第九十五話 魔王(前編)
日焼けした褐色の肌。
長い黒髪は後ろで一本に結んでいる。
上半身は何も着ていない為その筋骨隆々の体が目立つ。
「さてと…今がどんな状況か聞こうか?」
ガルガンは腕を組んで村長を見上げる。
巨人族…なんだよな?
俺はガルガンの姿を見てそう思った。
彼は明らかに小さい。
そりゃ俺達と比べたら背は高いが、巨人族ですと言われたら疑ってしまう。
「魔王が村に攻めてきた。死者も出ている。今はなんとか追い返したが、またいつ攻めてくるか分からん」
「なるほど…それで俺様の出番ってわけだ」
ガルガンはニヤリと口角を上げて言った。
なんだろう。
彼からは調子乗りの雰囲気を感じる。
「ん? っ…!?」
と、俺達に気が付いたガルガンは驚いた表情をする。
そして、次の瞬間、
「綺麗だ…」
そう言ってガルガンはヒルダの手を両手で包み込むように握った。
「あの…」
困惑するヒルダ。
しかし、そんなことはお構いなしに、
「俺はこの時の為に生まれてきた。そうだ。間違いない」
「……」
ヒルダの表情がどんどん曇っていく。
この感じ。アレだ。
「俺はお前に惚れたぜ! 付き合ってくれ!」
ガルガンはヒルダに対してそう言い放った。
やっぱりか。
ウェッヂと似た雰囲気を感じたからな。
周りは唖然としていた。
ユリアとイリーナは口元に両手を当て、シャーロットとヒカリはえっ、という顔をし、ジブリエルはあ〜言っちゃったか、という顔をしている。
そして、愛の告白をされたヒルダと村長だけが何一つ表情を変えていなかった。
しかし、次の瞬間、
「申し訳ありませんが、まだよく分からない方とそのような関係にはなれません。ごめんなさい」
ヒルダはきっぱりとそう言って頭を下げた。
「バ、バカな……」
ガルガンが膝から崩れ落ちる。
余程ダメージが大きかったのかその状態から動かない。
今の彼を色で表すなら灰色だな。
「あ〜あ」
ジブリエルがガルガンを見てそんな声を漏らす。
「まっ、まあ、突然のことだったし、こうなるのが普通よね」
「ビックリしました」
「うん」
「もう、ガルガンったら何やってんの…」
「アホな孫ですまんな」
おい、この空気どうすんだよ。
ガルガン、起きろ!
お前がなんとかしろ!
そう思ってもガルガンは動かない。
まるでフリーズしてるみたいだ。
「とりあえず、上まで戻りましょう」
「そうだな」
ということで、動かないガルガンを村長が持って地上まで戻ってきた俺達。
「では、ルーンの場所まで案内する」
それから少し移動してルーンが守られているという場所へ。
「ここが我々が二千年間守り続けた土のルーンがある祠じゃ」
案内された場所は洞窟のような場所だった。
入り口の穴は巨人族用で大きく、迫力がある。
ここに土のルーンがあるのか…。
「中に入る。付いてまいれ」
そう言われて俺達は村長の後ろを付いていく。
種族によってルーンを守る場所に違いがあるんだな。
そんなことを考えながら歩いていると、前の方から琥珀色の光が見えてきた。
「これが…」
中に入ると、琥珀色に輝くクリスタルがあった。
壊されていないルーンを見るのはこれが初めてだ。
「なんとか間に合ったわね」
「そうね」
「うん」
「この祠は特殊な結界で守られていてな。入り口からしか入ることはできない。なので、守るのは入ってきた入り口の一箇所でいい」
「なるほど」
戦力を一箇所に集中できるのはありがたい。
多分だが、俺達が分散したら魔王を止めることはできないだろうからな。
「わしらも戦うが魔王を止めるのはなかなか骨が折れる。全員で協力しなければならんじゃろう。頼んだぞ」
「分かった。俺達もできる限りを尽くすよ」
俺達はそこで顔を合わせると、首を縦振った。
何も言わないがみんな分かっている。
力を合わせて頑張ろうということだ。
それから俺達は一度村長の家の方まで戻った。
これからの戦いの準備をする為だ。
「ガルガンは大丈夫だろうか」
イリーナが言う。
ガルガンはずっと動かず、村長に連れていかれた。
余程ショックが大きかったのだろう。
可哀想に。
「あの程度で心をやられているようではまだまだですね」
ヒルダが夜色の刀を手入れしながら言う。
「まあ、丁寧に断ってたしね」
「そうね」
シャーロットとジブリエルはヒルダと同じ考えのようだ。
「でも、もし自分が断られた立場だったらショックだよね…」
「そうですね…」
ユリアとヒカリが言う。
もしかしたら二人も同じようなことがあったらガルガンみたいな感じになってしまうんだろうか。
「待たせたのう」
と、その時、村長の声が聞こえた。
近くにガルガンがいないところを見ると彼の家に置いてきたのかもしれない。
「村長、ガルガンは?」
イリーナが言う。
「あれはしばらく経てば元気になる。心配ない」
「そうか」
「さて、これからの大まかな作戦じゃが、まずは我々巨人族の戦士がやつと戦う。どれだけの犠牲が出ようとも気にするな。それが使命じゃ」
「「「……」」」
俺達はその言葉に息を飲んだ。
「どうなるかは分からんが、もし我々を突破して魔王がそなた達の前に現れた時、その時は頼む。ルーンを、世界を守ってくれ」
そう言って村長は頭を下げた。
すると、
「必ずわたくし達が止めてみせます」
ヒルダが村長にそう答えた。
「ハハ。戦いの前にいい返事を聞けた。頼りにしておるぞ」
と、そう言った瞬間、ドーーーンという大きな音が近くでした。
それはまるで空から隕石が落ちてきたような音だった。
「「「!?」」」
俺達は音のした方を見る。
すると、窓からその方向で砂埃が上がっているのが見えた。
そして、それと同時になんの理由もなく悪寒がした。
この感じ…まさか…?!
