第十三話
俺と一條さんは、一條さんのご両親の目の前で、今キスをしていた。
止まらない。これが終わったら怒られるって分かっていても。一條さんの、なにがしかの計略があるかもしれないと分かっていても──。
そのうちに俺たちは唇を離して見つめあった。互いに目を蕩めかせて。
一條さんはお父さんに向かって言う。
「パパ! 瑠菜もそう思うよ! 空くんと結婚させて!」
「バカな! まだ早い!」
「だからぁ、先の話だよ。二人で大学出て、ちゃんと生活できるよねってなってから!」
「当たり前だ! そこまでお前たちがちゃんと付き合ってるか? まだ一週間しか付き合ってないくせに!」
すると、後方からパンパンと手を叩きながら我々を制すものがいた。
「はいはい、もうおしまーい」
「ぐ、か、香瑠……!」
それは一條さんのママさんだった。わ、若い! お父様もお若いけど、ママさんも若いだろ。そんで一條さんに瓜二つ! まるでお姉さまのよう。
「はいはい、パパの気持ちも分かるけどぉ、それは瑠菜が決めるんでいいんじゃない?」
「ば、バカな! みすみす若くして失敗するのを見て見ぬふりしろってのか!?」
「あーら、18歳で卒業したその日に、私を連れて逃げたのは誰でしたっけね?」
「ぐ、ぐ。そ、それとこれとは、話が別だ!」
「どう別なのよ?」
「俺は誠実だったろ? ちゃんとお前を一筋に愛し瑠菜を大事にしてる。それじゃダメなのか?」
「いえいえ。ただ一緒だなぁーと思って」
「一緒? 俺と森岡くんがか? はは、冗談は止めてくれ」
「なによぉ。私のこと物陰から見るだけでなにもできずにいたくせに。結局私に告白させて、その瞬間に暗がりに連れていって……」
「わーー!! 火が着いた、火が! 森岡くん、網だ、網。なにをグズグズしているのかね! さっさとしたまえ!」
「は、はい」
俺は一條さんに網の場所を聞いて、お父様に手渡す。お父様は、ここが見せ場と張り切り出したが、この男……! 似ている! どことなく俺に……。
手際よく、網を張り脂身を擦り付け、バーベキューの準備完了。お父様特製の焼き肉のたれが出てきた。ママさんはお父様に冷えたビールを差し出して隣に座った。
お父様は、肉を焼きながら言う。
「ともかくだ。付き合うことは認めよう。だが、親の前で遊ぶこと! いいね? たまには外でデートしてもいいが、門限は18時だ。それまでには帰るように!」
すると、一條さんは元気に『はーい!』と答えた。マジか? 一体今度はなにを企んでいる?
「もしも、親の前から離れて影でチュッチュチュッチュしてたら、そんときはもう娘に会わさんからな! 覚悟しとけ!」
「う、うす……」
こ、怖い。こりゃ、相当制限を受けたぞ? 大丈夫か?
その時、隣に座る一條さんが箸をポロリと地面に落とした。
「あ、いっけない。お箸落としちゃった。ちょっとキッチンから別なの取ってくる。空くん付き合って」
「え? うんうん」
俺は一條さんに手を引かれて、一條家の中に入った。その途端、一條さんは俺の首に手を回す。
「ちょちょちょ、瑠菜!?」
「シー! 黙って。パパにバレるでしょ?」
そう言って強引に唇を押し付けて来た! い、一條瑠菜! キミって人は! 俺を殺す気だな!? 今、その玄関の扉が開いてお父様が入ってきたら、俺は無誠実な男と烙印を捺されるんだぞ?
くそ! 一條さんめぇ! はあ、なんて甘い唇なんだ……。
「んん……! はうぅ……」
くっ! 思わず声が出てしまった! キミから舌を入れてくるとは! 口中で絡み合う甘い物体……。
くそ! 一條さんは完全に俺からの強制キスによる征服をマスターしてしまったのだ。逆に俺が征服されてしまう。
そ、そうはさせないぞ……!
俺は彼女の背中に手を回して強く引き寄せる。
「はうん……」
へへ、どーだ! 忍法ハグの術! キミを強く抱き締めたら、舌の動きが若干弱まったぞ。成功だ!
強く抱いてやる。抱き締めて……。
ぬ、ぬおおおお!? これは!? ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!
強く抱き締めたら、俺の胸に二つのやーらかなものが当たっているぞ! むにょんむにょんなその物体の正体は、彼女の誇らしいでっぱい!!
くそ、やばい! 裏目だ! 裏目に出た! これでは、俺の中に封じられた一角獣が出てきてしまい、彼女を突いてしまう……!
それでも……。
それでも。
それでも!
ユニコー ン……あ、やばい。もう無理、無理、無理。
「はいはい、おしまい。ホラ瑠菜、箸取ってこい」
「あん、もう、空くん、やーらしい。やーらしい」
「ば、バカ。いーんだよ。待ってるから、取ってこいよ」
「なんでぇ? お手手ニギニギして、一緒にキッチンに行こうよう」
「いや、靴脱ぐの面倒だし、パパさんに遅いぞって思われるぞ」
「あ、そっか。ちょっと待っててね!」
そう言って一條さんはキッチンのほうに向かった。はー、助かった。今は性獣ユニコーンを沈めるほうが先決だ。
静まれい、静まれい! ここにおわす御方をどなたと心得る! おそれ多くも一條家当主、お父様にあらせられるぞ!
ははー!! ……静まった。お父様効果、絶大!
それにしても、強制ハグは考えものだ。一條さんという魔獣をおとなしくさせる、一つの方法かもしれないが、諸刃の剣。俺のユニコーンも召喚してしまう。何か、別な方法を考えなくては……!
一條さんは速攻で箸を取ってきて、俺の横に並んで手を取った。んはー、一條さんのお手手柔らかい。
恋人繋ぎしたままご両親の前に行くと、お父様の目から熱線が飛んできたのですぐに放した。怖い。
「少し遅いな、何かしてきたか?」
「なーんにもしてないよ、パパ。変に勘ぐらないでよね!」
「本当かね? 森岡くん。正直に言えば今なら許そう」
「しつこいなー、パパ。娘が信じられないのぉ? もう泣いちゃう……」
と言って一條さんが泣き真似をすると、お父様は大変に焦っていた。
しかし、それは一條さんの演技! 肉親を騙すための……。改めてキミの恐ろしさを痛感するよ。
恐るべし! その名は一條瑠菜!
【人物紹介】
◎一條 悟
一條瑠菜の父親。身長190センチ、体重120キロの筋肉ダルマ。昔は硬派の不良。瑠菜の母、香瑠と恋に落ち、高校の卒業とともに駆け落ちした。会社では部長職。
◎一條 香瑠
瑠菜の母親。身長148センチ。元は名家のお嬢さま。家で取り決められた婚約者がいたが、悟とともに駆け落ちした。今は幸せな主婦である。




