第八十四話 親睦
クライシス神聖国を出て馬車に揺られてから三日が経過した。
俺達はドラグナーという街に向かっている。
「ふう〜美味しかった…」
「よかった」
現在、俺達は馬車から降りて晩ご飯を食べていた。
俺達の他にも馬車は何個かあるので集団で移動しているのだが、これは多分安全面を考えたりしてのことなんだろう。
もしもの時の護衛を雇った時にお金を節約できるだろうしな。
「鍋は体が温まりますね」
「そうね。栄養も摂れるしね」
しかし、この六人旅にもだいぶ慣れてきたな。
最初はユリアとの二人旅だったんだが、こうやって人が増えたことを考えると俺もそこそこ旅をしてきたんだなと考えさせられる。
と、俺はふとヒカリの方を見る。
最近のヒカリはご飯も食べるようになってきて少しだが変化を感じる。
もしかしたらヒカリと普通に会話できる日も近いかもしれないな。
そうだ。
ジブリエルに後でヒカリの今の状態について聞いてみよう。
それで心に何か変化があるか分かるかもしれない。
それから少し時間が空いて俺はジブリエルにヒカリのことを聞くことにした。
「なあ、ジブリエル」
「ん? どうかしたの?」
ジブリエルは何かの本を読んでいた。
どこかで買った本だろうか。
それとも家から持ってきた本だろうか。
「それなんの本だ?」
俺は気になり聞いてみた。
「これは薬草の本よ。ここら辺で役に立ちそうな薬草がなかったか調べてたの」
「へえ〜」
ジブリエルのこういうところは尊敬できるな。
なんというか真面目だよな。
「それで? 私に何か用があったんじゃないの?」
「え? ああ、まあ」
流石人の心を読める妖精族だ。
俺の考えは読めなくても分かるらしい。
「実は最近ヒカリの様子が少しずつ変化している気がするんだ。それで心の声が聞こえるジブリエルなら何かその変化について分かることがあるんじゃないかと思ってさ」
「ふむ。なるほどね」
「で、どうだ? ヒカリは?」
「そうね。確かにヒカリは変わりつつあると思うわ。今まではソラのことしか信用できてないみたいだったけど、今は私達のことも信用できる人って考えられるようになってきたみたい」
「そうか」
やっぱりヒカリも少しずつ変わっていたんだな。
「でも、やっぱり完全に信用できるのはソラだけみたいね。多分私達が彼女に触れてももう大丈夫だと思うけど、心のどこかで怖いと感じてるからあまり触れるのも可哀想だし…今がなんとも言えない微妙な時期かもね」
「ふむ」
だとすると、もう少し時間が必要そうだな。
まあ、気ままに待とう。
いつかヒカリが自分から話し掛けてくれるようになるまで。
「分かったよ。ありがとう」
「このぐらいお安い御用よ。あっ、そうだ。さっきシャーロットがマッサージをご所望だったわよ。馬車にずっと揺られて腰でも痛くなったんじゃない?」
「またマッサージか…? しょうがないな……」
行ってやるか……。
それから少し離れた木の上で休憩していたシャーロットの元へ。
「おい、シャーロット。来てやったぞ?」
「ん? ああ、ソラか」
そう言って木から降りるシャーロット。
「どうかしたの?」
「どうかしたのって、お前がマッサージして欲しいって言ったんだろう?」
「はい?」
「?」
どういうこと?
