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プロローグ 異世界勇者召喚

 多くの高貴な者の集まる中、男の位は高くもなく低くもなく、端でもなく中央でもなく、立ち位置としては高貴であるがまだ歳若い者の集団の中心でその様子を眺めていた。

 その男も含め、ほぼ全ての者達の視線を集めているのは、高位聖職者の衣に身を包んだ二十歳に届くか届かないか程の美しい女性だった。

 各国の王やその代理、大貴族に高位聖職者の視線には、様々な思惑、無数の希望、どす黒い欲望が入り混じり、何物にも言い表せない人の情念となって見えな熱でその肌を焼く。

 しかし、その女性はそれに脅える事無く、真っ赤な毛の長い絨毯の敷かれた大理石の階段を登った。

 彼女の白い額に浮かんだ玉の汗は、この場に渦巻く粘つく熱気か、緊張からか、それとも高い階段を登った為か。

 果てしなく長く感じた階段の先にあるのは、荘厳な祭壇とその上に描かれた無数の図形が高度に組み合わさって出来た複雑な魔法陣。

 その横でこの場で最も高貴な衣装に身を包んだ老人に女性は頭を垂れた。

 老人は女性に道を譲るように一段降りると、大仰な動作で神に語りかけるように、民衆に布告するように堂々たる声と動きで宣言した。

「主の代理人たる第176代教皇アレクサンダーⅥ世が、主の御名において此処に伝説の勇者召喚の儀を執り行う事を宣言する!」

 その言葉に感激し熱烈に手を叩く者。

 それに続き手を叩く者。

 ただ冷めた目で形だけ手を叩く者。

 徐々に拍手は大きくなっていく。

 しかし、この儀式の執り行われるその都合を本当に理解しているものは何割いるのだろうか?

 そもそも、勇者召喚などという伝説上の儀式が本当に成功すると疑いもなく本気で信じているのは、一部のマッドな神学者と町の子供達くらいだろう。

 実際にこの儀式を押し付けられた少女にとってはいい迷惑であろうが、これほどの儀式魔術を執り行う主任に見合う地位にあり、それだけの技術を持ち、そして何よりあの権力狂いの教皇にとって都合のいい人物は彼女しかいなかったのだ。

 そんな不運な彼女は、その境遇にも腐る事無く、真剣な面持ちで祭壇全体に緻密に書き詰められた魔法陣を見つめ、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「――ベルティル・カラルカウ・デドス――」

 少女の凛とした声が呪文を紡ぐ。

 少女と補佐の聖職者達の魔力が魔法陣を駆け巡り、蜃気楼のようにてらてらと輝く虹色の光りを放つ。

 長い呪文を一言紡ぐ度に少女の額に大粒汗が噴出し、その顔はまさに鬼気迫るものであった。

 陣より溢れ出る人知を超越した人あらざる存在の力に半信半疑だった者はおろか、全く信じていなかった者達ですら、恐怖と迫力に声を潜め、固唾を呑んで儀式の行方を見守った。

 儀式が進むにつれ理解し難い気配と人を越えた力に気の弱い者達はその場にパタパタと倒れていく。

 臆病な幾人かは、後々臆病者と罵られる事を理解しながらも早々にコソコソとこの場を後にし聖堂から逃げ出した。

 彼等は最も幸いだった。

 比較的精神力が強く、それでいてプライドの高い者達は誰もが恐れ、いつまで自分が正気でいられるかすらわからず恐怖した。

 残り未だ倒れぬ者達は皆誰もが、最早伝説にある教祖が召喚したと言われる、伝説の勇者が呼び出される等とは思っていなかった。

 否。

 召喚される存在は人ではないと誰もが思っていた。

 自分達の敵である異教徒、魔族と侮蔑する連中よりも恐ろしくおぞましい、人知の及ばぬナニかが呼び出されるのではないか?

 そんな確信じみた言い知れぬ恐怖に苛まれながら、誰もその儀式を止める事はしなかった。

 否。

 止めるだけの気力など残っていなかった。

 正気を保ちつつ状況に流されるだけで誠意一杯だったのだ。

「――ダルブシ・アドゥラウル・ハアクル。星辰は正しき位置に至れり。汝正しき神の使徒よ。我等の求めに応じ現れたまえ!」

 人々の恐れの中儀式は成った。

 その瞬間、誰もが恐怖し声なき悲鳴を上げた。

 今まで辛うじて正気を保っていた者達も気を失い、バタバタとその場に倒れていく。

 陣から噴出する冒涜的な玉虫色に輝く無数の泡。

 そこから発せられる名状し難き恐怖がピークに達し、僅かに残った正気を保ててしまった不運な者達すら、狂気に傾こうとしたその時。

 その恐怖の泡の内より細い腕が飛び出し、可憐でしかし少々下品な少女の声が響いた。

「ほげぇぇえぇっっっ!なんじゃこりゃーーーっっ!!



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