そう思ったのは俺だけではなかったらしい。
この場にいた全員がその表情を強張らせていた。
「うぬ…あそこはもう村の中じゃ。イリーナ! わしは村の者に伝えてくる。そなた達はルーンの元へ急ぐんじゃ。魔王がやってきた」
「はい!」
それから俺達は急いで準備をし、イリーナの兜に乗ってあの祠へ向かった。
少しして、
「着いたよ!」
俺達はイリーナの兜から降りた。
「ここからは誰が死んでもおかしくありません。わたくしも最善を尽くしますが、覚悟はしておいてください」
「分かった」
俺達は顔を合わせて頷く。
ここから先はどうなっても何も言えない。
自分達のできることをやるだけだ。
でも、
「ヒカリ」
「はい」
「もしもの時は逃げてもいい。お前はまだ若いからな」
ヒカリは見た目はそれなりに大人に見えるかもしれないがまだ子供だ。
危険を承知で付いては来ただろうが命を落とすには幼すぎる。
そう思っていたのだが、ヒカリは首を横に振った。
そして、
「私は逃げません。最後まで戦います」
俺が幼いと思っていたヒカリが今はとても大人に見えた。
彼女からは覚悟が感じられた。
どうやら俺が思っているよりもヒカリは成長してたんだなと思わされた。
と、その時、
「『居合・紫電一閃!』」
ヒルダが全身に紫の電気を纏い虚空を斬った。
「「「ヒルダ?!」」」
「……」
と、次の瞬間、ヒルダの前の木々が次々と倒れていく。
一瞬ヒルダがやったのかと思ったが、すぐにそれは違うと気が付いた。
倒れていく木々が明らかに多過ぎる。
しかも、それが遥か向こうまで続いているのだ。
そして、何より。
その遥か向こうから感じる圧。
これが魔王によるものだとすぐに分かった。
「…あの時と同じ…」
ユリアがそんなことを口にする。
と、その時、
「フハハハハ。誰かと思えばどこぞで見た者がちらほらいるようだ」
篭った声で聞こえた。
俺はその声の主を探した。
すると、斬られた木々の奥から歩いてくる黒いモヤ。
それが瞬きをする度にどんどん近付いて、あっという間にそいつは俺達の前に立っていた。
全身は黒いモヤで覆われ、甲冑を着ている。
背丈はヒルダとほぼ同じぐらい。
背中には大剣のような武器を持っている。
そして、禍々しい雰囲気で恐怖や威圧感を感じる。
間違いない。
こいつが魔王だ。
俺は警戒する。
が、青い炎を纏うことはしない。
それが最初の作戦だったからだ。
「あなたが魔王…」
ヒルダが刀を魔王に構えながら言う。
「いかにも、我は魔王ガラムーア。この世を統べる者だ」
堂々と魔王は言い放った。
と、その時、一歩前に出る者がいた。
「魔王様…お久しぶりです」
シャーロットだ。
彼女が前に出て話をしようとしているのだ。
でも、これは突然のことではない。
あらかじめ決めていたことだった。
ここにくる前に話し合って決めた作戦。
「ふむ。お前は…パルデティア・シャーロットか」
「はい」
「どうしてお前がここにいる?」
「私は…魔王様に聞いて欲しい話があるのです」
「ほう…なんだ」
魔王は動かずシャーロットの言葉を待つ。
「魔王様が封印されてから二千年という長い月日が過ぎました。私はその間この世界を生きてきました。この世界はあの殺伐とした世界とは違い、本当に平和で、優しい、笑顔のある世界」
「……」
「私は…もうあの頃のような世界になって欲しくないのです!」
シャーロットは必死に訴えた。
が、
「つまり、お前は我が邪魔だと、そう言いたいのか?」
魔王がそう言うと場の空気が冷たくなった気がした。
「……魔王様、どうか、この世界を救ってください…! この世界を、壊さないでください!」
「なるほど……パルデティア・シャーロット。お前の気持ちはよく分かった…」
魔王がそう言った瞬間、カンッという大きな音とともに剣と刀が打つかった。
その瞬間、俺達を吹き飛ばす勢いの突風が生じた。
「ほう、なかなかやるな」
「……」
剣と刀で押し合う二人はピクリとも動かない。
「ふむ」
