第八十九話 イーストポート
ストライドを出発してから一ヶ月近くが経過した。
俺達は遂にシレジット大陸の最東に位置するここイーストポートまで来ていた。
「港があるだけあって賑わってるわね」
町を歩いているとジブリエルが言う。
確かに人通りが多くて賑わっているように思う。
どの露店を見てもそれなりに人集りができている。
「まずは船があるか確認しに行きましょう」
「そうね」
「ああ」
ということで、俺達はイーストポート行きの船があるかどうかの確認をしに船着場方面へと向かった。
最近、ヒカリに変化があった。
俺と一緒に居なくても大丈夫になったのだ。
ある日、どうしてもユリアに言いたいことがあるから彼女に付いて行きたいと言ってきた。
俺は正直離れて大丈夫か心配だったのだが、ヒカリの真っ直ぐな目を見ているとダメとは言えなかった。
だから、俺はヒカリの好きなようにやってみろ、と言った。
すると、ヒカリははい、とだけ答えてそのままユリアと一緒に食事で使った器を洗いに小川の方へ。
それから少しして帰ってきたヒカリの様子を見て俺は安堵した。
嬉しそうにしていて、体も震えていない。
最近は見る見るヒカリの心の病がよくなってきている。
ヒルダと剣の修行も始めたし、この調子でヒカリが元気になってくれるといいな。
「さあ、着きました。ここです」
見えたのは船着場の近くにある木で出来た建物。
周りに船が多く停泊していることからここで間違いなさそうだ。
そこそこ人の出入りもある。
「それじゃあ、早速中に入りましょうか」
「うん」
「ああ」
ということで、それからエクスドット大陸へ向かう船の有無を聞いた。
すると、どうやら今日の夕方にエクスドットから船がここに着くらしい。
なので、船がここ出発するのは明日の夕方頃になるとのことだった。
俺達はそれでもいいと船の予約をして建物を出た。
「それじゃあ、ここで一泊しないといけないから宿でも探しに行きますか」
シャーロットが外に出て早々言う。
「そうね。今のうちにさっさと宿を探しておきましょうか」
「では、宿を探しますか」
「うん」
「ああ」
それから俺達は今日泊まる宿を探す為にイーストポートの町を歩く。
すると、ここが港町だからだろう。
筋骨隆々の水夫達をよく見掛ける。
停泊している船の数も多いし、潮風の匂いといい、流石は港町って感じだろうか。
「「「カァア〜」」」
上を見上げるとカモメの群れが海の方へ飛んでいっている。
魚でも上がったんだろうか。
「せっかく海がある場所まで来たんだから少し町を見たいわ」
と、ジブリエルが言う。
新しい体験がしたくてワクワクしてるって顔だ。
「そういえば、初めてなんだっけ? 海?」
シャーロットが聞く。
「ええ。だから、少し自由行動がしたいわ」
「ふ〜ん。まあ、明日まで時間はあるわけだし、宿を決めたら各々自由時間っていうのもありかもね」
「自由時間ですか…」
「自由時間…」
「ん〜…」
自由時間か…。
俺も海は知識として知っているけど実際に海水を触ったりしたことないから興味はあるな。
まあ、一応ミント大橋で触れたと言われれば触れた気もするが、あれはほぼ雨みたいになってたからな。
うん。いい機会だ。俺も後で海を見に行ってみよう。
「なるほどね〜」
ジブリエルはニヤニヤしながらそう言った。
それから今日泊まる宿を決めた俺達は晩御飯まで自由行動をしようということになった。
なったのだが……、
「もし良かったら一緒にこの町を見て回らない?」
宿で休憩しているとユリアからのお誘いがあった。
俺は自分の心が躍っているのが分かる。
めちゃくちゃ嬉しい!
これってデートだよな。
ユリアとデート……夢じゃないよな。
「ダメ、かな?」
少し不安そうなユリアの顔が可愛い。
答えはもちろん、
「一緒に回ろう!」
俺は嬉々としてそう答えた。
「そっか。よかった…」
ユリアは安堵のため息を吐く。
この反応といい、この間の嫉妬の話といい、もしかして……、
なんて思っていると、
「おやおや、おやおや。随分と楽しそうな会話をしているじゃないかね」
詐欺師みたいな妖精族が俺達に近付いてきた。
「な、なんだよ」
「いやいや。いいんだよ。私は何も言わないから」
この変な喋り方はなんなんだ。
たまにこうやってふざける時はあるが…、
「……」
ユリアの顔が心なしか赤い気がするんだがどうかしたのか?
