ん?
後ろの席のヤツに背中をツンツンされた。振り向くと、彼は折られた紙片……小さな手紙を持って俺に突き出している。そして小声で言う。
「これ回ってきた。一條さんから」
俺は手紙を受け取りつつ、光の速度で一條さんのほうを見る。すると彼女は教科書を立てて身を隠しつつ、こちらを向いて小さく手を振っていた。
決死……! バラは美しく散る──。
な、なに、この恋人生活! 折られた紙片お手紙! 密かに憧れておりました。俺はずっと配達員で、自身に手紙が回ってくるなんて考えてもいなかった。
くお……! 一條さんの猛攻! 俺に体制を整える隙を与えない……。
手紙を開くと『えーん、えーん、眠たいよぉ。空くん、頭ナデナデうれちかったよぉ(葉っぱを乗せたタヌキの絵)』。
ターン! パスーン!
な、なんだと? ライフル攻撃! 俺は廊下側、一條さんは窓側。あんな遠方から銃弾を放って来やがった! まさに魔弾の射手!
だ、ダメだ、もう……。俺のキス先制攻撃ごときでは無理だったのだ。向こうは一枚も二枚も上手。俺の浅はかな男の強権を利用した強引なキスごときで惑う彼女ではなかったのだ……。
ん? 二度目の後ろからツンツン。振り返ると、もはやイヤイヤそうな顔をした彼から新たな手紙を受け取る。
『今日一緒におべんと食べるんだもんねー。たのちみだなぁー(ウサギがニンジン食べてる絵)』
ターン! パスーン!
二弾目……。一度では死んでいないと思ったのか!? 俺のライフはゼロだったと言うのに。魂すら殺して死の世界に行かさぬと、そう言うことなのか?
んん? 三度目のツンツン。俺が振り替えると、またもや後ろのヤツが手紙を差し出していた。
『殺すぞ! 男子一同より(ナイフと血しぶきの絵)』
えええ!? 死んでるのに? 俺はもう死んでるのに、さらに殺されますか!? それは来世分ですか?
そ、そうか、一條さん! キミって女は! これを見越してだな?
日陰の身であった俺が、希代の傾城に告られてイチャイチャされてたら男子たちの反感を買うのは必至……! シカトされ、いじめられ、後輩にパンを買ってこさせられるような惨めな地位に墜ちた俺を、キミはそれを見て『可哀想だけど、明日の朝には刑場に引き出されて処刑される運命なのね』という感じで紅茶を優雅に飲みながら微笑む──。
な、なんて人なんだキミはッ! 今世紀最大の毒婦……。一條瑠菜ァ!
【人物紹介】
◎加川 美羽
一條瑠菜の親友。容姿はギャルで、恋人もいる。頼り甲斐のある姐御肌。
◎国永 夢唯
身長180センチで筋肉だらけの女子柔道家。性格は真っ直ぐ。