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第七十九話 剣と刀

 教皇の部屋に入った俺達。

 部屋は本がびっしりと並んだ本棚で囲まれていて、何かの書類の山が机の上に積まれている。

 書斎みたいな感じなのだろうか。


「すまないな、いきなり」


「ううん。それよりもどうしたの? こんなところにお客様まで連れてくるなんて」


 物珍しそうに俺達を見るクラリス。


「昨日の件と例の無差別殺人の件で協力してもらってるんだ」


「そうだったんですか」


「ということで、悪いんだが…えっと、確かキリコだったか? 協力してくれ」


 どうやらこの少女の名前はキリコというらしい。


「私のような者の名前を覚えていてくださってるなんて…」


 キリコが照れながらも嬉しそうに言う。


「私もできるだけ同じ信徒の名前と顔は覚えてあげたいのだがなかなか時間がとれなくてな。そんな私に比べてクラリスは全員の顔と名前を覚えていて尊敬している」


「そんな、ヴァルキュリー姉さんは私にはできない執行官としてのお仕事がありますから私が名前と顔を覚えているのは当然のことです」


 そういえばヴァルキュリーの仕事の執行官ってのはどんな仕事なんだろうか。


「当然、か。やはり教皇はクラリスがなって正解だったな」


 ヴァルキュリーが小言でそんな言葉を漏らす。


「…ヴァルキュリー姉さん?」


 クラリスが不思議そうにしている。


「さて。話を戻そう。まずは例の無差別殺人の件についてだ。何かこの件について知っていることがあれば話して欲しい。些細なことでも構わない。気になったことや噂で聞いたこと程度でも何かないか?」


 ヴァルキュリーが聞くとクラリスとキリコが考える。

 すると、クラリスが、


「そうですね…そもそも無差別殺人事件は数ヶ月前に初めの女性が殺されたのが始まりでした。それから今日に至るまでに亡くなった方は十一名。どれも年齢や性別にはばらつきがあります」

「ですが共通点もあり、まずは殺された時間帯が深夜であること。そして、亡くなった方は必ずクライシス教の信徒ではなかったということ」


 なるほど。

 だとすると、犯人はクライシス教の人間をわざわざ避けて殺している可能性があるということか。

 そして、昨日のロスティーナが逃げ出したという件。

 これは偶然なのか?


「昨日初めてヴァルキュリーと会った時は深夜帯に殺されている以外何も情報はないって言ってなかった?」


 シャーロットが聞く。

 そういえばそうだったか。


「……自分と同じ信徒が無差別殺人の犯人かもしれないというのを広められたくなかったんだ。すまない」


 ヴァルキュリーが気不味そうに謝る。


「他にもあるでしょ?」


 ジブリエルが聞く。

 すると、


「…実は凶器に共通点がある。殺された人は全員が頭を金槌のような鈍い物で殴打され亡くなっていた。しかも恐らく即死だ」


「ふむふむ。ということは犯人はかなり力が強いわけね」


「……そうだ」


 人を即死できる程の力を持つ無差別殺人の犯人。

 ロスティーナがいたという檻を強引に曲げたという怪力の犯人。

 二つの事件の犯人像が一致する。


「もしかしてロスティーナを逃した犯人と無差別殺人の犯人は同一人物なんじゃないか?」


 俺はみんなに言ってみた。


「どうやらその可能性が高そうね」


「うん」


「……認めたくはないが…恐らくそうだろうな…」


 みんなも俺と同じことを思っていたみたいだ。

 後は誰がこの犯人なのかって話だ。

 だが、今まで聞いた教会の人達に犯人はいなかった。

 ということはだ。

 ジブリエル、後はお前がここにいるクラリスかキリコのどちらかを犯人だと言えばこの事件は解決だ。


 そう思いジブリエルの方を見る。


「困ったわね…」


 ジブリエルがそう言った瞬間、剣と刀が打つかり火花を散らした。


「動揺からか殺気が漏れてましたよ」


「妹の為なら私は…!」


 ヴァルキュリーの剣とヒルダの刀が強く押し付けあってキリキリという金属が擦れ合う音がする。

 一体何があった。

 どうしていきなりヴァルキュリーとヒルダが戦い合ってるんだ!?