なんで何言ってんだって顔をされてんだ。
「ねえ、もしかしてそれジブリエルに言われた?」
「え? うん」
「ああ…なるほどね。またやられたわね」
「やられた? あっ…もしかしてジブリエルのやつ…!」
俺がジブリエルの方に振り向くと彼女は満足そうな笑顔を浮かべていた。
またいつものイタズラか。
全く…勘弁して欲しい。
「じゃあ、用がないなら俺は戻るぞ」
「あっ、待って」
「ん?」
「その…せっかくだし話でもしない?」
「話し? まあ、いいけど…」
珍しいな。
何か話したいことでもあるんだろうか。
「まあ、座りなさいよ」
「おお」
それから俺達二人は木に腰掛けて座る。
シャーロットはスカートを直して三角座りだ。
そして、顎を膝の上に置いて小さくなっている。
どうかしたんだろうか。
今日は随分しおらしいな。
「何か悩み事か?」
俺は気になり聞いてみる。
「う〜ん。私、前から気になっていたことがあるの」
「気になっていたこと?」
なんだろう。
「魔王様のことよ」
「魔王の?」
「最初から少し変だと思っていたんだけど、私の知っている魔王様は杖を使っていた。でも、ユリアもジブリエルも剣を持ってたって言ってた」
「杖か…」
魔法はどちらかといえば遠距離から攻撃するのが得意な筈だ。
でも、剣はその真逆で近距離をしなければならない。
確かに変ではある。
が、
「何かの理由で魔法が使えないとか制限があるから剣を使ってるんじゃないか?」
「私もそうかと思ってたんだけど、ユリアの時は魔法を使っていたみたいだから魔法が使えないみたいなことはないと思うの」
「う〜ん」
「そして、この間のクライシスでのキリコのあの黒い手……もしかしたら私の知らない何かが今起こってるのかなって。それで少し考えてたのよ」
「なるほど」
自分の知っている魔王と今の魔王とでは違いがあって、シャーロットはそれが気になっているってことか。
確かにそう考えると俺達が追っている魔王には何か秘密があるのかもしれないな。
でも、確認のしようがないからな。
魔王に会ってシャーロットが話でもすれば分かるんだろうが。
「ねえ、ソラはもし私達の誰かが命の危機に瀕したらどうする?」
「ん?」
また唐突な質問だな。
命の危機に瀕したらか。
もしそんな時が来たら俺は……。
「助けると思う。これは俺だけじゃなくてみんなそうなんじゃないか? 仲間がピンチな時にはきっと助けると思う」
「……そうね。私もそう思う」
「どうしてそんなこと聞いたんだ?」
「……ううん。みんなはどう思うかなって聞いてみたくなっただけよ」
「…そうか?」
と、その時、
「ただいま」
洗い物をしていたユリアとヒルダが戻ってきた。
「おかえり」
「ん? シャーロット、何かありましたか?」
「ううん。少し考えごとをしてただけ」
「そうですか。何かあったら言ってくださいね」
「ええ。ありがとう」
シャーロットのことをみんなに言った方がいいだろうか。
でも、本人が俺にしか言わなかったってことは言わない方がいいか。
と、そんなことを考えていると、ユリアが俺に手招きをしている。
何かあったのか気にしてる顔だ。
俺はユリアに近付く。
「ねえねえ。何かあったの?」
ユリアが耳打ちをして俺に聞いてくる。
「いや、特になんでもない」
「そうなの?」
「ああ。少し話を聞いてただけだ」
「本当に?」
ユリアが確認してくるように聞いてくる。
顔が近すぎるって。
「ほ、本当だよ」
「ふ〜ん」
声が上擦ってしまった。
「二人の秘密ってことか…」
「別にそういうわけじゃ…」
「嘘、嘘。冗談よ、冗談。でも、何か困ったことがあったら言ってね」
「うん」
「まあ、別に何もなくても話したいから話し掛けてくれていいんだけどね」
「えっ…? それってどういう…」
「それじゃあ、私は後片付けがあるから」
「あっ……」
ユリアがそそくさと離れていってしまった。
今のはどういう意味で言ったんだ?
仲間とは話したいという意味で言ったのか、それとも、俺と話したいという意味で言ったのか。
どっちなんだ……。
「ほうほう。なるほど」
「おお…?!」
いつの間にか俺の横にジブリエルがいた。
「なかなか面白いことになっているではないか少年よ」
「……何してんだ?」
どうしておじさんみたいな喋り方なんだ?