「でも、そうね…ただ二人の様子を見ているのも面白くないから……これ」
そう言って手をパンパンと鳴らすジブリエル。
その目線の先にはシャーロットが居る。
本当にこいつは何がしたいんだ?
「ん? 何よ。私に何か用でもあるの?」
シャーロットはやれやれという感じで俺達に寄ってくる。
「シャーロット君。君には今日、この二人と一緒に時間を過ごしてもらう」
「はぁ? どういうこと?」
困惑の表情を浮かべるシャーロット。
そりゃそうだろ。訳が分からん。
ていうか、
「どうしてジブリエルが勝手に決めるんだよ?」
せっかく二人きりのデートかもと思っていたのに…。
「おいおい、少年よ。そんなせっかく二人きりになれそうだったのにみたいな顔をするな」
「なっ…?! なんのことかな……」
こいつ、どうして分かった……。
「シャーロットが一人になっちゃうから可哀想だなって思って」
「ん? どういうことだ?」
ヒルダとヒカリが居る筈だが…。
「わたくし達は剣の鍛練をしようかと思っています」
と、ヒルダとヒカリが近付いてきた。
「私がお願いしてヒルダさんに剣を教えてもらえることになったんです」
と、ヒカリが言う。
あのヒカリが自主的に剣の稽古をお願いしただなんて。
本当に変わり始めてるんだな。
「と、いうことでこのままだとシャーロットが一人なのよ」
「別に私は一人でいいわよ。荷物だってあるんだし…」
と、シャーロットは言ったのだが、
「チッチッチッ。それだと間に合わなくなるわよ?」
「? 何がよ?」
シャーロットは不思議そうに言う。
すると、ジブリエルは彼女へ近付き耳当てをして何かを話す。
「あんたには関係ないでしょ?」
少し顔が赤い気がするが気の所為だろうか。
「本当にいいの?」
ジブリエルが真剣な面持ちでシャーロットへ聞く。
一体、なんの話をしてるんだ?
「……はあ…分かったわよ。あんたの策に乗るわ」
「うんうん。それでいいのよ」
満足そうな顔のジブリエルとは対照的に気怠そうなシャーロット。
「てことで、ユリア。二人っきりじゃなくなったけどごめんね」
ジブリエルが表面上の謝罪をする。
「えっ?! あ、うん。大丈夫だよ」
ユリアは少し慌てたような反応をする。
「それじゃあ、私は町に出掛けてくるからまた後でね〜!」
そう言うと、ジブリエルは部屋から出て行った。
「まるで嵐だな…」
「いつものことですよ。では、わたくし達も出ます。また後で」
「ああ」
「いってきます」
ヒカリはそう言ってヒルダと一緒に部屋を出て行った。
「私達もとりあえず行こうか」
「おお」
「そうね」
それから三人でイーストポートを歩いて回ることに。
まずはさっきも通った露店の方へ向かった。
様々な店が道にずらりと並んでいて、色とりどりの果物を売っていたり、武器や防具を売っているところもあれば、アクセサリーなんかを売っているところもある。
だが、ここが港町ということもあるのか海産物を取り扱っているところが多いように思う。
「これとか可愛いね」
「いいわね」
二人が水色の綺麗な貝殻をネックレスにした物を見ながら言う。
なんか二人の買い物に付いてきたみたいになってるな。
でも、まあ、楽しそうだからいいか。
「ねえねえ。ソラはこのネックレス、私とシャーロット、どっちの方が似合うと思う?」
「えっ?!」
唐突に難問が俺を襲った。
どっちがいいかって聞かれても困る。
だってどっちを選んだとして片方は選ばれないわけだから、なんか嫌じゃん?