その時、魔王がヒルダの刀を弾いて一度距離をとった。
「オーガに巨人族、エルフ族に妖精族、魔人に獣人族、そして……人族か。お前達を見ていると少し違いはあるが二千年前の戦いを思い出す」
「あの時は不覚を取ったが、今度はそうはいかぬ。必ずや世界をこの手にする。これが答えだ、シャーロット」
そう言ってシャーロットへ指を指す。
「……」
言われたシャーロットの顔はとても悲しそうだった。
「さて、それでは始めようか」
俺達は一斉に警戒する。
「ゆくぞ!!!」
その瞬間、魔王の姿消えた。
と、同時にヒルダの姿も消えた。
すると、あちこちで剣と刀が打つかっている音が聞こえる。
俺は全身に青い炎を纏い、なんとかそれを目で捉えようとする。
そして、なんとかその姿を捉えることができた。
どうやらヒルダと魔王の剣の技術は互角らしい。
一進一退の攻防が続いていた。
俺もなんとかヒルダの加勢をしなければ。
そう思った俺は全身に纏った青い炎を右拳に集める。
「『カオス・エラプション!』」
その拳を地面へ殴り付けた。
次の瞬間、魔王の足元から俺の青い炎が噴き出した。
「青い炎…?」
魔王は後ろに避けて俺の攻撃を躱した。
が、その僅かな隙をヒルダは見逃さなかった。
「『紫電猛進!』」
ヒルダが魔王へ斬り掛かる。
と、同時に、
「『ライトニングアロー!』」
「『ウィンドカッター!』」
ユリアの光の弓矢とジブリエルの風の刃が魔王へ追撃する。
「うむ」
しかし、それを見た魔王は冷静にこれらを対処した。
まず、魔王は持っていた大剣でヒルダの攻撃を受け止める。
そして、それと同時に自分に向かってくる魔法を的確に守護魔法を展開して防いだのだ。
「なかなかいい連携だ。だが…」
「くっ…!?」
ヒルダが大剣で押されて体勢を崩した。
俺は即座に動き出し、ヒルダの支援に入る。
魔王の振り下ろした大剣を腕で受け止めた。
「青い炎…そして、この腕の感触…お前は人族ではないな?」
魔王はそう言うが俺には関係ないことだ。
俺はただ仲間を守って、この魔王をぶっ飛ばす。
世界を守る。
ただそれだけだ!
全身の青い炎が燃え上がる。
意図的にしたわけではない。
無意識にそうなったのだ。
「ほう。この青い炎、実に興味深い…」
まるで面白い物でも見つけたような反応をする魔王。
と、その時、
「はああああ!!!」
俺の後ろの方から大きな声がした。
そして、次の瞬間、魔王が少し離れたところまで吹き飛ばされた。
「大丈夫か?!」
イリーナが剣で魔王を退けてくれたらしい。
これが巨人族の力か。心強い。
「大丈夫だ」
「助かりました」
と、その時、体勢を立て直した魔王が、
「予定より時間が掛かり過ぎている。物事というのは思った通りには進まないものだな」
砂埃を落とす為か手で甲冑を払う。
そして、
「邪魔が多い」
そう言って俺達を睨み付ける魔王。
顔は見えないのに分かる。
背中がゾッとする。
逃げ出したくなる。
手が、足が、体が、心が小刻みに震えるような、そうな感覚があった。
しかし、そんな時、
「魔王様!」
シャーロットが話し掛けた。
これは作戦にはない。
どうする気なんだ?
「どうしてそこまでして世界が欲しいのですか?!」
シャーロットの顔は複雑そうだ。
やはり、元々同じ仲間だったから思うところがあるのか。
「くどいぞ! 我が世界を統べるのは当然のことだ。立ちはだかる邪魔者は消し、欲しいものは奪い、己の思うがままに行動する。ただそれだけのこと」
「そして、それが出来るのが魔王であり、我なのだ」
「……分かりました」
そう言って少し下を向くシャーロット。
今までだったらもしかして…と少しでも思っていたかもしれない。
でも、シャーロットと一緒に冒険をして分かった。
彼女は、
「私は世界の為にあなたと戦います!!!」
パルデティア・シャーロットは俺達の大切な仲間だ!
見てくれてありがとうございます。
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