「別に? なんとなくこういう口調にするのもいいかなって」
「……」
いつもの気まぐれか。
「ねえねえ。どうしてユリアがあんなこと言ったか分かる?」
「? 分かるわけないだろう?」
それが分かったらこんな考えたりしない。
「実はソラとシャーロットが二人で話しているのを見て嫉妬してあんなこと言ってたりして」
「えっ……」
それってつまり……ユリアは俺のことを少なからず意識してるってことなのか?
どうなんだ、ジブリエル。
「まあ、でも人の気持ちなんて分からないから本当はどう思ってるかなんて分からないか〜」
「いや、お前分かるだろ!? 俺で遊んでんのか!?」
わざとらしい声で言いやがって。
今俺はこいつの掌の上で踊らされてる気がする。
「ふ〜ん。そういう態度とっちゃうんだ〜…ジブリエル…少し怖い…」
こいつ……覚えてろよ…。
いつか仕返ししてやる。
「ジブリエルさん、戯れですよ、戯れ。それで本当のところはどうなんですか?」
今は礼儀正しくしておこう。
「うむ、よろしい。そもそも今までユリアがあんなことを言ったことがあったかしら?」
「ない…と思う」
「つまりそういうことよ」
そういうことってことはユリアが嫉妬してたってことか?
それはなんか嬉しいな。
「これ以上は私の口からは言えないわね。私は本の続きが気になるからもう戻るわ」
「お、おお…」
続きが気になる薬草の本なんてあるんだろうか。
ていうか、何しにきたんだ。
俺で遊ぶ為だけにきたのか?
と、そんなことを考えていると、
「ソラ、少しこちらへ来てください」
「え? ああ」
ヒルダに呼ばれたので近付く。
「どうかしたのか?」
「いえ、少しシャーロットのことが気になりまして。何かあったのですか?」
最近思うんだがヒルダは面倒見がいい。
その点はユリアと似ている。
それに戦闘面においても頼りになるから俺達の中でもお姉さんとか姉御って感じだ。
「いや、特になんでもないよ」
「そう…ですか…」
ヒルダは少し残念そうな顔をする。
自分に話してくれないのが頼られていないとでも思っているんだろうか。
そんなことないのにな。
「ヒルダって優しいよな」
「えっ? いや、そんなことは…」
「シャーロットのことが心配だから聞いてきたんだろう?」
「まあ…そうですが…」
「もし本当にヤバそうだったら本人から話してくれるさ。ヒルダは仲間のことを考えてくれる頼りになるお姉さんだからな」
「そ、そんなことはありませんよ」
最近もう一つ思うことがあるんだが、もしかしてヒルダってちょろいのかもしれない。
今も照れくさそうにしているし。
いつか変な男に捕まりそうな感じがする。
「俺も困ったことがあったら相談するよ」
「は、はい」
「じゃあ、何もないなら俺はもう行くけど?」
「分かりました」
それから俺はヒルダから離れて自分がいた場所へ腰を下ろした。
すると、ヒカリも俺の近くに腰を下ろす。
今日は全員とそれなりに話せた気がする。
本当はヒカリとも話せたらいいんだが。
「いつかお前とも話したいな」
「……」
相変わらず無言だが、これでもヒカリは徐々に成長してるんだよな。
「なあ、頭撫でてもいいか?」
「……」
ヒカリは何も言わない。
ジブリエルが言うには俺は信用してるから触れても大丈夫みたいなこと言ってたけど…。
俺は恐る恐るヒカリの頭に手を伸ばす。
そして、優しく彼女の頭を撫でた。
「無理しなくていいからな」
そう言うが案外ヒカリは撫でられて嬉しいのか尻尾が左右に揺れている。
俺が思っていたよりヒカリの精神状態は安定してきてるのかもしれない。
「困ったことがあったらちゃんと俺かみんなに伝えるんだぞ?」
「……」
俺はヒカリの成長を感じてこの日は眠った。
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