第八十七話 ヒカリの願い
ドラグナーを出発してから馬車に揺られて一週間ほどが経過した。
俺達はシレジット大陸の中央に聳えるリバイロックの最北東に当たる山脈の近くまで移動していた。
「そろそろ獣人族の村に戻る為に準備をしておかないとね」
シャーロットが言う。
「ここからはエクスドット大陸に向かう者と獣人族の村に向かう者と分かれる必要があります」
「ああ」
今まで通りの予定ならヒルダがヒカリを連れて獣人族の村まで案内する予定だ。
「少し寂しくなりますね」
ヒルダが寂しそうに言う。
が、こればかりは仕方がない。
これから先の旅は魔王がいつ襲ってきてもおかしくない。
そんな旅にヒカリを連れて行くわけには行かない。
「ヒルダ、ヒカリちゃんのことをお願いね」
「ええ、勿論です」
ヒルダはユリアの声に応えるように力強く返事をする。
「まあ、ヒルダなら大丈夫でしょう。私達の中で一番頼りになるから」
と、ジブリエルが言うと、
「ヒカリのことはわたくしに任せてください。必ず家まで送り届けてみせます」
ヒルダはそう言った。
俺達の中でヒカリを守りながら獣人族の村まで案内できるやつは彼女以外にいないからな。
「ヒカリのことは任せたぞ」
俺はヒルダにそう伝えた。
すると、彼女は俺の思いを汲み取ってか真剣な面持ちで首を縦に振った。
「ここからどうなるのかしらね。魔王様がどこにいるかも分からないし、最悪いつ死んでもおかしくない」
俺達はシャーロットの言葉で少し雰囲気が重くなる。
だが、シャーロットの言う通りここから先はいつ死んでもおかしくはない。
俺達も覚悟を決めてこれから先の旅をしないといけないわけだ。
「……ヒカリ、ヒルダの言うことをちゃんと聞くんだぞ?」
俺はヒカリにそう伝える。
が、勿論彼女は何も反応しない。
今まで俺にずっと付いてきていたから少し心配だが大丈夫だろうか。
その日の晩。
俺達はヒカリ達と最後の食事を食べていた。
「…この美味しいご飯ともしばらくお別れですね」
「フフ。ありがとう。そういえばヒルダは料理できるの?」
「わたくしはユリアに比べれば全然ですが、それなりにできますよ」
と、ヒルダがそう言うと、
「そうだったのね」
「いつもユリアが作ってくれてるから料理を振る舞う機会なんてないものね」
「そうだな」
俺ももうずっとご飯なんて作っていない。
手伝うぐらいはするんだがな。
「今度、ヒルダが戻ってきたら日替わりでご飯を作ってみるってのはどう?」
ジブリエルが提案する。
日替わりでご飯を作るか…まあ、アリかもしれない。
たまにはみんなのご飯を食べるっていうのも面白そうだ。
「いいですね」
「私、料理なんてほぼほぼ作れないわよ…?」
「いいじゃない。それも面白いし」
「私もみんなの料理食べてみたい」
「それじゃあ、またみんなで集まった時の約束だな」
「「「うん」」」
俺達は約束をした。
次に会う時が今から待ち遠しい。
そういえば、今みたいな状況のことを言う言葉があった気がするがなんだったろうか。
あまり縁起の良い言葉ではなかった気がするんだが……。
と、ここで俺はあることに気が付いた。
ヒカリがご飯を食べていない。
「ヒカリ、どうかしたのか?」
俺は気になり聞く。
「……」
が、ヒカリはいつも通り何も言わない。
しかし、彼女の瞳からは涙が流れていた。
「お、おい!? どうした?! 大丈夫か?!」
俺はすぐにヒカリヘ駆け寄る。
何かあったんだろうか。
もしかして俺達と離れることが想像以上にヒカリにとってストレスを与えていたのか?
「ヒカリ?」
俺は彼女の体に触れる。
すると、彼女の体は小刻みに震えていた。
まるでストライドの時のヒカリみたいだ。
「……なあ、ジブリエル。どうなってるんだ?」
ジブリエルならヒカリがどうしてこんなことになってるか分かるかもしれない。
そう思って聞いたのだが…、
「……私からは何も言わないわ。だから、ヒカリのことを待ってあげて」
「ヒカリを?」
俺は予想外の言葉に戸惑いながらも言われた通りにする。
多分ジブリエルはヒカリの心の声を聞いて何を知ってこんなことを言ったのだろう。
しかし、待つといってもどうするつもりなんだ?
