第十八話◇一條瑠菜
うふふふふ。空くんのお母様から言質を頂戴致しました~。これで空くんのおうちで二人っきりになれるのね!
二人っきりになったら、それは男女のアレですよ。空くんったらエッチだもんね。きっと私とそういうことをしたいに違いない。
『瑠菜、拙者はそなたを抱きたいでござる』
『あれ! 空様、まだ私たちは夫婦ではない間柄。それでも私を抱きたいと申されますか! さりとて私も空様を憎からず思っておりまする。今宵は二人で愛し乱れとうございます』
なーんて。なんて。空くんお侍さまバージョン。そしたら、空くんは私を力強く……。イヤンバカン。一條瑠菜、嬉し恥ずかし十七歳。
そりゃ私たちは付き合い初めて一週間だけど、私が空くんを思い始めてからの数年、空くんも私が可愛すぎて我慢できないって言ってて初めてのキスをしたのは告白当日だったもの。空くんだってそれ以上のことはしたいはず。毎日一緒にいる私たちには早すぎるなんてことはないもんね。ギュッと凝縮されたこの濃厚時間は、普通の恋人の数ヵ月分と思われます。期間よりも濃密に過ごす時間それが大事です。
早くに経験しちゃえば、下校の時に毎日どちらかの家──って、うちにはママがいるからちょっと無理かな。だったら空くんのお部屋で……。やんやん。
この高校生という今の時間は無限じゃない。有限なんだもの。青春は黙ってたら通りすぎちゃう。空くんとエチエチするのだ。
私は拳を握ってふんすっと鼻を鳴らした。
さぁ! 空くんとのラブラブ勉強会の開始よ!
月曜日の放課後、空くんは私の手を握って、今日も先生お願いいたします、と言った。やんやん、強引。
空くんのおうちに入ると、そのままリビングへ。空くんは私にソファーに座るよう言い、自身は座卓に参考書を開き始めた。
なるほど、このソファーで……。こう座ってたらいいかしらね? それともこうかしら? 足を開いてたら大胆と言うより下品よね。いけない、いけない。
空くんったら、どういう格好で来るのかしらね? 背もたれに寄りかからせる感じかしら? それとも横にして、かなぁ? 横だとしにくくない? 肘掛けもあるし。
空くんのお勉強の分からない部分を教えつつ、空くんの行動をドキドキ、ソワソワしながら待っていた。
「ふー。今日はここまでにしようか。瑠菜、送るよ」
はえ?
私は空くんの横に並んで家まで送られていた。そんな空くんのお顔を見ていた。
あれ? おかしい。お勉強しかしなかったけど。キスも……、キスもなかったですけど?
空くんは私を家の門まで送ると、手を上げて帰ろうとしたので呼び止めた。
「待って、空くん」
「え?」
私は壁に寄りかかって目を閉じ、口の角度を少し上に向けた。すると、肩を捕まれてキスされた感覚。
「もう、瑠菜は悪い子」
「やん。瑠菜は悪い子じゃないもん!」
「じゃ、また明日ね」
「うん。空きゅん、またね!」
う、うん。キスはちゃんと応じてくれた。私のこと嫌いじゃない。で、でもどうして? どうして空くんは、二人きりだったのになにもしないの?
火曜日。空くんは、今日も勉強会をしようと言ってきた。します、します。空くんはまたリビングへと私を連れてきた。
ソファーに座るように言って、自身は座卓に参考書を開く。これこれ。これだと密着感がまったくないもの。二人は近くにいても離れてるしね。
くっついて空くんを感じたいのに。空くんだってそうしたいハズよ。
私は空くんの横にそっと座った。でも、真面目! 空くん真剣にお勉強してる。
え。空くん、本当にお勉強したいの? 私と手を繋いでエモーショナルなユートピアに行くんじゃないの?
『さあ瑠菜、大丈夫怖くないよ』
『うん、瑠菜怖くないよ。空くんと一緒だもの──』
なーんて、なんて! この平凡な日常を二人で壊してしまおうよ、空くん。二人の世界を組み立てて行くのよ。
二時間経過──。空くんの鬼気迫る真面目お勉強タイムは、彼のチラリと目をやった時計にて終了を告げた。
「あー、ヤバいヤバい。夢中に成りすぎた。もう18時近いじゃん。瑠菜のお父さんとのお約束もあるから、もう帰らないとな。送るよ」
「うん、そだね」
せっせとお片付けをする空くんを見つめながら、私は拳を強く握っていた。
なにが『うん、そだね』なのよ私! 空くんともっと仲良くするんじゃなかったの? 空くんも、私ともっともっと親密になりたいんじゃないの? それなのに、何よこれは?
私はただのお人形。ぬいぐるみ。マスコット……。空くんのお隣に控えるだけの。ひょっとして私たちはこのまま、何もないままで老後を迎えるんじゃないでしょうね? それはいやぁ!
明日こそ、明日こそ。そう思っている私の自宅への道すがら、空くんは言う。
「瑠菜、俺明日は歯医者なんだ。瑠菜と付き合う前に決めてた予約日だから、下校の時にそのまま行ってくるよ。だから明日はゴメンな」
お、おう……。そ、空きゅーん! 付き合ってから毎日、一緒に帰っていたこの帰り道を一人で帰れとおっしゃるの……? ヒドイ。空くんったら!