「ヴァルキュリー姉さん!!!」


 クラリスが名前を叫ぶ。


「お前は何も心配するな! 私が絶対なんとかしてみせる!」


 ヴァルキュリーがそう言うと彼女の持っていた剣が白いモヤを帯び始めた。

 どうやら冷気みたいだ。


「わたくしも何かあったら必ず助けると言いました。あれはシャーロットだけに言ったのではなく仲間全員への言葉。あなたがわたくしの仲間へ危害を加えると言うのなら容赦はしません!」


 そう言うとヒルダの全身を紫色の光が包んだ。

 ヒルダの紫電放電だ。


「二人とも本気で殺し合いをするつもりか?!」


 その時、お互いがそれぞれの武器を弾いて一度距離をとる。


「……」


「……」


 すうっと汗を垂らしながら剣を構えるヴァルキュリー。

 それとは対照的にいつも通り冷静に刀を構えるヒルダ。

 まさに一触即発という感じだ。


 そして、次の瞬間、


「!!!」


「!!」


 二人が動こうとした。

 が、その時、


「待って!!! 誤解よ! ここに犯人は居ないわ!」


「っ…?! なんだと!?」


「……」


 動きを止めたヴァルキュリーとヒルダ。


「ヴァルキュリー姉さん!」


 クラリスがヴァルキュリーへ抱き付く。


「どうやら教会に犯人はいないみたい」


「そんな…では一体誰が…?」


 ヴァルキュリーが狼狽しているとヒルダが刀を鞘に納め、全身から紫色の光を消した。


「もう誰が犯人か分かんないわ。後はもう一度教会にいる人に聞き回るか、街の人に聞いて回るか。他は今この教会にいないクライシス信徒の人に聞いてみるってのも手だけど…」


「ヴァルキュリー姉さん…怖かったよ……」


「……すまない」


 抱き付きながら涙を流すクラリスの頭を優しく撫でるヴァルキュリー。


「今日は止めた方がいいわね。もう夜だし」


 ジブリエルに言われて窓の方を見ると日が沈んですっかり暗くなっていた。

 かなりの時間を使って聞いて回ったからな。

 聞き漏らしはないと思うが。


「…悪いがキリコ。このご客人達を教会の出口まで案内してくれないか?」


「そ、それはいいですが…その、大丈夫ですか…?」


「私よりクラリスの方が大変だ」


 ヴァルキュリーに抱き付いて動こうとしないクラリス。


「……かしこまりました。責任を持って案内させてもらいます」


「行きましょう」


「あ、ああ」


 それから俺達はキリコに案内されて教会の出口まで移動した。




 〜教皇の書斎にて〜


「おい、クラリス? いつまでそうやってるんだ?」


「だって……凄い怖かったから…お姉ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって」


 クラリスが気持ちを打ち明ける。


「すまない。クラリスに檻を破壊できる力など無いと分かっていたんだが…怖かったんだ」


「怖かった…? お姉ちゃんが?」


「ああ。でも、私が怖かったのは戦うのが怖かったということではない。私が怖かったのはクラリス、お前を失うことだ」


 ヴァルキュリーも自分の気持ちを打ち明ける。


「この部屋をノックした時、キリコが出てきて内心少しほっとした。お前が犯人じゃないかもしれない可能性が増えた。そう思ってな」

「でも、話し合いをしていくうちにもしかしたらクラリスが犯人かもしれないと不安になった。私がクラリス斬らなければ、殺さなければならないかもと」

「そう思ったら、どうしようもなく怖くなって…そんなことを考えてたらジブリエルの困ったわね、という言葉が聞こえた」

「私は自分の心の声を聞かれたと思って怖くなった。犯人がクラリスだから捕まえようとしたら邪魔をされる。だから困った、とそう言ったと思った」


「心の声を聞けるというのはどういうこと?」


「彼女は人の心の声を聞くことができる特別な能力を持っているみたいなんだ」


「そんな凄い能力の持ち主だったんだ」


「なあクラリス…私は怖い……また家族を失うのが怖いんだよ…」


 下を向きながら言うヴァルキュリー。

 と、そんな彼女を放って置けなかったクラリスは彼女を強く抱き締める。


「お父さんとお母さんのことを思い出したのね」


「うん…」


「そっか……でも、大丈夫よ。私のことはお姉ちゃんが。お姉ちゃんのことは私が守るもの。でしょ?」


「……うん」


「私達は生まれた時から一緒なんだから、死ぬ時も一緒。どこにも行ったりしないわ」


「うん」


「人は誰しも誰かに支えられ、誰かを支えながら生きている。もし、あなたが困っている人を見つけたのなら救いの手を差し伸べなさい。然すれば、あなたが困った時、自分にも救いの手が差し伸べられる」

「困った時は助け合うことが大切です」


 そう言ってヴァルキュリーに笑い掛けるクラリス。


「そうだな」


 それに応えるようにヴァルキュリーも微笑み返した。


「しかし、彼女達には迷惑を掛けてしまったな」


「何か今回の件でお礼がしたいですね」


「ああ」


 双子の姉妹は今回の件でまた仲を深めのだった。

見てくれてありがとうございます。

気軽に感想や評価、ブックマーク等をして下さい。嬉しいので。

今週は連休があるので金、土、日、月曜日の四話投稿予定です。

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