そう思っていたのだが…、
「……私は……」
それはか細い声だった。
他の人が話でもしていればかき消される小さな声。
だが、そんな声もよく聞こえる。
あのヒカリが頑張って話そうとしてくれている。
俺達の中でそんな彼女を無視するような奴はいない。
「……みんなと、一緒に…居たい…!」
ヒカリの涙を流しながらの言葉。
体も緊張からか小刻みに震えている。
今まで一度も話さなかったあのヒカリが頑張って俺達に自分の思いを話してくれた。
これは大きな進歩だ。
「ヒカリちゃん……」
「自分で言えたわね」
「……はい…」
涙を手で拭いながら返事をするヒカリ。
「久しぶりにあんたの声を聞いたわね」
「そうだな」
本当に久しぶりだ。
それに初めてストライドで会ったあの時より優しい声音だ。
これが本来のヒカリなのかもしれない。
と、その時、
「……ヒカリ。これから先の旅は死と隣り合わせです。あなたはそれを分かってわたくし達と一緒に居たいと言っているのですか?」
ヒルダは真剣な顔でヒカリに聞く。
確かにここから先は何が起こるか分からない。
そんな旅にヒカリを連れて行くのは危険だ。
ヒルダがこんな真剣な顔で聞くのもご尤もだ。
すると、ヒカリはヒルダに応えるように真剣な面持ちで、
「はい。ここから先の旅が危険ということは分かっています。でも、それでも、私はみんなと一緒に居たいです!」
力強く言った。
それはヒカリが本当に心から思っているからこそここまで強く言えたのかもしれない。
「…そうですか。そこまで言うならわたくしはもうこれ以上は言いません」
「っ…!」
ヒカリは嬉しそうな表情を浮かべる。
自分の気持ちが伝わったことが嬉しいんだろうな。
でも、これはヒカリがきちんと自分で話したからだと俺は思うぞ。
「でもいいの? 家族が心配するんじゃない?」
「それは…」
確かに家族のことを考えれば家に帰った方がいいだろうが…、
「その通りですが、一緒にここまで旅をさせてもらって気が付いたんです」
「……」
シャーロットは何も言わずヒカリの言葉を待つ。
「村で連れ去られてからストライドでみんなと会うまで様々な人と出会いました。盗賊、殺し屋、商人、奴隷、七武衆のみんなやご主人様もその内の一つです」
「思い返すとみんな自分のことばかりを考えていたように思います。自分のことを一番に考えて、行動して。別にそれはおかしいことではないし、多分それが普通なんだと思います」
「でも、シャーロットさん。ユリアさん。ジブリエルさん。ヒルダさん。そして、ソラさん。あなた方は今までに出会った人達とは少し違うように感じました」
「私はその違いが…本当の絆が知りたいんです!」
絆か…。
ヒカリがどうして俺達をそんな風に感じたのか詳しいことは分からない。
でも、彼女にはそう思える何かが俺達にあったってことだ。
「東の大陸だけ…一緒に居させてください。それが終わったらもう我儘なんて言いません。だから…」
ヒカリが必死に訴える。
すると、
「ちょっと待ちなさい。誰も連れて行かないなんて言ってないでしょ?」
「…ごめんなさい。私、必死で…」
ヒカリがしょんぼりする。
それに合わせて彼女の猫耳と尻尾も垂れ下がる。
「家族へは冒険者ギルドを通じて伝わるでしょうから大丈夫でしょう」
「ふ〜ん。まあ、それもそうか。獣人族の人もヒカリのことは心配でしょうし」
「じゃあ、これからみんなで一緒に旅ができるね」
「ああ、そうだな」
ユリアの言葉に俺は返事を返した。
まだしばらくはこのメンバーで旅をすることになりそうだ。
「それじゃあ、明日からご飯の当番を変えていきましょうか」
「えっ?! もう?!」
「どうせいつかやるんだから明日からでも問題ないでしょ?」
「それはそうだけど…」
ジブリエルとシャーロットは相変わらずだな。
「なあ、ヒカリ」
「はい」
俺はヒカリを呼ぶ。
「やっとお前と話せたな」
「っ…! はい!」
こうして俺達はヒカリを含めた六人で東の大陸、エクスドット大陸へと向かうことになったのだった。
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