「歯医者さん……。明日は歯医者さんなの?」
「うん、ゴメン」
「そっか。じゃあ明日のお勉強会はなし?」
「そうだね。俺は帰ったら自主勉はするけどさ。毎日付き合わせちゃってゴメンな。瑠菜も明日はのんびりしてよ」
私は拳を握って暗い顔をしていた。しばらくそのまま──。気付くと空くんはその様子にビビり倒していた。
「る、瑠菜、髪の毛……」
「え? きゃん!」
慌てて抑えながらスマホを鏡にして見てみると、ピン、ピンとそこら中跳ね上がっている。おそらくショックで髪がメラメラと逆立ったに違いない。あーん。衝撃が強過ぎてこんなことになるなんて。でもちょうどいいわ。明日は美容室に行こうっと。
◇
次の日の放課後、空くんは歯医者さんへ。私は行きつけの美容室『サラリ』へと行った。
お店のお姉さんであるサオリさんは、私の髪をいじりながら言う。
「珍しいね、こんなに跳ねちゃって。どうしたの?」
「あうー、私も困ってるんですー」
「強風でも受けたのかな? 寝癖でもないよね?」
「実は、彼氏が歯医者に行くのがショック過ぎて……」
「は、歯医者に行くのが?」
とたんに笑い出すサオリさん。
「そーかそーか。瑠菜ちゃん、彼氏出来たんだ」
「もーう。笑わないでください」
「いやー、瑠菜ちゃんも大人になったのね。まあかわいいからいつかは出来ると思ってたけどさ。それで彼氏が歯医者さんに行っちゃうから、一緒の時間がなくなって寂しいなんて、かわいいじゃない」
「私はいつも一緒がいいんですよぅ」
「まー、そう言うわけにもいかないよね。ずっとくっついてられるのは学生のときくらいだよ。仕事し始めたらなかなか会えなくなっちゃうし」
「そうですよねぇ」
「でも男の子には気をつけてよ。隙有らば──みたいに考えてるんだから」
「そこ詳しく教えてください」
「え? うーん、そうねぇ。まぁ気を付けるって意味合いでね。あいつらはすぐに襲いかかって自分の物にしたがるから、近くに寄ったりしちゃだめ。二人っきりになるべくならないように」
そーかなぁ。空くんはその二人っきりの場所と時間なのになにもしてこないよ。すでにその状況は作られているにも関わらず。うーん。空くんは私のことどうでもいいのぉ?
木曜日、空くんはすぐに私の整えられた髪を誉めてくれた。それだけで私の心は満たされた。一日中ルンルン気分で、今日こそ、この縮毛矯正された髪を撫でながらソファーに押し倒されるのだと思っていた。
でも空くんはおうちのリビングで髪を撫でつつキスも、お勉強に集中しだすと何も無し。無、無、無。たまに分からないことを聞く程度。
なにこの孤独感。私は空くんと二人っきりにも関わらず、空間に一人きり。悲しい。私は思わず空くんの体に抱きついた。
「お、おう……」
「空くん……」
「こ、こら。瑠菜、ダメでしょ」
「だって、瑠菜寂しいんだもん」
「お、そうかぁ」
空くんは私にキスしてくれた。やん。嬉しい。そして肩を強く抱いて密着しそうになった時、空くんは慌て出した。
「ヤバ! もうこんな時間じゃん! 今度からアラームセットしないとな! 瑠菜、ホラ帰るよ!」
「う、うん」
またもや私の門限時間。くぬー! 空くんは私の手を繋ぐとダッシュで私を送ってくれた。するとママが買い物帰りのようで、門の前で会ったので空くんは手を放して挨拶していた。
「ああ。お母さん。どうもこんばんは」
「あら空くん。こんばんは。二人、仲いいわね」
「いやぁ。はは」
「ホラ瑠菜。家に入りなさい。じゃ、空くんまたね」
「はい、また……」
あーん。空くんが帰っちゃう。悲しい。家に入ると、ママは楽しそうに話し出した。
「いいわねー、青春」
「でも、こうして離れる時の悲しさは半端ないよ」
「学校でも空くんの家でも一緒でしょ。でも気を付けてよ?」
「なにを?」
「あんまり仲良くし過ぎないように。ママ三十代でおばあちゃんには成りたくないわよ?」
おおお! そうだわ。私たち、仲良くし過ぎると赤ちゃんが出来てしまう場合があるんだった!
空くんとの赤ちゃん。かわいいだろうな~……。なんて思ってる場合じゃない。そしたらますます子育てに専念しなくちゃだし、空くんは働きゃなきゃだし、私と空くんの一緒の時間はますます少なくなるじゃない!
ここは赤ちゃんにはまだ少し出馬をご遠慮する必要がある。
それに、空くんにはもっともっと仲良くするために私から誘惑しなくては! よし! 勉強しなくちゃ!
私はスマホを立ち上げ、もっと仲良くする方法を検索した。
ふむふむ。あ、このサイト。『男の子をその気にさせよう』だって! 今の私にピッタリじゃない。
そうねそうねー。彼の部屋に行く。そっか。そうだよね。ずっとリビングだったもの。ちゃんとお部屋っていいかも。そっか、もっと体をくっつけてみるといいかもね。ベッドに入り込む、なるほど、なるほど。
へー、この『ビーエル、男の子はもっと感じたい』っていうサイトもいいね。そっかー、男の子ってお尻が感じるのね。そうなんだ。知らなかった。
よしっ! さっそく実践よ!