「それは気になるわね。どうなのよ?」
「……」
どうやら選ぶしかないようだ。
さて、この水色の貝殻のネックレスがどっちに合うかって話だったが、一旦、考えてみよう。
ユリアは全体的に白っぽい感じだから淡い水色は似合いそうだ。
目の色とも近いしな。
シャーロットはどうだろうか。
黒いゴスロリの服だから淡い水色は目立ち過ぎてしまう気がする。
シャーロットには銀のアクセサリーとかの方が似合いそうだ。
となると、
「ユリア、の方が似合ってるんじゃないか?」
俺はそう言った。
すると、
「そうかな?」
ユリアは少し照れくさそうだ。
「ふ〜ん。まあ、いいけどね」
シャーロットが腕を組んで機嫌悪そうに言う。
こうなるから俺はあまり言いたくなかったんだが……、
と、その時、俺はいい物を見つけた。
「すいません、これとあと、そこにあるやつください」
「はいよ」
俺が指差したところにあったのは銀でできた貝殻の形をしたネックレスだ。
「どうぞ。お兄さん、両手に花だね」
「ど、どうも」
歳をとったおばあちゃん店員が俺を揶揄う。
「ほら、二人にプレゼントだ」
「「いいの?」」
二人が同時に聞く。
「ユリアはこっちの淡い水色の方が似合うと思う。シャーロットにはこっちの銀で出来た方が服とも合ってると思う。これが俺なりに考えた結果だ」
「「……」」
二人はそれぞれネックレスを受け取る。
すると、
「ありがとう。大切にするね」
「ありがとう。大切にするわね」
二人は同時にそう言った。
それから俺達三人は町を色々歩いて回った後、日が暮れる前に海に行こうということになり、浜辺がある海まできていた。
「これが海か…」
長い銀髪を潮風に靡かせながら言うユリアは夕陽に照らされてとても綺麗だ。
「どう? 初めての海は?」
「うん。とても綺麗…」
「そう。それはよかったわね」
ユリアはじっと海を眺めている。
感動しているんだろうか。
「そういえば、ソラも海は初めてって言ってなかったっけ?」
「ああ、そうだよ」
俺も初めてだ。
でも今は海よりもユリアの方に興味があるんだよな〜。
「意外と冷たいんだ…」
ユリアが海に手を触れて言った。
「せっかく海まで来たんだからソラも触ってみたら?」
「え?」
まあ、確かにそうか。
俺はそう思ってユリアの方へ歩いて行く。
そして、打ち寄せては引いていく波に手を触れてみた。
確かにユリアの言っていた通り少し冷たい。
「意外と冷たいよね」
「ああ、そうだな」
「海の魚も冷たいとか思うのかな?」
「魚によって住んでいる水温とかが違うから実は思ってるんじゃないか?」
「へえ〜そうなんだ。物知りだね」
「まっ、まあな」
不意に褒められると照れるな。
「…今日はこれ、ありがとうね」
そう言ってユリアは俺が買ってあげたネックレスを強調する。
「いいよ。俺がプレゼントしたかったからあげたんだし」
「そっか…」
夕陽が邪魔してちゃんと見えないが、ユリアの顔が少し赤くなっている気がする。
なんか良い感じじゃないか?
俺の鼓動が自然と速くなった気がした。
「…?」
と、ユリアが一瞬シャーロットの方を見た。
かと思ったら次の瞬間、ユリアは海水を手で掬ってそっち方向へ飛ばした。
すると、
「ひゃあ?! ちょっと! 何すんのよ!」
シャーロットがこっちに振り向いて怒る。
いきなりユリアが海水を掬ったから何かと思ったが、もしかしてシャーロット、先に一人で帰ろうとしてたのか?
「今、先に帰ろうとしてたでしょ?」
「いいじゃないの。私の勝手でしょ?!」
「……シャーロット、私に気を遣ったでしょ?」
「…別に? そんなことないわよ」
「そんな嘘吐いても分かるんだからね!」
「嘘じゃないわよ」
「もう! とにかくシャーロットには最後まで一緒に居てもらいます」
そう言ってシャーロットをこっちに引っ張ってくるユリア。
シャーロットは渋々という顔をしている。
「ほらほら。せっかくだからシャーロットも貰ったネックレス見せてあげたら?」
「……これ、ありがとね」
シャーロットは仕方なくという感じで礼を言ってネックレスを強調した。
言わされてる感が滲み出てるぞ。
そう思ったが、
「…似合ってるぞ」
後から何を言われるか分からないのでそう言ったと言いたいたいところだったが、その言葉は自然と出た。
シャーロットによく似合っていたからだ。
そして、その時、夕陽に照らされる赤い瞳もいいなと思った。
すると、シャーロットは赤面した後に、
「わ、我が身に付けているのだから当たり前であろう」
何故か我口調でそう言った。
見てくれてありがとうございます。
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